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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

ジャミックジャーナル6月号に院長のチベット紀行が紹介されました!!


異境の地、チベット

空気が薄い!標高約3700メートルのゴンカル空港に降り立った私たちは、一瞬あまりの希薄な大気に大きく息を継ぎました。(写真2)考えてみればここは富士山の頂上近い高さにあり、油断すれば高山病になってしまいかねない高地です。

それにしても空気はあくまで青く澄みきっていて、強い陽光が私たちを照らします。私たちは出迎えたガイドの車に乗って、ラサへと向かいます。ラサはゴンカル空港から144キロの距離ですが、簡易舗装されており、バスはハイウェイなみのスピードで走ります。目の前には、想像もできなかった清流(ヤルツァンポ川)がとうとうと流れています。この川はヒマラヤの山脈に源を発する大河だそうで、輝かしい太陽の光にまばゆい煌きを返しています。

あまりの美しい光景に引きずり込まれるためでしょうか、私たちはむしょうな眠気に襲われます。あとから知ったのですが、酸素が薄いと眠くなるのだそうで私たちはそのとき高山病の初期だったのかもしれません。

ホテルに着くとガイドが「今日は一日おとなしくしていてね。ここは空気が薄いからね」と言います。私たちもおとなしくしていようと翌朝の集合時間を8時頃にしようかなどと話ししていたら、それはとんでもないとガイドの忠告。


写真3 ポタラ宮殿を背景に

ラサは経度的にはバングラデシュの北にあたり、本来ならば北京とは3時間近くあるはずです。しかしそこは中国のすごいところ、全土が北京時間なものですから、ラサの夜明けは8時半頃、つまり8時ではまだ真っ暗闇の中なのです。

チベット密教の聖地

ところでラサと言えば、なんと言ってもポタラ宮です(写真3)。この宮殿はラサの町のほぼ中心に位置し、下半分の白宮と上半分の紅宮とから成っています。

現在はダライ・ラマは住んでいませんが紅宮は宗教の場であり、白宮は政治の場です。

時間的な問題で私たちは内部に入れませんでしたが、


写真4 チベット密教の信者が回廊を巡る

次回(2年後)の調査では、ぜひ観察してきたいと楽しみにしています。

ポタラ宮の東側には大昭寺(ジョカン)が存在し、チベット密教の聖地となっています。その内部には回廊が存在し、参拝に訪れた信者たちがお経を唱えながら、早足に回廊内を巡っています。

(写真4)写真の右手に写っているのはマ二車と言い、この車を1回回すとお経を1回読んだのと同じ効果があると信じられているそうです。

回廊の傍らにはたくさんの蝋燭が燃えており、信者の願いを代弁しています。

ジョカンの中には信者のお供えとして提供された大量のバターが山積みになっています。撮影禁止でしたが、ジョカンの奥に大マンダラが飾られており、そこでは供えられたバターにたくさんの芯を介して灯りが点されています。


写真5 五体投地で祈る信者たち

部屋にはバターの香が満ち、荘厳な雰囲気を一層盛り上げています。ジョカンの門前では、多くの信者が五体投地で祈りを表しており、私たちはその迫力に圧倒されます(写真5)

興味深かったのは五体投地用のマットがあり、手をカバーする手袋のような用具を信者が使っていたことです。

ジョカン門前から寺を囲むように、八角街という繁華街があります。そこには、ジョカンを訪れる信者や観光客のためのみやげ物を売る露天商が店を繰り広げ、ハンディなマ二車を回しながら歩く信者たちでいっぱいです。中には、ショーとして五体投地をして見せる現地人もいて、突然目の前シュッという音とともに五体投地をされると、やはりぎょっとします。露天商に交じって、鳥葬人も死者のお供えの衣類を売っています。


写真6 八角街での露店商

チベットでは今でも鳥葬の習慣があるのですが、その供えを鳥葬人はもらって良いことになっており、こうやって市に出ては市民に衣類を売っているのです。

チベットの人々は全般に痩せこけているのですが、鳥葬人の体格は良く栄養も良さそうでした。ラサの町中はかなり近代化していて、トヨタの乗合バスがやたらに走っていたのには、びっくり。それにランドクルーザーも、あちこちで見かけました。

町中を歩いていて面白かったのは、酸素バーのあったこと。つまり酸素の薄さに、やはり高山病になる人は絶えないらしくて(現地人ではないのでしょうけれど)、酸素を吸わせることが商売になるのです。

