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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 
チベット調査2006年 (その2) 三好 彰
院長のチベット珍道中第二弾。果たして院長はチベットでスギ花粉症の原因にめぐりあえるでしょうか?

 


(写真25・26・27)今年の7月1日に開通したチベット鉄道のラサ駅。ポタラ宮を模して白と赤の配色に、木造の部分をうまく組合わせてラサらしさを演出していました。
 
(写真25)
 

(写真26)

     
   

(写真27)

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チベット(西蔵)鉄道は本来は来年7月1日の開通予定だったのですが、急遽今年7月1日に運転開始となったので、まだ単線です。このため多くの便を効率よく配車することができず、毎日夜中に3便がラサ駅に到着するのみです。とはいえ1便ごとに1000人の観光客がラサに到着するわけで、これに増便となった航空機の輸送力を考えると、とてつもない観光客の増加が生じていることは理解できます。現在ラサ市は観光客激増に対応すべく、道路の整備や宿泊施設の建築計画が急ピッチで進みつつあると聞きました。なお列車の乗車時間ですが、たとえば北京からの便はラサまで72時間を要するそうです。

それでも余りにプラチナ・チケットで、予約に関わる旅行社の中には予約だけで乗車できなかった旅客への賠償金で、倒産してしまうところもあったとか。
     
 
(写真28)「ラサの心臓」とも形容される大昭寺(ジョカン)。チベット族の人々にとってラサとは大昭寺周辺だけのことで、ポタラ宮はラサとは言えないそうです。
 
(写真29) 大昭寺の門前。
     
 
(写真30)門前は、五体投地の礼拝を繰り返す信者たちでいっぱいです。
 
(写真31)門前の巨大なマニ車。マニ車を1回回転させるとお経を1回唱えたのと同じ功があるとされ、信者は自家用マニ車を毎日1万回近く回すそうです。
     
 
(写真32)大昭寺の門前には、信者の寄進したバターを灯明として燃やす専用の部屋があります。もともとは寺内にあったのですが、灯明の煤で壁画が煙るので外に移したそうです。
 

(写真33)修行中の少年僧と記念撮影。もちろんお礼にお布施を差し上げました。

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(写真34)寺内の壁画と小さな灯明。5年前にはここに何百本もの灯明があったのですが、煤煙さのために門前に移動されました。小さな、とはいえこの灯明も直径数十センチはありますから、それなりの迫力です。もともと酸素が薄いところへ、この灯明の臭いを嗅いで高山病の発作を起こす人も、ときどき見られます。到着したその日の食事を摂ろうとして、その臭いを嗅いだとたんに高山病の発作を起こす人もいて、これは嗅神経と内臓知覚(気持ち良いとか悪いとか)を司る迷走神経とが脳幹で接続しているからなのですが、中国料理の強烈な薫りにめげる日本人はこの形の発作を生じ易いような気もします。
 

(写真35)大昭寺の屋上から眺めたポタラ宮。西日に映えて荘厳そのものです。

     
 

(写真36)大昭寺屋上から眺めたラサ一番の繁華街・八廓街(バーコー)。宗教上の習慣から右回り(時計の針方向)に歩きますが。これをコルラする、と言います。

 

(写真37)私たちも習慣に倣って、八廓街をコルラします。

     
 

(写真38)八廓街は大昭寺を包むように存在していますから、お参りを兼ねて五体投地をしながらコルラする信者たちの姿も見られます。2001年にチベットを訪れた際には、この八廓街で鳥葬人が死者の供物を売り捌いている光景を見たことがあります(3443通信2002年7月号)。ラサ市の鳥葬場はセラ寺にあり、そこはチベット族しか中に入れません(3443通信2005年12月号)。なお、五体投地を繰り返しながら聖地参りをするのはチベット仏教では重要な祈りの形態で、来世を夢見ながら信者は五体投地を繰り返します。ちなみにチベットに伝わる葬式の形態は5種あり、土葬・火葬・水葬・鳥葬・塔葬です。塔葬は高僧などをミイラにして塔に祭るもので、水葬はヤルツァンポ河などに遺体を流します。このため、現地の人は決してヤルツァンポ河の魚を食しません。

