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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 

歴史を紡ぐ 武永 真


わが仙台藩白老元陣屋資料館の資料は、そのほとんどが東蝦夷地警備の最高司令官で、後に尊皇攘夷派の志士として知られた仙台藩士三好監物の子孫から御寄贈、または寄託されたものである。

三好家は元、阿波国(現徳島県)三好郡に居を構え、戦国時代には機内・四国に勢力を振るった一族であった。織田信長に造反して滅ぼされたが、京都に逃れた11世義元は片倉小十郎の口添えで伊達政宗に出仕、陸奥国磐井郡黄海村(現岩手県藤沢村)に領地を与えられ代々伊達家に仕えた。仙台藩では中級の家柄であった。

三好家20世の監物は13代藩主伊達慶邦の抜てきで、41歳のとき藩の財政を掌握する出入司をなった。1855(安政2)年、ロシアの南下に対抗し蝦夷地を調査。白老を東蝦夷地警護の元陣屋の適地とし、幕府から承認を受けた。自ら元陣屋の最高司令官・二台目御備頭として蝦夷地警衛の基盤を固めた。帰国後、奉行を補佐する若年寄として藩政の枢要を占め、東奔西走するが報われず、68(慶応4)年8月、自ら命を絶った。幕末から明治維新、激動の時代を生きた54年の波瀾の生涯であった。以来四代にわたり伝わった史実と資料は今、陣屋資料館にある。

昨日、監物の曾々孫で仙台市で耳鼻科医院を開業する三好彰さんが来町された。耳鼻科医師のいないこの町で、1988年から毎年小中学生の検診をしていただき、ことしで19年目となる、花粉症研究の第一人者で、国内はもとより海外でも教壇に立たられている。

先生を一言で称せばパワフル。かの監物もかくやとほうふつとさせる活力と魅力を併せ持っておられる。年明けにはゆかりの白老をテーマに初の著書も出版されるといい、楽しみだ。

名の知れた先祖を持つ人の気持ちは分からないが、お会いするたびに「ありがとう」、そう言ってくださる重たさに、改めて気持ちを引き締めた初夏の一日であった。

 
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