3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(1)〜

三好 彰
三好耳鼻咽喉科クリニック
南京医科大学


はじめに
 スギ花粉症が1963年の発見当時日本特有の花粉症と誤認されていたこと、それはスギ花粉症の原因物質(アレルゲン)である日本杉が、日本にしか存在しないと錯覚されて来たためであること。その事情については、本誌に「世界の花粉症調査(1)」として執筆しました。

 そしてその錯覚や誤認については、具体的な根拠を示した上で、それがいわば常識のウソであることを本誌上で証明しました。

 今回は、その後の私たちの世界調査で発見された、興味深い新事実について筆を執ります。

これまでの調査の経緯
 新事実について解説する前に、私たちが誤認されて来た事実を解明した経緯を、復習も兼ねてご説明します。

 斎藤洋三氏が日光でスギ花粉症を発見し発表した1963年からつい数年前まで、前述のように日本杉は日本特有でありスギ花粉症は日本にしか存在しないと、固く信じられて来ました。


写真1:1996年5月31日撮影
写真1:1996年5月31日撮影
画像をクリックすると
拡大
写真がご覧いただけます
 けれども、国立国際医療センターでアジア各地におけるポリオ接種を担当していた帖佐徹医師によると、中国雲南省の山奥ではハゲ山に緑化のため杉が植林されている、とのことでした(1996年夏、お話を伺いました)。この杉は、本当にそんなことが可能かどうかは別として、現地関係者の談話では空中散布によって植林が進められているとのことでした(写真1)。

 信じられない内容ではありますが、他のルートからも私は杉の空中散布の話を耳にしたことがあります。どうやら現地関係者の冗談だけではなさそうです。

 いずれにしても杉が日本以外の国にも存在する事実を、私は初めて知りました。そう思って文献を漁ると、中国では全国の花粉飛散状況をまとめた本が1991年に出版されており、その中には柳杉と呼ばれる中国産杉が、花粉を飛散させている模様も記されていました。図1はその本から私たちが書きなおした、中国地図上に飛散状況を再現したものです。これを見ると、中国の各地で柳杉の花粉飛散が観察されるだけではなくその量も、例えば武漢市の武昌地区では1シーズン中に1cm2あたり1551固と、馬鹿にできない飛散量です(2004年春の仙台市のスギ花粉飛散量は500個程度)。


図1:中華人民共和国各省 花粉調査点分布 図2:柳杉の分布地域 写真2:1998年に撮影した樹齢800年、元の時代に植えられた雲南省昆明市の孔雀杉
写真2
画像をクリックすると
拡大
写真がご覧いただけます
図1:中華人民共和国各省 花粉調査点分布
画像をクリックすると
拡大図がご覧いただけます
図2:柳杉の分布地域
画像をクリックすると
拡大図がご覧いただけます


 さらに共同研究者の佐橋紀男教授(東邦大学生物学教室)が、国内で出版されていた「スギのすべて」と称する絶版本のコピーを届けてくれました(1997年)。その中には中国のスギという1項目もあり、図2に見るごとく花粉飛散に対応するように柳杉が分布していることが理解できます。しかも重要なことに、人工樹林ではなく天然林の見られることと、かなりの樹齢の巨木の存在することもわかります(写真2,1998年に撮影した樹齢800年、元の時代に植えられた雲南省昆明市の孔雀杉)。中国に植生している杉が日本からの移植ではない事実の、何よりの裏付けと言えます。

図3:中国におけるスクラッチテスト陽性率
図3:中国におけるスクラッチテスト陽性率
画像をクリックすると
拡大図がご覧いただけます
 加えて私たちがこれまで確認して来たように、中国におけるアレルギー疫学調査においては、日本杉を原料としたアレルゲンスクラッチエキス(トリイ)スギ花粉製剤に対し、陽性反応を呈する被験者が少なからず存在します(図3・1995年と1996年の結果)。これら陽性例は、スギ花粉によって感作されている可能性を否定できません。

