5.杉花粉症における対症薬物療法
冒頭に触れたように杉花粉症における症状発現は抗原花粉の作用する臓器により、症例毎に、また同じ患者さんでもその時その時で程度と組合せが異なる。したがって花粉の除去回避ないし減感作療法といった抗原への対応を行っても症状がなお残存する場合はこれらを抑え、苦痛を軽減させることも亦必要となる。以前はγ-グロブリン製剤、ワクチン製剤による非特異的変調療法も時に用いられたが、最近の薬物療法は以下挙げるものが中心となる。
(1) 抗ヒスタミン剤・抗アレルギー剤
表1に示したように抗原抗体反応の結果標的臓器の肥満細胞から脱顆粒の結果、種々の化学伝達物質が遊離し組織のアレルギー反応を起すことになる。この段階の機転に作用する薬剤が抗ヒスタミン剤及び抗アレルギー剤あるいはアレルギー予防薬と通称されているものである。
もともと1950年代以降広く用いられて来た抗ヒスタミン剤(H1拮抗剤)は50種余りの製剤が市販され、現在もジフェンヒドラミン(レスタミン)、クレマスチン(タベジール)、クロールフェニラミン(ポララミン)、メキタジン(ゼスラン、ニポラジン)、エバスチン(エバステル)等々症状に応じ要領よく使用すれば内服後20〜30分で比較的速やかな効果が得られる。筆者は花粉症と直接関係はないが自身でそばアレルギーを有し偶々少量でもそば抗原に曝露されると即時型発症をみるので、旅行時には鞄に内服ステロイド剤プレドニン、気管支拡張剤と共にポララミン複効錠を持ち歩き、これにより発症が軽く済んだ経験を何度かもっており、抗ヒスタミン剤は使用法を頓用的に限れば有用と考える。しかし花粉症の如く一定期間発症を繰返す場合の連用は眠気や口渇を来しやすいし、緑内障や前立腺肥大がある場合は禁忌、中枢神経抑制剤、抗うつ剤などを使用している人、高齢者、妊婦には要注意とされる。また慢性喘息のある人に抗ヒスタミン剤を与えると上気道の分泌を抑制して痰の粘稠度を高め、薬の鎮痙・鎮静作用も手伝って痰の排出を困難にし、かえって症状を増悪させるので使用しない。
一方1967年アルトゥーニアン43)はクロモグリク酸ナトリウムが肥満細胞からの脱顆粒に際しヒスタミン、SRS−Aなどの化学伝達物質遊離を抑制することを見出した。筆者は1975年オランダのフリッシンゲンで開催された第8回世界喘息学会で彼が講演をして喘息を有する彼自身が本剤を吸入して薬効を確認したと述べたのを聴いている。本剤はFisons社で製品化され、わが国では藤沢薬品からインタールとして市販され、アレルギー性吸入性喘息のモデルといえる職業性喘息に対する治験成績が職業アレルギー研究会44)から報告された。しかしこの薬剤はハードカプセル内の微細粉末を専用のスピンヘラーと称する吸入器あるいは鼻噴霧器を用いて吸入・点鼻する方式で登場したため経口薬としての新たな薬剤の開発が求められることになった。
そのような要請に応えて1976年江田ら45)46)が南天の葉から同様の作用を有する有効成分トラニラストを見出し製品化され、内服剤リザベンとしてキッセイ薬品から市販され国産抗アレルギー剤第1号となった。この薬品は肥満細胞へのC_流入を抑制するため化学伝達物質遊離が抑えられるが、化学伝達物質そのものへの拮抗作用や気管支平滑筋への作用はなく47)、発現したアレルギー症状は軽減しないとして予防薬とされた。
これらが端緒となってその後アレルギー発症に関わる化学伝達物質が生体の組織に作用する前の段階でこれを如何にして抑制するかという考えの下に研究が進められた。すなわち抗原抗体反応の結果肥満細胞から脱顆粒やその細胞膜の燐脂質からのアラキドン酸生成により化学伝達物質が遊離され即時型アレルギー反応が惹起されるのであるが、慢性気管支喘息においてはさらに血液中の好酸球や好中球が局所に浸潤集積し(炎症反応)、気道上皮の剥離、繊毛運動障害、肺迷走神経知覚末端の露出により気道の平滑筋が刺戟に対し容易に収縮する、言い換えると気道の過敏性を招来する5)6)と考えられている。したがって抗アレルギー剤(広義)という場合本質的にはこれらの経路何れの時点の抑制薬をも含めてよいと理解されるが、これまでの研究開発の順序はやはり化学伝達物質遊離抑制薬から進められた。その結果抗ヒスタミン作用を有しないアムレキサノックス(ソルファ)、レピリナスト(ロメット)、イブジラスト(ケタス)、タザノラスト(タザノール、タザレスト)、ペミロラスト(ペミラストン、アレギザール)など、そして抗ヒスタミン作用を有するケトティフェン(ザジテン)、アゼラスチン(アゼプチン)、オキサトミド(セルテクト)、メキタジン(ゼスラン、ニポラジン)、テルフェナジン(トリルダン)などの薬剤が矢継ぎ早に開発され市販された。それらはすべて化学伝達物質抑制とはいっても作用点は多少異なるし、適応疾患も違いがあるので、使用に際してはそれぞれの特徴を吟味し、副作用、禁忌なども慎重に検討し処方することが必要である。ここでは紙面の都合上個々の製品についての詳細は触れないが、肝障害、胃腸障害の記載されるものもかなりあり、また抗ヒスタミン作用を有するものでは眠気を催したり、中枢神経抑制剤の作用を強めることもあるので留意すべきである。また妊婦、授乳中の母親への使用は控え、小児に与える際の安全性も確立していないので注意を要するし、高齢者では減量すべきものとされる。
