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公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(2)〜

三好 彰
三好耳鼻咽喉科クリニック
南京医科大学


はじめに

 花粉症などIgE抗体を介した典型的な即時型アレルギー反応は、抗原抗体反応です。このため抗原(アレルゲン)の量が増えればアレルギーは増加しますし、抗原の量が少なくなればアレルギーの頻度も減少します。

 ですから私が何度も繰り返し述べて来たように、花粉症やアレルギー性鼻炎の増加にはアレルゲンである花粉などの増加が、いちばん関係しています。これも私が否定したように、大気汚染や寄生虫感染の減少は花粉症増加となんの関わりもありません。

 翻って考えるに、花粉症が発症しているか花粉に対するアレルギーが生じていたとすれば、そこにはかならず原因物質である花粉が存在していることになります。

 今回は、花粉症の発生や花粉に対するアレルギー学的検査陽性例の存在から、逆に疑問視されていた花粉の実在を確認した、いくつかの体験についてお話します。


原因の増減に伴う結果の消長

 原因が増えれば結果は増加し、原因が少なくなれば結果も減少する。世の中すべてに当てはまる不変の真理が、花粉症などアレルギー性鼻炎に関してだけ通用しないと錯覚されていることは、奇妙です。

 私がこれだけ証拠を示して強調しても、一部にはまだ大気汚染が花粉症増加の原因だと信じていたり、寄生虫感染の減少が花粉症の激増をもたらしたのだと、俗説を奉じる方も皆無ではありません。

 花粉症やアレルギー性鼻炎に関する「原因の増減に伴う結果の消長」現象を、ここではもう一度私たちの調査成績からお見せすることにしましょう。

 そのためには、花粉などのアレルゲンが増加すると、アレルギーもそれにつれて増えるかどうか、を確認する必要があります。そしてそれを証明するためには、次のような事実を実際にお目に懸けねばなりません。

 第一に、アレルゲンに曝される曝露の量もしくは曝露時間が増えれば、アレルギーの頻度も増加していること。

 第二に、そのアレルギーの頻度の増加は、異なった被験者を対象とした調査だけでなく、同一の人間の経時的変化を追跡してコホート調査の形を形成していること。

 第三に、逆にアレルゲンの曝露量が減少すると、アレルギーの頻度も少なくなること。

 以上の3点です。

 第一の問題については、私たちの共同研究者でもある北京の共和医科大学アレルギー科の顧瑞金教授のデータがあります。顧教授は、寧夏というヨモギの多い地域に、他の地域から軍隊として定住するようになった被験者のアレルギーの頻度を調べたのです。すると、もともとヨモギの少ない地域からの定住だったために、当初0.03%であった被験者のヨモギ花粉症の頻度が、7年後には100倍の3%にまで増加していたのです(図1)。

 私たちの、北海道白老町や栃木県栗山村そして中国のいくつかの地域における調査でも、年令上昇に伴うアレルギーの頻度増加は観察され(図2)、中国江蘇省の青少年に対する調査では図3のごとき結果を呈していました。

図1:寧夏自治区泉七溝地区における花粉症の増加(顧瑞金ら、1982) 図2:学年別スクラッチテスト 陰性率−日本と中国 図3:江蘇青少年のスクラッチテスト陽性率(3種類の内 1種以上陽性)
図1:寧夏自治区泉七溝地区における花粉症の増加(顧瑞金ら、1982)
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図2:学年別スクラッチテスト 陰性率−日本と中国
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図3:江蘇青少年のスクラッチテスト陽性率(3種類の内 1種以上陽性)
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 つまりアレルゲンの曝露時間が長いほど、アレルギーは増加するものと判断できます。

 第二の課題について私たちは、3年ごとに9年間連続して行なった白老町の調査でそれを確認しています。6・9・12歳の時点で3回スクラッチテストを受けた同一の被験者を見ると、成長とともに陽性率が有意に増加していたのです(表1・図4)。

 なおこの334名は、調査期間中一度も医療機関を受診していない例を選んであります。医療機関受診により、スクラッチテストの結果になんらかの影響が及ぶと推測された症例は、統計から省いてあります。

 第三の点については、私たちの共同研究者である中村晋大分大学前教授が大分大学在学生を対象に、1年生のときと4年生になってからのアレルギー学的調査で、変化を確認しています。この結果、スギの非常に多い大分大学の在学中にほとんどの被験者で、1年生のときよりも4年生になってからの方が、アレルギーの頻度は高いことが判ります(図5)。ところがそれにも関わらず、冷夏の翌年でスギ花粉飛散のすごく少なかった1994年春の調査では、4年生のスギに対するアレルギーの頻度が1991年の1年生時よりも低かったのです。