 こうしてみると、日本杉は日本特有でありスギ花粉症は日本独特の疾患だと、何の疑いもなく断言できるのかどうか、ためらわずにはいられません。

 それを確認する目的から私たちは、次のようないくつかの検討を行いました。 
 
 まず私たちは1997年に日中両国の杉植生地域からサンプルを採取し、形態学的比較を実施しています。すると光学顕微鏡でも電子顕微鏡でも、両者を見分けることは不可能でした。

 ついで私たちは1998年、中国の柳杉天然林で知られる浙江省天目山に赴き柳杉30個体の針葉を採取しました。それと比較する意味から、鹿児島県屋久島の屋久杉天然林と伊豆大島人口樹林でも30個体を採取し、分析しました。酸素多形解析を行ない遺伝子同一度と遺伝子間距離を観測しましたが、天目山のサンプルと屋久島のサンプルは遺伝子同一度が0.97だったのです。遺伝子間距離も天然林同士である天目山と屋久島とが近く、人工林である伊豆大島のサンプルは前2者に対して距離がありました。

 これらの結果から私たちは、日中両国の杉はもともと同じ起源を持つ集団が、日本海によって隔離されたに過ぎず、同一属同一種であるとの結論に至りました。

 このように日本杉と柳杉とが同一属同一種であるならば、柳杉はスギ花粉症の原因となり得ます。

 それにしてもなぜ日本海を隔てておりながら、日本と中国には同一属同一種の杉が生えているのでしょうか。 

 この謎は、杉のルーツをたどることによって明らかとなります。

 表1は、スギ科の化石の東アジア・シベリア・ヨーロッパにおける分布を示しています。スギ科植物は9属が知られており、うち8属は北半球にのみ植生しています。この表1により、杉は考古学的に第三紀鮮新世の終わりから第四紀更新世にかけて出現することが判ります。そして更新世の何回かの氷河期には、日本と中国(アジア大陸)とは地続きとなります(図4)。このとき日本には多くの動植物が大陸から移動したとされていて、ナウマン像やマンモスの化石が日本で出土するのも、そのためと言われます。



表1:スギ属化石の地史的分布

図4:氷河時代(第四紀)の日本列島とマンモス、
ナウマンゾウの化石分布図
画像をクリックすると
拡大図がご覧いただけます

 そればかりか人類もこの時期、陸伝いに世界を歩んだと伝えられています。現在でも中南米の現地民に蒙古斑の見られるのは、こうしてアジア系の民族がかの地まで移住したことが背景にあると、聞きます。

 氷河期にはその気候のために、東アジア以外の杉は死滅しました。このため一方では、これだけ狭い日本国内に杉が生き残ったのはなぜか、という議論もあります。従来の考え方では国内残存説というのでしょうか、氷河期とはいえまだしも温暖だった北緯37度以南の太平洋沿岸の日本国内に、杉が逃避し残存したとの意見が主流でした。しかし私たちの見解は、従来のそれとは異なります。

 時期により多少異なりますが、氷河期の海面は現在より約130メートル低下しており、図4に見るように大陸棚は露出し日本海は孤立、アジア大陸と日本は地続きでした。ですから杉は陸続きに大陸棚を寒冷期には南へ下がり、温暖期には再び北へ向けて移動した可能性があります。温暖期には氷河が溶けて海面が上昇しますから、地続きだった大陸棚は海の底となるはずです。
 杉植生の歴史的経緯追求法の一つに、ボーリングによって地層中のスギ花粉化石をたどる手法があります。従来のスギの氷河期における逃避残存説は、このボーリングによってその裏付けとなる理論が構成されています。しかしこの説の根拠となる資料では、海面下の地層調査は実施されていません。大陸棚にスギ花粉化石の存在する可能性を、すなわち氷河期に杉が大陸棚を移動したとの私たちの仮説を、従来説の資料でもまったく否定できないのです。