そう言えば今回は生煮えごはんには遭遇しませんでしたが、その高度のためにラサでは沸点が低いそうです。同行のメンバーの聞きかじりではラサではうまいメシが食えないそうで、それは沸点の低さのためなのだそうです。

チベット民族の家屋の中へ

ところで本来の目的であるアレルギー疫学調査では、私たちはチベット民族の家の中へまで入り込んで調査を行いました。つまり私たちの調査はアレルギー疾患の頻度調査なのですが、その背景となる花粉やダニの確認のために被験者の家屋内のダニも調査したのです。チベット民族の家の中には、許可がなければ容易に入ることはできません。現地に在住する中国人ガイドも、一度も入ったことはないとのこと。

私たちはつてをたどってチベットの書記の許可を得、今回の調査を実行することができました。今回訪れた民家は、中庭を囲んで数軒の家屋が連なる家々でした。家庭の規模は各家庭の経済力によって異なるらしく、トイレの付いた立派な家から1部屋だけの家庭まで、さまざまの家を見ることができました。

写真7は民家の連なる中庭の光景で、間中に凹凸鏡を利用して薬缶の湯を沸かす装置が置かれています。

写真8は家屋の内部ですが、仏画や家族の写真などが飾られています。中には毛沢東の肖像画の置いてあった家もありましたが、面白かったのはその毛の顔が若い時分のそれであったこと。もしかするとこの肖像画は、人民解放軍のチベット侵攻の直後のものではなかったのか、などと想像をたくましくしました。

さて民家を訪問すると、バター茶を振る舞われます。「セブンイヤーズインチベット」の映画を見た方ならお判りでしょうけれど、現地ではこのお茶を好みます。これはつまり茶をいれてそれにバターを溶き、さらに岩塩で味付けするものです。味としてはまったく甘味はなく、塩っぽいような脂っぽいような感じで、私たちには不慣れですが、ああいう厳しい自然の中で栄養補給をするのには、とても良さそうです。そして、もてなしの意味から、お客にはこのバター茶をたくさん振る舞ってくれます。さらにいわばわんこ蕎麦みたいな素朴な親切から、茶を飲み干すと同時に2杯目のバター茶を注いでくれます。私自身は民家訪問は3軒だけで済みましたが、調査団の中には10軒の家で30杯のバター茶に付き合わされ、お腹がバター茶でチャプチャプしている人もいました。調査が終わってさあビールだ、そう思いましたが、その夜はお招きがありました。


写真7 民家が連なったところの中庭


写真8 普通は民家に入ることはできない

写真9 民家でバター茶を振る舞われた

写真10に調査団一行と写っているのは、ラサ人民医院の院長である唐先生(後列右2番目)です。唐先生は南京の癌センターからラサの書記として、チベットに単身赴任しているのです。(なお副書記は、後列左から3番目)。この先生のご招待で、私たちはチベット宮廷料理のレストランにて豪華会食です。


写真10

私たちは盛り上がり、チャンという大麦から作られたお酒を何杯も空け、「イッキ、イッキ」という日本語を輸出してきました。でもビールを飲みたいと思っていた私たちのお腹は、それでは満足しません。ホテルへ戻ってラサ・ビールという銘柄のビールを何本も乾してやっとでき上がりとなりました。

実は私たちがチベットで、順調に調査を終えることができたのも、民家に入ることができたのも、唐先生が現地の書記だからなのです。ラサの書記とい職は、実はチベット全体に戒厳令を布くことのできる最大の権力なのです。そして中国の他の地域では通常現地の人間が書記を任ぜられ、中央から行った人間は副書記となるものです。それがここチベットで逆なのは、もちろん現地人が武装峰起をするのを厳に取り締まる目的からです。それくらいチベットという地域は、軍事的に要所に当たります。

私たちは他の各地で試みているように、チベットでも3年に1回の調査を継続します。別に報告しますがチベットではアレルギー疾患が極端に少なく、アトピー性皮膚炎に至っては小・中学生228人のうち一人もいませんでした。次回から私たちは、チベットの子どもたちの皮膚をデジタル画像で接写し、それをホームページで公開する予定です。

あるいは何十年か経つとチベットでもアレルギー疾患が増加し、アトピー性皮膚炎の子どもたち全員の画像を収めたホームページは、きっと貴重な価値を持つことになるでしょう。

そう言えば、3日目には私たちもチベットの酸素濃度にすっかり慣れました。次回の調査が、今からとても楽しみです。

JAMIC JOURNAL 2002.6 VOL.226 掲載

関連リンク: 用語集 チベット
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