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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(6)〜

三好 彰
三好耳鼻咽喉科クリニック
南京医科大学国際鼻アレルギーセンター


図1
▲日本における自動車の保有台数と発電電力量の推移
▲日本人の寄生虫感染率、蛋白質・脂肪摂取量と下水道普及率
▲新設住宅戸数と室内壁中のチリダニ数と推移と杉林面積の推移
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図2
▲学校健診におけるスクラッチダスト陽性率
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図3
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図4
 
図5
 
図6
 
図7
 
図8
 
図9
 
図10
 
図11
 
図12
 
図13
 
図14
▲アレルゲン別スクラッチテスト陽性率
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図15
▲学年別スクラッチテスト陽性率 日本と中国
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 これまで発表された世界各地のアレルギー疾患の頻度に関する調査は、(1)それらがまったく同一の検査担当者によって施行されたわけではないこと、(2)ある地域に在住する特定の構成人口の全員を被験者としたものが少ないこと、(3)現実に血液検査などアレルギー学的諸検査を実施したものは少なく、問診表を主体とした調査に依存する傾向の強いこと、などの理由から厳密性に乏しいとの批判はあります。とはいえ、ある程度共通の認識もしくは仮説は提示されているようです。

 その認識もしくは仮説は、アレルギーの頻度は経済発展国の方が発展途上国より高いと言う、極めてシンプルなものです。

 この考え方は、しかしこの日本にあてはめても了解可能です。

 例えばいかなる文献を読み漁っても、第二次世界大戦前の日本に花粉症が存在したとは、一言も記載されていません。

 もちろん医師の側に花粉症に対する認識が浅く、正確に診断することができなかったという可能性はあります。ただ正確な診断には、ある程度の経験を積む必要のあることも確かですから、医師が経験数を重ねることのできるほど多数の症例は見当らなかった。そう表現することは不自然ではありません。

 ところが1960年にブタクサ花粉症が発見され、ついで1964年に日光でのスギ花粉症が報告されると、急に日本全国で花粉症の症例数が増加します。

 ことに、東京オリンピックの開催されたその年に見いだされたスギ花粉症はややあって激増し、1979年以降日本人の国民病呼ばわりされるようになります。

 その間の日本の社会的変貌を、一覧表にしました(図1)。この図では最上段に、日本の経済発展の指標とも理解できる発電電力量と、花粉飛散の増加をもたらす車両の単位面積あたり保有台数を、示してあります。

 また中段には、人体側の免疫に影響を与える栄養摂取状況と、寄生虫の感染率、そして寄生虫の繁殖に関連する屎尿の処理方式について、記載しました。

 下段には、スギ花粉を飛散させ得る樹齢30年以上のスギ林の面積と、細塵1gあたりのダニの数を示しています。

 図1の上段からは、戦後の日本の経済発展とそれに伴い車両の増加した現実が、理解できます。

 私の仮説では、通行車両の増加は一旦地面に落下したスギ花粉を2度3度と空中へ巻き上げてしまい、つまりそれだけ鼻粘膜はアレルゲン曝露の量と時間が増えます。原因が増えれば、結果も増加します。スギ花粉がアレルゲンであるスギ花粉症は、車両数の増加に伴いその頻度を増すでしょう。

 また中段からは、1970年以後日本人の栄養がエネルギー全体は変化していないのに、動物性蛋白質や動物性脂肪に偏りがちとなって来た事実が理解できます。

 肥満細胞内に存在しており、IgEの付着により放出されるロイコトリエンという物質は、アレルギーの過敏反応を引き起こす直接の引き金です。そしてこのロイコトリエンの原料は、動物性蛋白質や動物性脂肪に多く含まれているアラキドン酸です。

 と言うことはすなわち、動物性蛋白質・動物性脂肪の摂取量増加は、アレルギーの過敏状態を一層ひどくすることが考えられます。

 同じく図の中段において、前回話題にした寄生虫感染は1949年の63%から、1990年代には0.02%にまで感染率の低下していること、しかし第二次世界大戦末期から1949年まではむしろ増加傾向にあったことが理解できます。これは大戦末期から戦後にかけての食糧難を、日本人が家庭菜園によって乗り切ろうと下肥を多用したからと推測されます。その証拠に、寄生虫感染率は汲取便所と下水道の普及に伴って低下して行きます。前回の結論を繰り返したくはないのですが、寄生虫感染率の減少はこれら屎尿処理システムの進化によるものであって、人間の一方的な論理で相手をばっさり退治したと言うわけでもなさそうです。
 図の下段には、スギ花粉発生源の増加とダニの増加について記しました。スギ増加の背景についてはこれまでに述べましたが、ダニも増加していてアレルギー疾患の原因になっているようです。これについては、別の機会にお話しさせて頂きますけれども、ダニの増加が日本の経済的発展と無縁でないことは、理解して頂けるでしょう。

