4.日本におけるスギ花粉症増加
前項の英国におけるカモガヤ花粉症出現の経緯とほぼ等しいことが、戦後の日本で起こった。スギ花粉症の出現である。
第二次世界大戦前は見られなかったスギ花粉症が、戦後になって激増した原因として3つの要因が考えられる(図1)。
第一の要因として、アレルゲンであるスギ花粉そのものの増加。
第二に、動物性蛋白質や動物性脂肪の摂取量が増加し、人体内の抗体産生能力が強くなったこと。これは最初の例え話で説明するならば、防衛能力が高くなって過剰防衛を起こし易くなったと形容すべきだろうか。
第三に、アレルゲンであるスギ花粉を人体まで運ぶ媒体である大気が、車社会の進行のために絶えず撹拌されて落下花粉を、何回も空中へ巻き上げるようになったこと。
これら3要因の中でもスギ花粉症に関しては、第一のアレルゲン量の増加が明確である。なぜなら第二次世界大戦の直後、復興のために山々の木々は切り倒され有名なキャサリン台風の際のみならず、ちょっとした雨でも大洪水になったりして、治山や治水の問題が生じる。そしてそれを防ぐ目的から、1950年代に植えられた杉の木は、樹齢30年となる1980年前後に大量の花粉を飛ばせる計算になる(イラスト4・図3)。
そして確かに、日本でスギ花粉の大量飛散が最初に起きたのは1976年で、1979年には社会問題に発展している。それまでの日本でアレルギー性鼻炎の最大の原因はハウスダスト(HD)とブタクサであるとされ、スギ花粉は話題にさえならなかった記憶がある。さらにそれ以降、スギ花粉の飛散量は増加する傾向にあり、その傾向とスギ花粉症の増加との間には、密接な相関が見られる。
つまり他の要因はいくつか考えられるにせよ、スギ花粉飛散量の増加とスギ花粉症激増とは関連があり、それは戦後の杉植樹の結果だということが判る。
こうした経緯はどうだろう、英国における世界初の花粉症出現の様子と、実に良く似ているとは思わないだろうか。
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