3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 
Medical Journalist

チベット、良いとこ、一度はおいで

 
ダライ・ラマの夏の宮殿ノルブリンカ   チベット鉄道のラサ駅

※画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます

 

※画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます

仙台の街を歩いていた私は、ふと恐怖で身をすくめました。

心臓がどきどき音をたて、息までせつなく喘ぎます。
頭がボーッとして来て,なんだか気がとおくなったような感じです。
何があったんだろう?

不思議に思って回りを見渡した私は、登り階段が目の前にあることに気付きました。
一瞬、チベットの薄い空気の中、必死に階段を登った記憶がよみがえります。
必死になんていうと、多少大げさに聞こえます。

たしかに最初の相手は、たかがホテルの2階へ昇るなだらかな階段でした。でもこの階段は実に、標高3640メートルの高地にあったのです。

ですから私はそのとき実質的に、標高3643メートルの2階へ向かって一歩一歩足を踏みしめる登山者、といった風情だったのです。

それにしてもホテルの2階へのんびり上がるだけの行為が、あんなにも苦しい酸素欠乏状態を引き起こすなんて。

でも、同行のメンバーが持参していた気圧計を見て、私は納得しました。宿泊したラサ・ホテルの気圧は660ヘクトパスカルで、通常の3分の2の空気しか私は呼吸していなかったのです。

私は気圧が1013ヘクトパスカルの仙台市へ戻ってからも、登り階段を目の前にするとラサの光景がよみがえり、たちまち酸欠のトラウマに襲われるようになってしまいました。

そんな苦しい思いをしてまで、なぜ階段を昇るのか、とお思いでしょう。

もちろんホテルでは私もたちまち宗旨代えして、2階へ昇るのさえエレベータを使うようになりました。

ところが今回の調査旅行では、どうしても階段を116メートルほどよじ登る必然が、生じたのです。

予定が1年繰り上がり、チベット鉄道がゴルムドからラサまで開通したのは、今年の7月1日のことでした。

まだ単線でしかなく、それ故に1日3000人の輸送量しかないチベット鉄道ですが、それでもこの観光客増加は無視できません。

ラサの文化財破壊を恐れた当局は、ダライ・ラマの冬の宮殿であったポタラ宮の一日の入場者数を、2300人に限定しました。うち500人が信者などの個人用で、ツァー客は1800人の袖の下付きプラチナ・チケットに群がります。

おまけに規則の変更は、観光コースにまで及びました。以前は車道で登り、下り道をのんびりと降りるだけだったポタラ宮は、逆コースを制限時間内に通過するよう定められたのです。

ですからポタラ宮を観光するためには、何が何でも標高3640メートルの地点から宮殿の屋上まで116メートルの登山に挑戦しなければなりません。

もしも私が、なぜ階段を上るのかと問われたなら、私は胸を張って堂々とこたえたはずです。そこに階段があるからだ、と。なお、ポタラ宮登山の際には、チベットの暑さも強敵でした。

今回の調査の9月半ばという時期、太陽は真昼のラサのすぐ傍にあり、ポタラ宮の急階段をよじ登る私たちを容赦なく照らします。

ポタラ宮の表階段に、遮るものは何もありません。私たちは照りつける太陽の恵みに十分感謝しつつ、へたばりながら酸欠に喘ぎます。

そんな私たちを横目で見て、同行のメンバーの半分が階段から宮殿の入口へと脱出しました。私が、自然淘汰という当局の秘められた深慮遠謀に、はたと手を打ったのはそのときです。

ともあれ、御仏の試練にもめげずポタラ宮を登り、ダライ・ラマの居室などを見て回ったのは、メンバーのうち4名だけでした。4名はポタラ宮の最上階にある出口の前で、荒い呼吸をなだめつつ記念撮影をしました。

制限時間ギリギリだったので、私たちはあせって出口でチェックを受けます。

制限時間を超えるとペナルティがあるそうで、急階段を喘ぎつつかけ昇ったのはこのためかと、私は係員を睨みました。

一方、ポタラ宮入場制限の原因となったチベット鉄道のラサ駅は、バスでラサ市内から30分の距離にあります。

写真で見るように、ラサ駅はポタラ宮をイメージして作られています。

話によると鉄道でラサ入りした場合、酸欠に慣れ易く航空機を利用するよりはるかに楽だとか。

来年こそは、と私は夢見ます。なんとしてもチベット鉄道のまぼろしのようなチケットを入手し、悠然とチベット入りしてやるぞ。

そうなったとしたら、私だって酸欠のトラウマに怯えることなく、鼻歌まじりで皆さんにアナウンスすることができるでしょう。

その際のキャッチコピーは、きっとこういうセリフです。
「チベット、良いとこ、一度はおいで」。

チベットにおけるアレルギー調査の楽しみ方

私たちのチベットにおけるアレルギー調査には、2つの目的があります。

1つには文明病とも形容されるアレルギーの頻度は、日本・中国江蘇省・チベットの順で高いことが判っています。ですから私たちの調査によって、なぜチベットで低いのか研究することにより、逆にアレルギー増加の原因を推測しようとすること、です。

