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公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(1)〜

三好 彰
三好耳鼻咽喉科クリニック
南京医科大学国際鼻アレルギーセンター

 


図1:中国におけるスクラッチテスト陽性率


図2:中国各省の花粉調査点分布図


図3:柳杉の分布地域

日本人の国民病、それは何でしょう?戦前だったらそれは肺病、つまり肺結核だったような気がします。けれども現代に生きる日本人の天敵、国民病はいったい何でしょう。そう、それは花粉症。中でもスギ花粉症は、毎年春先の国民の最大の関心事になってます。

そしてこのスギ花粉症、1963年の発見以来日本特有の花粉症と信じられて来ました。それはなぜか。アレルゲンとなる原因花粉のもと、日本杉が日本固有の植物と考えられて来たからです。でもそれって、ホントに本当でしょうか。だって私たちが世界各地でアレルギーの疫学調査を実施すると、中国ではスギ花粉に皮膚反応陽性となる被験者も、決してゼロではないのです(図1)。

北海道の白老町という町で調査をやったときにも、スギに陽性となる被験者が、そう言えばいました。北海道には杉は生えていないはずなのに。 でも調べて見たら、町内にはちゃんと植林された杉林があったのです。

そんな経験から考えると、中国にも杉が生えていなければ説明はつきません。それに中国の文献を調べると、中国にも柳杉という杉みたいな樹木があって、スギ花粉そっくりの花粉を飛ばしているとの資料も見られます(図2)。いえいえそれどころか、日本国内で発行された学術書にも、中国には柳杉の天然林が存在し中には樹齢1000年近い巨木も観察されると、書いてあるのです(図3)。

もしもこの柳杉が、日本杉と同じ物であるか、そうでなくとも同じ性質を持っていたとしたら、中国でもスギ花粉症は発生するはずです。
万が一、そんなことが起こっていたとしたならば、スギ花粉症は日本特有の花粉症という発見されて以来の、この世界の常識はどうなってしまうのでしょうか。

私の教鞭を取っている南京医科大学耳鼻咽喉科の若手医師が、南京植物園に日本杉の植えられているのを見つけてくれました。写真を見るとたしかに「日本柳杉1958」と、杉の前に置かれた石碑には記入されています(写真1)。そしてその隣には、驚くべきことに「柳杉」と明記された中国産杉が、並べて植えられているのです(写真2)。

写真1
写真2

私は現地へ飛びました。そしてその両者が、信じられないくらい外観上はそっくりであることを、自分の眼で確かめることができました。 サンプルを採取し標本を作成すると、これら2者はほとんど区別がつきません。それは、光学顕微鏡写真でも(写真3・4)電子顕微鏡写真による花粉の確認でも同様でした(写真5・6)。

それにしても、謎は深まるばかりです。あれだけの広さの日本海が存在するのに、いったいどうして日本と中国には区別のつかない杉が植生しているのでしょうか。

そう言えば、と文献を調べているうちに私は思い出しました。杉が地上に出現したのは 200万年前、第三紀鮮新世のことでした(図4)。

写真5:SEMによるスギ
(Cryptomeria japonica)花粉の形態(外膜表面の白っぽい大きめの顆粒がユーピッシュ体)
写真6:SEMによる中国産スギ
(Cryptomeria fortunei)花粉の形態(外膜表面の白っぽい大きめの顆粒がユーピッシュ体)

写真3
中国杉の花粉

写真4
日本杉の花粉

図4:スギ属化石の地史的分布

そして1万年前まで、日本と中国(アジア大陸)とは陸続きだったのです。たしかにこの日本でも、ナウマン象やマンモスの化石が見つかっています。これらの象が、北朝鮮の不審船によって運ばれたのでなければ、

自分たちで歩いてこの日本までやって来たに違いありません(図5)。

それどころではありません。人類だってこの時期、歩いて地球を横断しています(図6)。 今でも中南米の現地人の子どもに蒙古斑の見られるのは、アジア系の民族が当時歩いて中南米まで移動した、その名残だと教わった記憶が私にはあります。

人類が歩いてアジア大陸と日本を横断していたのだったなら、杉だって陸伝いに連続して生えていたに違いありません。

図5

これらの杉が日本と中国とに分かたれたのは、今から1万年前のことです。そのとき地球は氷河期を終え、

今で言う温暖化現象の一つと形容できるでしょうか、海面の水位が上昇します。その結果大陸棚は水没し、それまで湖だった日本海が日本とアジア大陸の間に横たわることになります。このため日本の杉と中国の杉は、もともと同一のものだったのに、まるで最初から別々に生えていたみたいに勘違いされることとなった訳です。 私たちはそれを確認するために、日本の屋久島の杉天然林と中国の天目山の樹齢千年以上の杉からサンプルを採取し(図7)、DNA分析を試みました。


図7


図8

この天目山という山は杭州市を西にかなり入った場所に存在し、すごく古い山地です。ですからこの山には、樹齢1億7千万年のイチョウの木も実在します(写真7)。そしてここで私たちは、樹齢千年以上の杉の大木である「大樹王(写真8)」を観察することができました。ちなみに写真に写っている3人は私の共同研究者ですが、左端は佐橋紀男・東邦大学薬学部生物学教授で、毎年発行される全国のスギ花粉情報の責任者です。

こうしたDNA分析の成績を図8に示します。 分析は天目山・屋久島・伊豆大島の3ケ所で行なわれましたが、前2者のDNAは遺伝子同一度が0.97であること、つまり97%は同じものであったことが立証できたのです。

なお伊豆大島の杉はやや遺伝子同一度が低いのですが、これは前2者がいずれも天然林であったのに対して、伊豆大島のそれが人工林であったことによるものと理解することができます。

いずれにしても私たちのこの調査から、日本固有の植物と考えられて来た杉が中国にも存在すること、遺伝子的にはほぼ同じものであって日本海を隔ててはいても、杉という植物は同一属同一種であることが世界で初めて証明されたのです。

それではスギ花粉症は、日本特有の花粉症だったのでしょうか。

写真7
写真8

私たちは南京医科大学で、中国における初めてのスギ花粉症症例を発見しました。症例は32歳の女性で、1980年南京市の中山陵(孫文の墓・中山は孫文の名前である孫中山に由来)で遊んでいたところ、くしゃみ・鼻水・鼻詰まりが止まらなくなりました。この症状は当初春と秋だけだったのですが、そのうち1年中続くようになり、1998年春私たちの南京医科大学耳鼻咽喉科を受診したのです。 この症例はいくつかのアレルギー学的検査の結果、まちがいなくスギ花粉症であることが確認されました。

それにしてもこの、世界初の日本以外の国におけるスギ花粉症は、実は 200万年前にその原因があったことになります。


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