 それに加えて私たちの仮説を裏付けるのは、屋久杉の存在です。屋久島は温暖ですから、従来の逃避残存説の唱える逃避地の条件を充分に満たします。とは言っても屋久島は遠く、従来説も認めていたように中国本土からも本州や四国からも、植物地理学的に自然伝播機構(杉の場合には風による種子の散布)による分布範囲から、孤立しています。そのため従来説では、屋久島の杉は最終氷河期以前から隔離分布していたと説明されていました。しかしこの仮説に全面的に従ったとしても、その孤立分布以前の屋久島はどこかで、他の杉植生地域と自然伝播機構の成立する範囲内で、連続していたと考えねばなりません。

 この事実だって、大陸と日本は地続きであった、そして屋久島も含めて大陸棚一帯に杉が連続して生えていたと解釈するならば、何の不思議もありません。杉は氷河期には陸伝いに南下し、温暖期の屋久島は大陸棚が水面下に没した後も、九州一という標高の高さのため海面から頭を出すことになった。これを後から観察すると杉の連続分布が断裂していたように見え、まるで屋久島は最初から隔離分布をしていたと錯覚される。そう、理解すべきではないでしょうか。

 以上述べてきた内容を簡単にまとめると、次のような内容だと言えます。

 まず、杉は第三期鮮新世から日本と中国に跨がって生息していました。これは日本がアジア大陸と地続きだったためです。氷河期が終了すると、温暖化現象の一つとして氷河は溶け、海面が上昇して日本と大陸とは分かれます。その結果今では杉が、あたかも最初からそれぞれの国に別々に分布しているように見受けられます。

 次に形態学的には日本杉(Cj)と柳杉(Cf)との間には、差異を見いだせないことが判りました。遺伝子解析でも、同一属同一種と判別することができます。

 さらに、柳杉の花粉が中国内で飛散していることは確認されていますし、スギ花粉エキスによるスクラッチテストでは陽性となる被験者が存在します。

 それでは実際に中国に、スギ花粉症の症例は存在するのでしょうか。
本誌「世界の花粉症調査(1)」に書きましたように私たちは、南京医科大学耳鼻科にて世界で初めての、日本以外の国におけるスギ花粉症症例を発見しました。

 この症例は32歳の女性で1989年4月に南京市内の観光地である中山陵で遊んでいたところ、くしゃみ・鼻みず・鼻づまりの発作が出現しました。 

 この発作は当初春季と秋季だけだったのですが、徐々に一年中出現するようになり苦痛を感じるようになりました。そのため、1998年3月に南京医科大学第一付属病院耳鼻咽喉科を受診したのです。

 鼻粘膜を覗いてみると下甲介粘膜は蒼白色を呈し浮腫状で、水様性の鼻汁が観察されました。スクラッチテストでは、アレルゲンスクラッチエキス(トリイ)製品のうちの、スギ花粉・カモガヤ花粉・ブタクサ花粉・ハウスダスト・ダニに陽性反応を示していました。さらにスギ花粉エキスを使用しての鼻粘膜誘発検査ではアレルギー性鼻炎3徴が出現し、スギ花粉症との確定診断がなされたのです。

 言うまでもないことですが、トリイのスギ花粉エキス製剤は、日本杉(Cj)を原料に作成されています。ですから本症例では、日本杉に対して陽性反応を示していたことになります。

今回明らかになった事実
 こうして中国におけるスギ花粉症症例を発見した後の私たちの興味は、逆に柳杉により花粉症発作を生じる日本人が実在するかどうか、となりました。

 すでに奈良医科大学の井手氏らは、日本国内に移植された柳杉の花粉で症状の誘発される日本人スギ花粉症症例の実在することを、論文として報告しています。けれども移植された柳杉は現地の柳杉と性質がまったく同じかどうか、保障はありません。果たして、日本人スギ花粉症症例が中国本土で柳杉に接触した場合、現実に花粉症発作を発症するでしょうか。

