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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(7)〜

三好 彰
三好耳鼻咽喉科クリニック
南京医科大学国際鼻アレルギーセンター


図1
▲学校健診におけるスクラッチダスト陽性率
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図2
▲日本における自動車の保有台数と発電電力量の推移
▲日本人の寄生虫感染率、蛋白質・脂肪摂取量と下水道普及率
▲新設住宅戸数と室内壁中の
チリダニ数と推移と杉林面積の推移
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図3-1
 
図3-2
 
図3-3
 
図3-4
 
図3-5
図3-1〜5は著者の許可を得て、
中国大陸建築紀行
茶谷正洋
中澤敏彰
八代克彦
監修=香川壽夫
丸善株式会社
より引用したものです
 
図4
▲飽和水蒸気量の曲線
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図5
▲部屋の環境と押し入れ内の環境
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 ここまでの私の話は、アレルギー疾患の中でも花粉症を中心に、なぜそれが増加して来たのかについて、議論を進めて来ました。

 しかしもちろん私たち耳鼻咽喉科医の扱っているアレルギー性鼻炎は、花粉症だけではありません。その他の原因によるアレルギー性鼻炎も多く、ことにダニやハウスダスト(HD)によるそれは、気管支喘息やアトピー性皮膚炎との関連でも注目されています。

 こうしたダニやHDによるアレルギー性鼻炎は、花粉症同様増加しているのでしょうか。また増加しているとしたら、それはいかなる理由によるものなのでしょうか。

 前回もお示ししましたが、1989年より6年間北海道白老町の小中学生を対象に施行したスクラッチテストの結果(図1)では、その陽性率は増加傾向にありました。これらスクラッチテストの結果は、HD・ダニ・スギのうちいずれか1種以上陽性反応を呈した症例の比率ですが、白老町にスギはほとんど見られないためこの数値はダニとHDによる陽性率そのものと考えられます。

 つまりダニやHDによるアレルギー性鼻炎は、まぎれもなく増加しているのです。

 その増加の理由ですが、私たちのこれまでの議論の展開は原因が増加すれば結果は増える、というものでした。その理屈に従うならば、家屋の中におけるダニそのものの増加が確認されていなければなりません。

 図2に、前回もお示ししたアレルギー性鼻炎増加要因の一覧表を再掲載しました。この中に、私の共同研究者である高岡正敏・埼玉県衛生研究所主任研究員のデータがあります。それによると細塵1gあたりのチリダニの数は、1960年代・1970年代・1980年代と明らかに増加しています。

 アレルゲンであるダニが増えているのならば、ダニによるアレルギー性鼻炎の増加も当然です。

 なおご説明するまでもないこととは思いますが、HDとは実は家屋内の塵のことでダニの糞や死骸がその主成分とされています。つまりダニそのものが増えれば、HDも増加すると理解して良いのです。

 ダニならびにHDの増えた背景に、戦後の復興期に不足した住宅を供給するために、数多く建てられた公営鉄筋アパートなど密閉型住宅の普及、および新建材の多用との関連が想定されています。確かにダニの増加に一致するように、アルミサッシの開発やビニールシートの壁紙みたいな建材が出現しています(図2)。

 これら新建材の多用や密閉型住宅の増加が、果たして実際にダニを増やす原因となっているのでしょうか。またそれには、どのようにメカニズムが働いているのでしょうか。

 俗に、こうした住環境の変化で普及した、人間の住み易い住宅はダニにとっても繁殖し易い状況なので、それでダニがはびこるのだと言います。

 それはホントに本当なのでしょうか。

 アレルゲンとなるダニは、ヒョウヒダニと言ってチリダニ科の一種です。このヒョウヒダニの家屋内における繁殖について論じる場合、ダニの特性を考慮せねばなりません。

 それは家屋内のダニの増殖には、以下の3つの条件が必要だからです。(1)温度が20〜30度で相対湿度が60%以上ある。(2)えさ(塵の中の有機成分)がある。(3)潜って産卵でき、隠れて繁殖できる潜入場所が家庭内にある。こうした条件です。

 そうしてこれら3条件の中でもダニの繁殖には、湿度が重要と言われます。なぜならヒョウヒダニは乾燥に弱く、相対湿度50%以下では11日間で干涸びて死ぬとされているからです。