 なお、実際にこの日本でアレルギーの頻度が増加しつつあるのかどうかについて、私たちは北海道白老町で確認したことがあります(図2)。調査を開始した1989年のスクラッチテスト陽性率に較べて、1994年の陽性率は明確に増加していたのです。

 つまり少なくともこの日本においては、戦後の経済的発展とともにアレルギーの増加要因は増えていて、それに伴ってアレルギーの頻度も増加している、と理解できます。

 しかしだからと言って、こうした経済発展に伴うアレルギーの増加は、日本以外の国においても観察されるものなのでしょうか。

 私はそれを確認するためにこれまで、日本・ブラジル・チベットを含む中国の各国で、統一された方式による調査を行なって来ました。

 残念ながら地域事情のせいでこれらすべての対象地で、厳密な結果が得られたわけではありませんが、少なくとも日中の調査では私の期待にそむかぬデータの数々を得ることができました。

 図3に、これまでの日本と中国の調査地の地図を示します。

 私たちの調査は、被験者として6・9・12・15・18・21歳の学生を選んでます。このため、小学1・4年生・中学1年生・高校1年生・大学1・4年生が、対象となっています。

 小中高校生は調査地に在住する全員を対象として選択していますし、大学生は中国では全員大学内の寮に居住していますから、同一地域の被験者として扱うことができます。

 逆にこうした事情から、日本で被験者として選択できるのは実際には、小中学生だけに限られることになります。

 調査光景の写真を、いくつかお示しします。

 南京市の南京医科大学(図4)、広州市の中山医科大学(図5)、雲南省・昆明市の昆明医科大学(図6)、武漢市の湖北医科大学(図7)、西安市の第四軍医科大学と西安医科大学(図8)、日本の北海道白老町(図9)と栃木県栗山村(図10)、中国の江蘇省呉江市黎里鎮(図11)と同じく江蘇省にある宜興市(図12)そしてチベットにあるラサ市(図13)です。

 これらのうち今回は、日本での調査と同年齢の被験者を用いて比較できるよう、白老町・栗山村・黎里鎮・宜興市・ラサ市の陽性率を図示しました。

 なお、江蘇省呉江市黎里鎮は太湖という大きな湖の東側に位置しており、大発展中の上海市の隣町です。そこから車で数時間の距離ではありますが、宜興市は太湖の西側に存在しており、黎里鎮に較べると経済的には発展がやや遅れているかも知れません。

 こんな事情からこれら5地域の経済発展の程度は、日本の2地域・黎里鎮・宜興市・ラサ市の順番と考えることができますが、スクラッチテストの結果はどうでしょう。

 具体的にお示ししますと、図14がHD・ダニ・スギ・これら3種のうち1種以上に陽性反応を示した例のそれぞれについて、陽性率を示したものです。白老町と栗山村ではHD・ダニの陽性率がほぼ等しく、スギの陽性率のみ異なるために1種以上陽性例の頻度に大きな差のあることが、見て取れます。

 図15は、1種以上陽性を示した被験者の年齢別陽性率とその平均です。

 これらの結果は、ご覧になってお判り頂けるように、見事に経済発展の程度を反映する結末になっています。

 つまりこの調査結果は、これまで厳密ではないながらも推測されていた、アレルギー疾患が文明病の1種であって経済発展に伴い増加するとの仮説を裏付ける、世界初の証拠と言えます。

 他方、私たちのこれまでの中国における短期間の観察でも、中国の経済発展に伴うアレルギー疾患の増加を推察することはできます。

 もちろん、現代日本のアレルギー疾患の増加の原因がすべて私たちの推理した要因(図1)によるものかどうか、現時点での断定は難しいと言わねばなりません。すでに過ぎ去ってしまった、過去の要因が多すぎるからです。

 しかしこうして中国で何年間も経時的観察を継続して行くならば、私たちはアレルギー疾患増加の社会的経済的要因を、現実に目のあたりにすることができるかも知れません。もしもそれが実現できたなら、私たちはアレルギー疾患を解決する鍵を手にすることになります。

 将来的に私たちは、現代日本のアレルギーの悩みを解消することができるかも知れない、そしてそればかりではなく今後激増するであろう中国のアレルギーを予防することができるのかも知れない。そう、夢見ることもときにはあります。

 
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