3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

スギ花粉症研究のお話 [ 1ページ | 2ページ ]
前のページへ

ことに長江(揚子江)中ほどの武漢市近辺では、スギ花粉飛散が大量に確認されています。この柳杉が日本杉と同じものであるか、あるいは同じ性質を持つものだったならば、スギ花粉症は中国でも発生するはずです。

図36:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます 図37:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

私たちは、中国は南京植物園に植生していた柳杉と日本杉とを採取し、光学顕微鏡写真にしました(図36・37・38)。電子顕微鏡写真も作成しました(図39)。ところがこれらの両国のスギは、外見上はまったく相違が見られず、少なくとも形態学的には同一であることが判りました。

図38:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

図39画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

図40:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

そこで私たちは、中国の柳杉の天然林で有名な天目山(図40)において、樹齢千年以上のスギのサンプルを採取しました。天目山は古い山脈の一角で、そこにはなんと樹齢一億七千万年と伝えられるいちょうの巨木も実在します(図41)。

図41:樹齢1億7千万年のいちょうの古木
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

図42樹齢千年以上の「大樹王」直径2.33m(天目山)
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

天目山のスギ天然林の生えているあたりの光景は、まるで日本の屋久島の屋久スギの生えている周辺の風景とそっくりなのです(図42)。わたしたちは日本でのそれと比較する目的から、屋久スギのサンプルを採取し標本を作成しました(図43)。

図43

図44

すると両国のスギのDNA 分析では、両者の遺伝子同一度は0・97であることが判りました。ごく簡単に表現すると、両者は97%同じものであることが判明したのです(図44・45)。

それにしても、海を挟んだまったく別の地である日本と中国に、どうして同一のスギが生えているのでしょうか。スギがこの地上に出現したのは、今から二百万年前の第三紀鮮新世のことでした(図46)。

図45

図46氷河期以前にはヨーロッパやシベリアにもスギは存在したが、氷河期に死滅した

そして実は、その時期から氷河期の終わる一万年前まで、日本と中国(アジア大陸)とは陸続きだったのです。その証拠に日本では、大陸に棲息していたナウマン象やマンモスの化石が発掘されています(図47)。

図47:〈氷河時代(第四紀)の日本列島とマンモス、ナウマンゾウの化石分布〉
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図48 図49:人類は南米の南端まで歩いて到達している
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

マンモスやナウマン象を、北朝鮮の不審船が日本までわざわざ拉致してきた(図48)のでなければ、これらの象たちは自分たちで歩いて、アジア大陸から日本までやって来たに違いありません。

日本海は当時湖であったに過ぎず、マンモスやナウマン象たちは、凍りつき水位の下がった日本海の、大陸棚の上を闊歩して大陸から日本まで、辿り着くことができたのです。

さらに話を進めるならば、この時期人類は世界を股にかけて歩き回っています。考古学的には、人類はアフリカに起源の一つがあるものとの仮説があり、そこからアジア大陸そして陸続きのベーリング海峡を歩いて南米の南端まで到達していると、聞いています(図49)。

そして現在でも中南米の現地住民の子どもには、お尻に青あざつまり蒙古斑が見られるそうで、それはつまりアジア系の人たちが歩いて中南米まで及んだ、その名残なのだそうです(図50)。

図50

話をそこまで進めずとも、アジア大陸と日本は一万年前までは陸続きだったこと、マンモスや人間がそこを歩いて移動していたことは、よく理解できます。

スギだってその当時、陸伝いにアジア大陸から日本間で、連続して植生していたと考えることは不自然ではありません。

一万年前に氷河期が終わり温暖化が進むと、氷河が溶けて海面の水位が上がります。それまで湖だった日本海は現在の日本海となり、スギも異なった国に別々に生えていたように錯覚されます。

日本特有と誤認されて来たスギ花粉症は実は中国にも存在すること、それはスギが地上に出現した二百万年前から氷河期終了の一万年前まで日本とアジア大陸とは地続きで、スギは陸続きに両国に跨がって生育していたことが原因であること、これは両国の樹齢千年以上のスギのDNA解析を行なうようことによって証明できること、についてここまで述べました。