 それゆえに家屋内のダニを駆除するには、掃除機を徹底的にかけてフケなどのえさを無くして兵糧攻めにするのも良いですし、畳やカーペットを減らしてフローリングの床とするのも悪くありません。とはいえ、湿度を下げてダニを生存できなくしてやるのが、一層早道と言えそうです。

 そしてここが重要なのですが、昔の日本の住宅は高温多湿と言われる日本の気象に適していて、風が吹き抜け易く乾燥し易い造りになっていました。

 これは、兼行法師以来の、夏を過ごし易いように考えられた、つまりアジア・モンスーン型気候に対応できる開放型の日本家屋の特徴です。この家屋は一般に在来工法と言う名前で知られていますが、まず柱を立て梁をめぐらせ屋根を架け、そしてハンギングウォールと呼ばれる壁を最後に拵えます。そこでは床には畳が敷かれ、畳の下はあら床と言って隙間だらけの木の床でした。

 当時の家は冬でも隙間風が吹き抜け、床下の空気はあら床と畳を通じて家の中に出入りしたものでした。

 私の世代以上の読者は思い当るふしがあるかも知れませんが、そのような家では冬の家屋は寒くて住む人は炬燵の傍を離れることができない代わり、冬季の乾燥した空気が屋内に満ちていて、湿度は低かったものでした。当時の「サザエさん」に、寒い夜家族全員が丹前を着て炬燵にあたっているとき、サザエさんが用事を思い出して決心の末炬燵を立つと、カツオ君や波平さんが「ミカンを取って来てくれ」などと一斉に用件を頼む風景が描かれていました。そうそうそれにもう一つやはりサザエさんで、春が来て炬燵を片付けると炬燵の形なりに埋もれていたミカンが顔を出す、そんな光景を描いたマンガも実感が籠もっていて、つい笑ってしまいました。

 それに対して戦後急速に広まった高気密住宅では、外の空気は屋内に入らないのですが、屋内の湿った空気も外に流れ出すことができません。

 当然屋内は湿度が高くて、ダニの増殖にふさわしい環境となっています。

 加えて炬燵に代表されるような、昼間の家屋の一部分のみを暖め夜間は消してしまう、局部暖房・間欠暖房の習慣がそれに輪をかけます。

 なぜならこの局部暖房・間欠暖房の生活習慣は、やはり亜熱帯に近い地域の家屋に適した暖房で、高気密住宅向きではないのです。

 日本の家屋の開放型構造は、おそらく南方から伝えられたものと推測されています。一例としてここには、私の共同研究者の八代克彦・ものづくり大学建設技能工芸学科助教授が、中国広西自治区龍勝にて撮影した在来工法の建築現場の写真をお示しします(図3)。

 日本人のこの開放型住宅好きは骨に染み付いているみたいで、第二次世界大戦前に樺太に住んでいた日本人は、その極寒の地でも開放型住宅を建て、冬は寒さに震えながら薪で暖を取ったと言われます。このため現地のロシア人からは、日本人が一冬に焚く材木で家が建てられると笑われたこともあったそうです。

 夏の暑さを凌ぎ易い開放型の家では、長い冬の寒さを防ぐことは最初から考えられていません。せいぜい家族の集まる家の真ん中でストーブを焚くくらいで、家屋内の他の部屋は冷たいままとなります。しかもそれも昼間だけのことであって、夜間は暖房を消してしまう局部暖房・間欠暖房です。

 とはいえこうした暖房習慣はこのような開放型住宅には向いていて、冬の冷たく乾燥した空気が屋内を通過する構造は、相対湿度の低下からダニを死滅させるには最適と言えます。

 昔の日本の家屋にダニの少なかったのは、記憶の彼方に消え去りかかっていたそんな事情が、背景に存在したものと推測できます。

 それに対し近年の高気密高断熱住宅は、名前こそツーバイフォーなどと近代的ですが、そのルーツは寒冷地の丸太小屋(ログ・キャビン)にあります。

 在来工法を柱で建てる家と称し、ツーバイフォーを壁で建てる家と表現するのは、その由来が南方の開放型住宅なのか寒冷地の丸太小屋であったのかによります。

 前者についてはすでに触れたので省略しますが、後者について少し述べます。

 人間の力では容易に運ぶことのできないくらい重たい丸太を使用するそれは、寒冷地の凍土の上を滑らせて運搬した木材を横に木組みします。それで最初に四方の壁を、組み立ててしまうのです。その後、壁の上に屋根を乗せる形で家屋が出来上がります。それが壁で建てる、ツーバイフォーの基本となったのです。