 

(写真39)ポタラ宮は以前は車で車道を登り、観光しながら中を歩いておりたものですが、現在は中を登山のようによじ登らねばなりません。車道があったのは、ダライ・ラマ13世に自動車を寄進した人がいたためで、現実の話かどうか知りませんが「セブンイヤーズ・イン・チベット」の映画のなかでは、この車のエンジンを使って発電し映画館を建築しています。

チベット鉄道の開通の7月1日、チベット政府はポタラ宮の入場制限を設け1日2300人のみ入場可としました。うち500人が個人枠と信者枠で、1800人がツアー客枠です。そして全員が急階段を這い上がることになりました。ただでさえ酸素が薄い現地です。その上ポタラ宮登山(?)ですから、その惨状はご推察通りです。同行の三邉教授の携帯気圧計では現地の気圧は660ミリヘクトパスカルで、日本の1013ミリヘクトパスカルに較べ酸素が3分の2です。そんな標高3640メートルの地点から、116メートルの高さのポタラ宮へ自力で登ろうとするのですから、半ば気違い沙汰です。三邉教授のように、「ぼくは最初からパス」という観光客も何人か存在して、自然淘汰がなされているような気もしました。でもポタラ宮の入場券ってこれまたプラチナ・チケットで、絶対に袖の下なしには入手できないものなんですよ。

     
 
(写真40)
 
(写真41)ゼイゼイ荒い息を吐きながらも、ポタラ宮から見る町中の景色は最高です。でも、9月末の太陽はじかに照りつけるようで、ものすごく暑かったです。なにしろ、やたらに太陽の傍にいるって感じがしましたからね。まあ、物理的にはたしかに太陽に近いんでしょうけれど。
     
 
(写真42)皆さん、くたびれて一息ついています。
 

(写真43)なんとか生き延びて最上階まで辿りついたのは、ガイドさんを含め5名のみでした。

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(写真44)世界で一番高いところにあるトイレ。
 
(写真45)ポタラ宮がダライ・ラマの夏の宮殿ですが、冬の宮殿はこのノルブリンカです。
     
 
(写真46)ノルブリンカの入り口。
 

(写真47)ノルブリンカに多数観察されるヒノキ

     
ノルブリンカの中には、スギ花粉と共通抗原性を有するヒノキが多数観察されました。一昨年の調査で私たちは、チベットの林芝地域には樹齢2600年の巨大なヒノキの存在することを確認しました。ヒノキ花粉に感作されていたならば、それと共通の性質をもつスギ花粉に陽性反応を呈することは、なんの不思議もありません。しかし林芝地域はラサ市から400キロ離れており、巨大ヒノキの花粉がラサの被験者のスギ陽性反応の原因とは考えられません。一方、私たちが昨年1年間に行ったラサ市の空中飛散花粉調査では、ごくわずかではありますが、まぎれなくスギ・ヒノキ花粉が確認されました。こうしたスギ・ヒノキ花粉は、緑の極端に少ないラサ市のどこから飛んできたのでしょうか。その謎を解く鍵が、ここノルブリンカにあったのです。

ノルブリンカの内部には、ヒノキをはじめ各種の植物が見られました。
     
 

(写真48)

 

(写真49)

     
 

(写真50)

 

(写真51)お堀にはアヒルがのんびり泳いでいました。

     
   

(写真52)

   
     
こうして、私たちの今回の調査はラサ市内におけるヒノキ植生を確認し、ラサ市の被験者のスギ花粉陽性例の謎を解く、意義深い旅となりました。アレルギーは抗原抗体反応であり、その増減は抗原量の多寡に左右されるとの私たちの仮説は、ここで見事に証明されたことになるわけです。

関連リンク: 用語集 チベット

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