 そんな興味を抱きつつ、インターネットで「杉」をキーワードに検索していたところ、「中国杉のおかげで、久々の鼻炎の発作と耳管の閉塞が起こり」という、ホームページのタイトルが画面上に現れました。それがドクターヘリのアドレスを持つ、苫小牧市にお住まいの西本方宜先生のHPでした。

 それによると西本先生は1999年4月、ヘリコプターの訓練のため、中国四川省成都市の中華民航航空学院にてフライトする機会があったそうです。成都市は中国の中でも比較的柳杉花粉飛散の多い地域であり(図1中の(13)地点)、同年春は温暖でしたから花粉飛散量も豊富だったものと想像されます。

 西本先生はみごと花粉に接触し、前述のような花粉症発作に悩まされたあげく、気圧変動にも対応できず航空性中耳炎そして惨出性中耳炎を合併してしまいます。幸い、スギ花粉飛散の少ない苫小牧市へ帰宅したところ、まもなく症状は楽になったようでした。

 私たちはさっそく西本先生に連絡し、私たちのこれまでの研究の経緯と意味を説明し、調査への協力を依頼しました。ご本人の快諾のもと私たちは昆明市で採取し冷凍保存してあった柳杉花粉を使用しての、鼻粘膜誘発検査を計画しました。

 その準備として私たちは冷凍花粉を解凍し、三好耳鼻咽喉科クリニック職員のうちスギ花粉症に罹患している数名の有志の同意を得て、その鼻内に塗布しました。数分以内に被験者(被害者?)は全員、鼻内の掻痒感と鼻閉を訴え、水っぱながたくさん出て来ました、この結果から解凍花粉の抗原性は保たれていることが判りました。

 私たちは苫小牧市に隣接する北海道白老町で毎年、学校健診を行っています。2004年7月15日、私たちはその合間を縫って西本先生のクリニックにお邪魔しました。

 西本先生は間違いなくスギ花粉症であることを証明する意味で、日本杉花粉に関する血液検査を済ませておられ、その結果は18.351U/mlと明確に陽性反応を呈していました。

写真3・4
画像をクリックすると
拡大写真がご覧いただけます
 西本先生は広島の出身で、以前からスギ花粉症の発作を繰り返していました。この10年ほど前から苫小牧市で開業しており、血液検査でこそスギに陽性でしたが、10年間発作の経験は皆無だったとのことです。

 西本先生が、中国成都市で柳杉による花粉症発作を発症したことは間違いありませんでしたから、私たちはさっそく鼻粘膜誘発検査として昆明の柳杉花粉を先生の鼻内に塗布しました。

 すると直後より水っぱなが出現し、鼻閉と鼻内の強烈な掻痒感が発生しました。(写真3・4)。鼻内から鼻汁を標本として採取し顕微鏡で観察すると、好酸球というアレルギーの証拠細胞が見つかりました。

 まぎれもなく、日本杉の花粉症の人は柳杉にも反応して発作を引き起こすことを証明し得たわけで、これはつまり日本杉と柳杉とが同一属同一種であったことの再確認であると、断言できます。

おわりに

 スギ花粉症が日本特有ではなく中国にも存在すること、それは200万年前に杉が地上に出現した頃には日本と中国(アジア大陸)とが地続きであったためであること、について「世界の花粉症調査(1)」ではご説明しました。

 今回は中国のスギ花粉症症例が日本杉のエキスに反応することと、逆に日本人のスギ花粉症症例は中国本土で中国産の柳杉に反応して発作を生ずること、をご報告しました。

 この結果はつまり日本杉と柳杉とが同一属同一種であったことの再確認であり、私たちの調査結果が正しいものであったことの裏付けであると明言することができます。

公衆衛生情報みやぎバックナンバー
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(1)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(2)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(3)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(4)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(5)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(6)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(7)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜ピアスの白い糸〜
公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(1)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(2)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(3)〜
関連リンク: 用語集 花粉症
トップページへ 前ページへ