 高気密住宅の暖房はそのルーツを反映し、厳寒地の外気の寒さに対抗できるよう、すべての部屋を24時間連続して暖めるのが普通です。

 そうすると屋内の空気は一定の温度に保たれ相対湿度も低いままに抑えられるので乾燥しており、やはりダニは生存できません。

 開放型住宅では冬の寒さをしのぎ切れず、病気になり易いことを知った日本人が、近年高気密住宅に住むようになったのは当然の流れと言えるでしょう。しかし、開放型住宅の局部暖房・間欠暖房の習慣をそのまま持ち込んでしまったことにこそ、家屋内にダニの増加した原因があるのです。

 図4に示すように、空気は暖かいほど水分を多く含み得ますから、室温が高いと相対的に湿度は低くなり、逆に室温が低いと相対湿度は高くなります。つまり高気密でしかも高断熱の住宅では、全室暖房・連続暖房ならば室温が高く湿度は低いのです。ところが高気密高断熱住宅で局部暖房・間欠暖房にすると、部屋全体の温度を上げ切れないために相対湿度の高い状態となります。

 図5に実例をお示しします。これは北海道の実在の住宅における、部屋の真ん中の温度・湿度と部屋の隅の温度・湿度の状態を示したものです。

 これを見ていただければお判りのように、1kgの空気内に8gの水分を含んだ状態では、この空気が室温22度の部屋の真ん中ならば相対湿度が50%となります。湿度50%ではダニは干涸びてしまい、生存できないはずです。

 ところがこの1kg中に8gの水分を含む空気は、おしいれなど部屋の隅の温度11度の空間では、相対湿度が80%にもなってしまうのです。このしけった状況下ではダニは、いくらでも繁殖可能となるはずです。

 と言うことはつまり、同一の家屋の中の同じ空気であっても、暖房の状況により湿度がまるで異なることになります。

 部屋の真ん中では湿度が低くダニは生存できないはずなのに、家の片隅の狭く寒い状況では結露が観察されたりするのです。

 結露の見られる部位での、家屋内の相対湿度は100%を越えていることになります。ですから非常に湿度の高い環境下に、この家屋は置かれていることがすぐに理解できます。

 ところが部屋の真ん中の乾燥した空気に触れている家人は、その事実に気付きません。むしろ家全体が乾燥しているものと勘違いして、部屋の中で焚いているストーブの上にやかんを乗せ、部屋中を湯気でいっぱいにしていたりします。

 その湯気は、やはり家屋の隅の冷たい箇所で結露になってしまいますから、家屋全体の湿度の上昇ひいてはダニの増加に一役かっているようなものです。
 そんな光景が、近年の日本の冬の一般的家庭のあちこちで観察されるのです。

 これでは日本中の家庭でダニが一斉に増加したとしても、何の不思議もありません。

 前回のこの欄で私は、スギ花粉などアレルゲンの増加している事実をお示しし、ダニも同様に増加していると書きました。

 スギ花粉飛散量の増加によりスギ花粉症が激増しているならば、家屋内のダニの増加はダニによるアレルギー性鼻炎を増やすはずです。

 さて、それではこうした家屋内のダニ増加環境を改善するには、どのような工夫を凝らしたら良いのでしょうか。

 一言でそれを表現するならば、開放型住宅に馴染んだ日本人の局所暖房・間欠暖房の習慣を、高気密高断熱住宅に相応しい全室暖房・連続暖房に変化させることができれば、この間題は解決します。

 その詳細についてここで触れている余裕の無いことは残念ですが、本誌の読者の皆さんには戦後日本の生活環境が全体的にアレルギー疾患の増加する方向に向かって進行している、その状況を理解して頂くことも重要でしょう。

 アレルギー疾患の増加は、遺伝的要因ではなく環境的要因であり、環境の整備によりアレルギーは克服できると私たちは考えます。

 
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