もう1つですが、私たちがその存在を明らかにした中国におけるスギ花粉症の痕跡が、チベットで見られます。アレルギーは抗原抗体反応ですから、反応が発生している以上原因物質がどこかに存在するはずで、チベットでもスギかそれに類するアレルギー源があることになります。

それがいったい何なのか、明らかにするのが2つ目の調査の目的でした。

この話はそもそも、日本にしか存在しないはずのスギ花粉症が、中国にも観察されるらしいというところから、始まりました。なぜって私たちが中国の被験者にアレルギーの検査をすると、スギに陽性反応を示す症例が何例か出てくるのです。

以前、スギの存在しないはずの北海道白老町でアレルギー調査をやったとき、やはりスギに反応する被験者が何人かいました。このときは、白老町内にスギの人口樹林が観察されることから、説明がつきました。

と言うことは、つまり中国にもスギが植生していなければ、筋が通りません。

そして結局私たちは中国でスギを確認し、日本スギと中国産スギとはDNAがほとんど同じであることを証明しました。すなわち二百万年前、地上にスギが出現した頃、日本とアジア大陸とは陸続きであり、スギは地続きに日本・アジア大陸に連続して植生していたのです。一万年前に氷河期が終わると日本海ができ、日本と大陸とは分かたれます。そのときにスギも、日本と大陸とに別々に植生するようになっただけだったのです。

私たちはその後、中国にもスギ花粉症に悩む人がいること、中国産スギで花粉症発作を起こす日本人のいること、などを発見しました。

これらの経緯から推測する限り、チベットのスギ陽性症例の存在は、チベットにスギもしくはそれと抗原性の同じ植物が存在することを意味します。なおここで言う抗原性が同じ植物とは、具体的にはヒノキ科植物のことです。日本でもヒノキは、スギ花粉症とほぼ同じ発作を引き起こすことが知られ、スギ・ヒノキ花粉症と一括して扱われることもあります。

こうした考えで私の頭が一杯だったある日、チベットをキーワードにネットを探索していたところ、なんと「チベットの大杉」と題された画面が私のコンピューターにヒットしました。それはある旅行会社のHPでしたが、私はさっそく「地球の歩き方」を確認しました。するとそこにも、チベットに樹齢2600年のヒノキのあることが、記載されています。HPの「大杉」とはこのヒノキのことらしいと見当を付けた私は、ヒノキのある林芝という地域へ調査隊を派遣することにしました。

林芝地域はラサ市の東方400キロの地点にあり、途中標高5020メートルの高地を通り抜けて到達せねばなりません。2004年秋、高山病に悩まされながらも林芝に到着した私たちの調査隊は、みごと巨大なヒノキに出会います。

このヒノキの存在によって、チベットのスギ陽性反応例の存在は、理論的には裏付けられました。しかし林芝のヒノキは、ラサ市に影響を与えるには余りに遠すぎます。

やはりラサ市内に、スギかヒノキが存在するはずです。
次いで私たちは2005年の1年間、ラサ市人民医院の屋上で空中飛散花粉の調査を実施しました。毎日グラスを交換しながら観察したところ、ラサ市内では実際にヒノキ花粉の飛散していることが判りました。でもそれじゃ、ラサのいったいどこにヒノキが生えているのでしょう。

あの、ほとんど緑の観察されない市内の光景を思い浮かべ、私たちは悩みました。

2006年秋の現地調査が、その謎を解いてくれました。ラサ市内最後の候補地として訪問したノルブリンカに、写真のようにヒノキが多数植生していたのです。

ノルブリンカはダライ・ラマの夏の宮殿として知られ、1959年3月17日の夜半にダライ・ラマ14世が亡命した地点としても有名です。そこにはダライ・ラマのためにさまざまの動植物が集められたと、記されています。でもまさか、ヒノキが多数植生しているなんて、私には想像できませんでした。

たしかにアレルギーは抗原抗体反応ですから、反応は抗原の存在を意味するはずです。しかし現実にアレルギーと抗原の実在との関連を、私たちの一連の調査のように現実に検討した報告は、なかったのです。

その意味で、私たちがわざわざチベットまで出掛けてアレルギー調査を実現していることは、決して無駄ではないと確信することができました。

来年の調査の折には、一人でも多くの医学ジャーナリスト協会会員が、調査の醍醐味や発見の喜びを私たちとともに味わって頂けるよう、念じております。

(みよし・あきら、三好耳鼻咽喉科院長)




トップページへ 前ページへ