 アレルギーの頻度は、アレルゲンの曝露量と曝露時間の影響を受けていることが、これらの現象から判明します。

 それとともにこの事実は、特定のアレルゲンに対するアレルギーの存在は、被験者の周辺にそのアレルゲンの実在することをも意味しています。

表1:89−97年間同一児童生徒スクラッチテスト一種類以上陽性率変化表(白老町) 図4:白老町89-97年度間における同一児童生徒のスクラッチテストの陽性率 図5:1988〜1991大分大学入学者についての入学時と4年次におけるスギに対する抗体保有率の推移
表1:89−97年間同一児童生徒スクラッチテスト
一種類以上陽性率変化表(白老町)
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図4:白老町89-97年度間における同一児童生徒のスクラッチテストの陽性率
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図5:1988〜1991大分大学入学者についての入学時と4年次におけるスギに対する抗体保有率の推移
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スギ花粉に対する陽性反応とスギの実在
図4:白老町89-97年度間における同一児童生徒のスクラッチテストの陽性率
図6:アレルゲン別スクラッチテスト陽性率
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 実際、私たちの調査ではスギの存在しないはずの白老町で、スギ花粉エキスによるスクラッチテストでは陽性となる被験者が存在しました(図6)。けれども、白老町の町内にはスギの人工樹林の見られることが町職員の証言で裏付けられ、前項の結論に矛盾していないことが判ります。

 図6には、黎里鎮という上海市の隣村と宜興市鎮陶部という太湖の西隣の集落の成績も示されていますが、中国にスギの存在することおよびスギ花粉症患者の実在することについては、私のこれまで報告した通りです。

 さてこの図6で注目して頂きたいのは、チベットの省都である標高3640メートルのラサ市においても、スギに対する陽性反応者が見られることです。

 ということは、私自身のこれまで述べて来た理論からは、チベットのラサ市にさえもスギ花粉もしくは共通抗原性を有する植物の花粉が飛散している可能性が高い、と考えざるを得ないのです。

 なお共通抗原性とは、たとえばヒノキ科植物の花粉はスギ花粉と共通する成分を持っていて、スギ花粉症に悩まされている方はヒノキのシーズンにもうっとおしい思いをする、という意味です。

 後で見て頂くように、標高が高くそれゆえに緑の本当に少ないラサの光景を良く知っている私には、自身の理論にも関わらず狐に摘まれたような感を受けました。

写真1
写真1
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 ところがある日、「チベット」をキーワードにネットをサーチしていた私のコンピューターが、「チベットの大杉」という画面をピックアップしました。それが写真1にお示しする大木の写真で、和平旅行社のホームページに掲げられているものです。なおこの写真は、和平旅行社のご好意で転載を許可して頂きました。

 さっそく「地球の歩き方」で確認したところ、問題の巨木は樹齢2600年のヒノキで、林芝地域というラサ市の東方400キロの地点に存在することが判りました。もしもこの写真が正真正銘ヒノキであったならば、ラサ市近辺にヒノキ花粉の飛散している確率と、同地の私たちの被験者が共通抗原性からスギエキスに陽性反応を呈した可能性を、否定することはできません。

 私たちは2004年10月に、ラサ市におけるアレルギー疫学調査と、林芝地域のヒノキ探索調査を行なうべく調査隊を組織しました。

 以下、現地での調査状況を順を追ってご説明します。

 それにしてもチベットでの、この写真2を見てください。チベットを代表するゴンカル空港はラサ市から100キロ以上離れていますが、バスはその間ひたすらヤルツァンポという大河に沿って走ります。この写真はヤルツァンポ河のほとりで撮影したものですが、ヒマラヤの雪解け水そのもののこの大河にはほとんど緑の見られないことに気付きます。

写真1

写真2
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 水葬の習慣のあることから現地の人はこの河の魚を食しませんが、肝炎感染の恐れから生水を口にしない中国において、唯一この河の水はそのまま飲用できると聞きました。

 写真で私が肩からかけている白い布ですが、カターと称するものでいわばハワイのレイの役割を果たします。つまり「ウェルカム」と「フェアウェル」の印として、客人の首に掛けてあげる習慣がチベットにはあるのです。ただチベットのカターには、より霊的な意味合いがこめられているようで、高僧に掛けてもらうとご利益があるとも伝えられています。

 「セブンイヤーズ・イン・チベット」では、主役のハインリッヒ・ハラーがチベットを発つときに、ダライ・ラマ14世にカターを掛けてもらいます。あのシーンを思い浮べて頂ければ、雰囲気がご理解頂けるでしょう。

 写真3は、有名なポタラ宮です。標高3650メートルの地の岡の上に建造された木製の宮殿で、幅が360メートル、高さが115メートルあります。私たちはポタラ宮の屋上まで登りましたが、そうすると標高は3765メートルで、3776メートルの富士山頂とほぼ同じ高さです
ポタラ宮の下半分の白い部分は白宮と呼ばれ政治の場で、上半分の赤い建物は紅宮と称して宗教の場だとされます。中を見学すると白宮の最上階にはダライ・ラマ13世の居室があり、隣接してカシャグ(内閣)の部屋が存在しています。