そして私たちは、1998年に南京医科大学において、日本以外の国における世界で初めてのスギ花粉症症例を発見しました。

症例は当時32才の女性で、1989年南京市の中山陵(孫文のお墓)で遊んでいたところ、くしゃみ・鼻水・鼻づまりの発作を初めて経験しました。

この発作は当初春と秋だけだったのですがやがて1年中生じるようになり1998年に南京医科大学耳鼻科を受診しました。その結果スギ花粉(Cj)エキス製剤に陽性反応を起こすことが確認され、中国における初のスギ花粉症症例と確認されたのです。

この症例は日本杉(Cj)の花粉エキスに対して花粉症症状を示していましたが、それは中国産スギ(柳杉、Cf)にアレルギー反応を示す症例は、Cjに対しても発作を生じることを意味しています。

ヤナギスギ花粉とスギ花粉の共通抗原性

井手 武   奈良県立医科大学化学教室
〒634-8521 奈良県橿原市四条町840
芦田 恒雄  芦田耳鼻咽喉科医院
〒577-0801 東大阪市小阪3-4-51

中国に多数植林されているヤナギスギ(中国名:柳杉)は、少数ながら日本にも存在する。ヤナギスギの樹形、雄花、花粉の形や開花期はスギのそれらと相似している。スギ花粉症患者血清を用いて、ヤナギスギ花粉の免疫学的特徴を検討した。両花粉エキスは、ELISAの吸光度で強い相関を、SDS-PAGEでほぼ同じ挙動を示した。ELISA希釈試験で吸光度は血清濃度依存的であり、ELISA吸収試験ではどちらのエキスを固相、液相に用いても同じように吸収された。スギ花粉単独感作症例を対象としてヤナギスギ花粉鼻ディスクによる花粘膜誘発試験を施行すると70%が陽性であった。以上の結果から、ヤナギスギ花粉にはアレルゲン活性が存在し、これとIgE抗体との結合は特異的であり、両花粉エキスの間には強い共通抗原性が存在することが確かめられた。IgE immumoblots では、ヤナギスギ花粉エキスがIgE抗体ともっとも強く結合したバンドの分子量は、スギ花粉エキスの場合と同じ42kDaであり、これがヤナギスギ花粉の主要アレルゲンと考えられた。

日本花粉学会会誌(Jpn.J.Palynol.)45(2):131-139(1999)

図51

それでは逆に、Cjに対してアレルギー反応陽性である日本人スギ花粉症症例は、柳杉の花粉飛散に反応して花粉症症状を引き起こすでしょうか。

この柳杉はごく少数ではありますが、関西の植物園などに植生しています。奈良医科大学の井手氏らは関西に植生しているCfを使用して、日本人スギ花粉症症例が発作を起こすことを観察しています(図51)。

日本の土壌に生育しているCfは、その有する性質が中国本土のそれとはやや異なる可能性だってありますから、井手氏らの報告は必ずしもCf花粉の日本人スギ花粉症患者に対する活性を示しているわけではありません。

中国本土に現実に飛散しているCf花粉に反応を起こす日本人が実在するのかどうか、それが最大の焦点です。
そんな興味を抱きつつ、インターネットで「杉」をキーワードに検索していたところ、突然「中国杉のおかげで、久々の鼻炎の発作と耳管の閉塞が起こり」という、ホームページのタイトルが画面上に表れました。それがドクター・ヘリのアドレスを持つ西本方宜先生(苫小牧市)のHPでした。次にお示しするのがその内容です。

「中国杉のおかげで、久々の鼻炎の発作と耳管の閉塞が起り、帰りの中国国際航空のボーイング767と、羽田からのA300(だった?)は、ひどく苦痛だった。地上に降りたって3日位は軽い航空性滲出性中耳炎でよく聞こえなかった。特に767は、降下と共に急激に鼓膜の圧迫が始まり、恐らく日本の会社よりも機内圧力の調節はラフなのだろう。今日聴力を測ったら、左右とも普段より5〜10dB(デシベル)悪くなっている。鼻炎の薬はねむけが出るし集中力を落す。ほっておくと航空性滲出性中耳炎になる。

