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咽喉頭異常感症

のどに何かある。痛い訳じゃないし、食事もなんともない。だけどつばを飲み込んでやるとヘンだし、いつも気になって仕方が無い。それなのに耳鼻科医に相談すると、のどの中を診察して何も無いと宣告されてしまう。そのような状態を、咽喉頭異常感症と呼んでいます。この咽喉頭異常感症、最近増えて来ている感があります。おまけに、訴えがくどく治りにくいこともあって、耳鼻科医の頭痛の種です。

これまで咽喉頭異常感症の原因として、鉄欠乏性貧血や食道炎などが考えられていました。それに、ごく初期の腫瘍の可能性も想定されています。しかし、咽喉頭異常感症の症例はかなりの割合で不定愁訴を伴うことも多く、むしろ心因性・精神病性との関連が、疑われます。

私たちは、私たちのもとを訪れた咽喉頭異常感症の方54例に対し、心理検査を含めてさまざまの検査を実施しました。そして、うち18例で心因性・精神病性の病態が関与していることを、つきとめました。その内訳は神経症(いわゆるノイローゼです)が8例、デプレッション(うつ病のことです)が8例、それにセネストパチー(異常体感症と訳されています)という妄想性の精神病と心身症がそれぞれ1例ずつ、見られました。やはり咽喉頭異常感症には、心因性・精神病性疾患が相当の確率で紛れ込んでいます。

これら、心因性・精神病性の咽喉頭異常感症症例の中でも、精神病性の要素の強い例ほど、のどがヘンだという訴えはしつこくなります。例えば、セネストパチーの1例。この方は20歳代半ばの男性で、食後ののどの違和感から”細い管がのどに存在して、その中を食物が降りて行く”と信じ込むようになります。精神科にはすでに入院中でしたが、主治医と相談して私は、のどにそんな管の実在しないことを、検査・説明することになりました。

もちろん、のどの細い管なんて、いかなる検査をしようと見つかる訳がありません。私は懸命に説明を試みました。本人から求められる検査も、何度か繰り返しました。しかしこの方は一時的に納得しても、また2〜3日後には別の反論を用意して、私のもとへやって来ます。なぜなら、本人は極めて明確な妄想を持っていましたし、それは確信とさえ形容できる強固なものだったからです。もちろん、病識(自分が病気だという意識のことです)など、まったくありません。

セネストパチーは最終的に、妄想から思考障害に至ります。この方もご他聞に漏れず精神障害が進行したらしく、徐々に私のもとから足が遠退きました。

また、神経症の1例である20歳代後半の男性の受診風景はこんな具合でした。この方は観察していると、どこへ行くにも常にティッシュペーパーを携えています。そしていつも、診察中私と話をするときでさえ、そのペーパーに唾液を吐き出します。だってそれは、のどの違和感が気になる余り、なぜか自分でもそうせざるを得ないから、なのです。

近年増加が注目されているデプレッションの症例は、咽喉頭異常感症の中にも見られます。

このデプレッション、一般に”仮面うつ病”などと呼ばれたりするように、なかなか本人も主治医もその正体に気付きにくく、見過ごされ易い病気です。それはデプレッションは”うつ病”という疾患のイメージからは想像もできないくらい、実に様々の身体症状を伴うからです。例えば、”疲れ易い””良く夢を見る””朝早く目が覚める””頭痛・頭重感がある””食欲が無い”、これら身体の症状がデプレッションのとき、良く観察されます。

もちろん精神面の症状は、当然豊富です。”憂うつで気が沈みがち””何をするのもおっくうで根気が無い””朝の方が体の調子が悪く、午後の方が良い””性格は几帳面、凝り性でものごとに熱中する方である”などです。でもこれらの症状があっても、もしくは耳鼻科的な訴えに随伴していたとしても、それがデプレッションだとは、本人さえすぐには気付きません。おまけに、咽喉頭異常感症のようなのどの症状が主体となる訴えの場合、心身の様々な症状との関連について自分ではとても理解できません。そんな有様では、耳鼻科医に伝わる情報量が少なく、耳鼻科医も首を傾げます。

確かに、自分ではのどが悪いのだと信じ込んでいる方は、のどを診てもらおうと耳鼻咽喉科を受診するのでしょうから、医師に向かって睡眠障害などのどの症状以外の情報は伝えてくれないでしょうけれど。ですから咽喉頭異常感症を扱う耳鼻科医は、のど以外の部位の症状についても積極的に聞き出すようにしないと、病気の全体像を見失うことになりがちです。

しかしデプレッションによる咽喉頭異常感症の症例には、放置できない方も時におられます。耳鼻科医も、心の病いを見分ける目が要求される時代ではないかと、私は考えています。

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