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「おいおいばあさんや、障子の桟にホコリが付いとるぞ。それにこの火鉢の砂は何だ、ちゃんと目を立ててないじゃないか。きちんと心を落ち着けて目を立てねばな、これじゃばあさんの粗忽な心そのままだぞ。おいおいばあさん、縁側で赤ん坊が真っ赤な顔をして考え込んでいるぞ。急げ急げ。」
「えー、ご隠居。お早ようございやす。」 「何だ、誰かと思ったら熊さんじゃあないか。お早よう。朝早くから、何事かね。」
「えーご隠居に、あっしゃあちょいと教えて頂きたいことがありやして。」
「ほうほう、教えて頂きたいとな。これは感心。人間何でも謙虚でなくっちゃなりませんよ。そもそも、稔るほど頭を垂れる稲穂かなと言ってな。いやこれはどうでも良い。熊さん、して何事かな。」
「いえね。あっしにゃ良くわからねえんですがね、近ごろ若い娘が耳たぶにキンキラの飾りを着けていやすでしょ。ありゃあ何かな、と思ったら不思議で不思議で、夜も寝られなくなっちまって。夜が明けたんで、早速ご隠居のところへ馳せ参じたって訳でさ。」
「ほうほう、若い娘の耳飾りとな。うむ。あれは近ごろ巷で流行るものの第一じゃな。あれはな熊さん、ぴあすとか称してな。南蛮渡来のお守りだそうだよ。」
「え、お守りすか。でも耳たぶに穴ァ開けて、着けていやすぜ。」
「うん、わしらの若い頃にはな。身体髪膚これを父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり、と申してな。」
「知ってやすよ。あっしゃあガキの頃、よくそれで寺子屋の先生に叱られたもんで。」 「なぜ叱られるのだね、これは良いことじゃあないか。」
「あっしも良いことだと思ってね。さんざ寝坊をしたもんですから。」
「なんだね、その寝坊とは。」
「えっ、違うんですかい。寝台毛布これを父母に受く、敢えて起床せざるは孝の始めなりってんでね。あっしゃあ、寝床から敢えて這い出さなかったんでさぁ。」
「お前さんにはあきれたねぇ。まあそれはそれとしてだな、体に傷を付けておしゃれじみたマネをするというのは、わしらの頃には無かったことなのだが。古(いにしえ)の南蛮の風習ではな、魔よけの意味があったと聞いているぞ。」
「えっ、お煮染め(おにしめ)の間抜けですかい。」
「古の魔よけだ!なあ熊さん、鎌倉の大仏様を知っとるじゃろ。その大仏様の耳たぶに穴が開いてってな、南蛮のぴあすの穴だと申す者がおる。」
「大仏様ァ、えらいおしゃれで。」
「ところがな、古から人間の体には外から魔物が入って来て患いを起こすと信じられておってな。熊さんも腹痛(はらいた)のときには、ヒマシ油を飲んで悪いものを外へ出してしまうだろう。」
「いいやあっしのお腹は頑丈で、このあいだァ友達と我慢くらべで闇ナベやったんすが、何ともなかったんで。あっしゃあ、ナベン
中に放り込まれたわらじを食っちまったんですがね。」
「お前さんの悪食(あくじき)にゃあ参るがね。普通の人は悪いものを体の外へ出しちまうんだ。だがな、熊さん。逆に体の中へ魔物を最初から入れまいとする信仰も、あると聞いているぞ。人の家でも同じでな、入り口に有り難いお札を貼ってな。」
「あっしのうちも入り口にゃあ、お札を貼ってますぜ。あっしがご幼少のみぎり、七五三でもらったお札。」
「これこれ、自分のことにご幼少とは何事だ。ともかく人間の体の入り口に、魔よけを着ける風習があるのだ。耳の穴、鼻の穴・・・。」
「ヘソの穴。」
「ウム。そういうところへだな、お札代わりの宝石など光るものを飾るのだ。これはな、光るものには魔物の住む暗やみを切り裂く力があると信じられているためらしいぞ。」 「するとカラスのカー公のやつァ、魔よけのために光るものを集めるんですかい?」
「それはカラスの勝手だな。とにかくそんな原始信仰が一つ、それに若い娘にゃあ人生の春を迎えて他人より目立ちたいという密かな望みもあってだな、南蛮渡来のぴあすを着けるらしいのだ。」
「するってえと何ですかい。若い娘らがキラキラ耳たぶにぶら下げているのは、悪い虫がつかねえようにってのと、自分の看板みたいなつもりもあるんですかい。」
「言うなればぴあすには青春のシンボルみたいなところが、あるようだな。」
「ははあ、じゃ鎌倉の大仏様は・・・?」 「うむ。どうやら、青春の真っ只中のご様子だ。」
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