その後の抗アレルギー剤開発はヒスタミンに続いてロイコトリエン、トロンボキサン、血小板活性化因子(PAF)といった化学伝達物質及び関連物質の合成阻害、拮抗作用を有するものに視点が向けられ、製薬各社競って製品化されることになった。例えばロイコトリエン拮抗剤プランルカスト(オノン)、ザフィルルカスト(アコレート)、モンテルルカスト(シングレア)、オロパタジン(アレロック);トロンボキサン合成阻害剤オザグレル(ドメナン、ベガ)、トロンボキサン拮抗剤セラトロダスト(ブロニカ)、ラマトロバン(バイナス)などがある。
さらに化学伝達物質遊離抑制のほかIgE抗体産生を抑えるとされるスプラタスト(アイピーディ)もあり、今後はアレルギー発症機構のさらなる解明が進められるにしたがって、それぞれの段階で関与する諸因子を抑制するための薬剤が開発されていくことになろう。
何れにしても臨床家にとってそのような薬品を処方するに当ってはそれぞれの特徴を把握し、何れを使用するのが最も適切かをケース毎に検討し判断することが必要となるが、基本的には前項までに述べた原因抗原の除去回避を徹底させ、可能な限り減感作など抗原を中心とした対応を試み症状がなお残存するならば抗アレルギー剤を要領よく使うのが正しいあり方と考える。なお度々述べたように抗アレルギー剤はあくまでアレルギー症状発現に至る経路を抑えるのが主眼であって、一旦発現した症状を軽減〜消失させるものではないので、予防薬ないしは他の対症薬物療法のベースに置いて組織のアレルギー反応のさらなる進行を阻止するという意味合いで用いるべきで、即効性は期待できない。
(2) 対症薬物療法 (文末・文献48、〜50、)
杉花粉症で最も頻度の高い鼻症状に対する局所薬物療法は前記抗アレルギー剤の点鼻のほか、症状著明の場合ベクロメサゾン(ベコナーゼ、アルデシン)、フルニソリド(シナクリン)、フルチカゾン(フルナーゼ)などのステロイド噴霧が用いられる。これらは代謝が速やかで副腎皮質抑制が少なく、使用期間も最大限花粉飛散季節に限られ、その中で症状の激しい時のみに使用すれば慢性気管支喘息で際限なく連用する場合に比し総量は少ないので全身性副作用はさして問題にはなるまい。
なお鼻閉が著しい場合、局所血管収縮剤としてナファゾリン(プリビナ)、テトラヒドロゾリン(ナーベル)、オキシメタゾリン(ナシビン)などが使用されるが、乱用すればかえって鼻閉を増強することがある。鼻閉が高度で頑固なケースでは耳鼻咽喉科的に下鼻甲介電気凝固などを考慮することもある。
鼻症状に次いで多い結膜症状に対しては前記抗アレルギー剤クロモグリク酸ナトリウム(インタール)、アムレキサノックス(エリックス)、ペミロラスト(ペミラストン、アレギザール)、ケトティフェン(ザジテン)などの点眼が主で、軽症にはアズレン点眼薬も用いられる。しかしステロイドの点眼は緑内障、白内障、ヘルペス、真菌症などの副作用が指摘されている(三國51))ので注意を要する。
喘息症状ある場合これが杉花粉が原因抗原となって惹起されたものか、他の抗原との重複感作によるのかをまず確定することが必要なことは既に述べた。気管支喘息の対症薬物療法の詳細は本稿の主目的ではないので拙編著52)―54)に讓るが、β-アドレナリン受容体を刺戟して気管支平滑筋を弛緩させるアドレナリン及びその誘導体(内服、吸入、注射)、アセチルコリン受容体を遮断して同様の効果を期待する抗コリン剤(内服、噴霧)、これらに抵抗を示すケースあるいは重篤な場合にも屡々奏効するキサンチン製剤(注射、内服)、そして難治性〜重症喘息で著効を示すステロイド(内服、注射による全身的使用と副腎皮質抑制作用が少ないとして近年繁用されているベクロメサゾン、フルチカゾン吸入もIB型喘息では1選択肢となる)などが中心となり、十分な補液(経静脈的あるいは経口的)を考慮しつつ症状をコントロールすることになる。しかし杉花粉のみを原因抗原とする喘息症状においては生命の危機に瀕する重篤な発症はまずなく、通常鼻・結膜アレルギーの延長線上で抗原をめぐる対応と共に上で触れた抗アレルギーと若干の喘息薬を併用することで十分なことが多い。決してステロイド吸入をfirst
choiceとして長期連用をすべきものではない。
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