 白宮から紅宮へ上り、屋上へ出ることができますが、屋上から眺めるラサ市内は人工的に植樹された緑が見える以外植物は少なく、花粉症の原因となる花粉が舞い散っているとは俄には信じがたいものがありました(写真4)。

 話の順序が逆になりましたが、ポタラ宮の見学に際しては車でポタラ宮の中腹まで移動します。写真5はその車道の入り口を撮影したもので、朝日の中ポタラ宮が黄金に輝いています。

写真3 写真4 写真5

写真3

写真4

写真5

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 なぜポタラ宮に車道があるのでしょうか。

 「セブンイヤーズ・イン・チベット」を見た方ならあの中で、ハラーがダライ・ラマ14世のために映画館を作ってやるシーンを、はっきりと覚えているでしょう。確か3台だったと思うのですが、ダライ・ラマ13世はその信者から自動車の寄進を受けており、それゆえに13世はポタラ宮に車道を作成したのです。写真6は車道から、漢民族の住む西半分の町中を眺めた光景ですが、やはり緑に乏しいことが判ります。なおチベット族はラサ市の東半分の旧市街に住んでおり、そこにはジョカン(大昭寺)があります。ジョカンはチベット仏教の本山で、門前にはチベット中から集まった敬虔な信徒が、ひたすら五体投地(全身を地面に投げ出して行なう祈祷・写真7)に勤しんでいます。寺内にはバターの灯明が燃え、1回転させるとお経の聖句「オン・マニ・ペメ・フン」を一度唱えたのと同じ効果があるとされるマニ車(写真8)が、至る所で回っています。

写真6 写真7 写真8

写真6

写真7

写真8

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 ところで、ハラーが14世のために映画館を建築したのは、夏の宮殿ノルブリンカです。ダライ・ラマは伝統的に半年ずつ、冬期間はポタラ宮に住み、夏期間はノルブリンカに居を構えるのです。

 あのダライ・ラマ14世の亡命はこのノルブリンカを舞台に実行されました。

 1959年3月17日夜半、14世はひそかにノルブリンカを脱出し、ヤルツァンポ河をヤク(毛長牛)の皮でできた小舟(小舟の木組みをした上にヤクの皮を張る)で渡り、最終的にインドへ到着することができたのです。

 私たちのヒノキ調査隊は、そんな歴史を秘めるラサ市を離れ、林芝へ向かいました。

写真9

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写真10

写真10
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 ラサ市から400キロ東へ移動した林芝地域は、ラサ市と異なり見事な緑の中にありました(写真9)。そこで私たち調査隊は、和平旅行社のホームページと同じ、樹齢2600年のヒノキの巨木に出会うことができました(写真10)。付近は有名なヒノキの自生地で、「世界柏樹王国林」と題された掲示を見ることができます。

 許可を得て日本に持ち帰った巨木のサンプルを、私たちはすぐにスギ花粉前線を毎年作成している東邦大学薬学部の佐橋紀男教授に届けました。その結果、この巨木が間違いなくヒノキ科に属することと、巨木の花粉はスギ花粉と共通抗原性を有していること、が判りました。ラサ市から400キロも離れた林芝の巨木が、花粉症の反応を引き起こすほど大量の花粉をラサまで飛ばしているとは思えません。けれども、チベットに花粉症の原因となるほどの植物は見当らないと、早とちりした私たちの勘違いは見事に修正されました。

 推測に過ぎませんが、ラサ市に近いいずれかの地域に林芝地域と同様のヒノキ科樹木が存在し、その花粉がラサ市の被験者に影響を与えていると考えることは決して不自然ではありません。

 ただし現時点まで、ラサ市の空中飛散花粉調査は十分に行なわれていませんでした。私たちは今年春の花粉飛散時期に、ラサ市にて飛散花粉調査を開始しました。

 その結果が出る頃には、さらに詳細な情報を「公衆衛生情報みやぎ」読者の皆様にお届けできることと思います。しかし、ともあれアレルギー発症にはアレルゲンの存在を確信すべきとの私たちの仮説は、裏付けられたことになります。


おわりに

 花粉症などIgE抗体を介した典型的な即時型アレルギー反応は、抗原抗体反応です。このため抗原(アレルゲン)の量が増えればアレルギーは増加しますし、抗原の量が少なくなればアレルギーの頻度も減少します。

 その不変の原則を確認しようと調査と続けて来た私たちは、とうとう世界の屋根・チベットでスギ花粉陽性例を発見し、そのアレルゲンと覚しきヒノキ科巨木を見いだすに至りました。

 今後、私たちが世界の花粉症調査を続けていく中でいったい何が見つかるのか、本当に興味は尽きません。


公衆衛生情報みやぎバックナンバー
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(1)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(2)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(3)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(4)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(5)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(6)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜世界の花粉症調査(7)〜
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公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(1)〜
公衆衛生情報みやぎ 〜その後の世界の花粉症調査(2)〜
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