さてもさても、アレルギー性鼻炎のパイロットは、中国での訓練は時期を選ぶ事、少し前から小青竜湯でも飲んでいくくらい、御注意申し上げて、筆ならぬマウスを置くことにしよう。(99・4・30)」

http://www.doctorheli.net/Dr.Helicopter/sentence13.htmlより)

それによると西本先生は1999年4月、ヘリコプターの訓練のため、中国四川省成都市の中国民航航空学院にてフライトする機会があったそうです。成都市は中国の中でも比較的Cf花粉飛散の多い地域であり(図34の13地点)、同年春は温暖でしたから花粉飛散量も豊富だったものと想像されます。西本先生は、前述のような花粉症発作に悩まされたあげく、気圧変動にも対応できずに航空性中耳炎をも合併してしまいます。幸い、スギ花粉飛散の少ない苫小牧市へ帰宅したところ、まもなく症状は楽になったようでした。

私たちはさっそく西本先生にご連絡し、私たちのこれまでの研究の経緯と意味をご説明し、調査への協力をお願いしました。ご本人の快諾のもと私たちは、1998年に昆明(図52)で採取し冷凍保存してあったCf花粉(図53)を使用しての鼻粘膜誘発検査(花粉を直接鼻内に挿入し発作の有無を観察する検査)を計画しました。

図52:樹齢800年のスギ(昆明市内)
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図53:柳杉(中国杉、Cf)
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図54:昆明で採取したCf花粉を鼻内に挿入したところ数分以内に発作が出現
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

その準備として私たちは冷凍花粉を解凍し、三好耳鼻咽喉科クリニック職員のうちスギ花粉症に罹患している数名の有志の同意を得て、その鼻内に塗布しました。数分以内に被験者(被害者?)は全員、鼻内の掻痒感と鼻閉を訴え、水っぱながたくさん出て来ました(図54)が、この結果から解凍花粉の抗原性(活性)は保たれていることが判りました。

私たちは1988年以来、毎年北海道白老町(図55)の小中学生を相手に学校健診を実施しています。そもそも白老町は、幕末の1856年に幕府の蝦夷地警備の命令のもと仙台藩が陣屋を築いたのが町の始まりなのですが、白老町に陣屋を置くよう決定したのが私つまり三好彰の、五代前の先祖にあたる三好監物だったのです。(図56)

図55:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます 図56:仙台藩白老元陣屋資料館にて
著者・三好彰(右から4番目)の後ろに立っているのが三好監物の人形
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図57:ドクターヘリこと西本先生と
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

そんな白老町に耳鼻科医が一人もおらず、町の小中学生が耳鼻科健診を受けられないことを知って、私が健診に赴くようになったのです。

その白老町と苫小牧市は隣接しています。私たちは学校健診の合間を縫って、西本先生のクリニックにお邪魔しました(図57)。

西本先生は間違いなくご自身がスギ花粉症であることを証明する意味で、Cjに対する血液検査を済ませておられ、その結果は18・35IU/mlと明確に陽性反応を呈していました(図58)。

図58:西本先生の検査結果
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

図59:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

西本先生は広島のご出身で、以前からスギ花粉症の発作を繰り返していました。この十年ほど前から苫小牧市で開業しておられ、血液検査でこそスギに陽性でしたが、この十年間発作は経験しておられないとのことでした。

図33:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

西本先生が中国成都市でCfによる花粉症発作を発症したことは間違いありませんでしたので、私たちはさっそく鼻粘膜誘発検査として昆明のCf花粉を鼻内に塗布しました(図59)。

すると直後より水っぱなが出現し、鼻閉と鼻内の強烈な掻痒感が発生しました。鼻内から鼻汁を標本として採取し顕微鏡で観察すると、好酸球というアレルギーの証拠細胞が見つかりました。

まぎれもなく日本杉(Cj)の花粉症の人は柳杉(Cf)にも反応して発作を引き起こすことを証明し得たわけで、これはつまりCjとCfとが同一属同一種であったことの再確認であると、断言できます。

ところで、スギ花粉飛散の見られないはずの地域でスギに陽性反応が見られる現象は、これまでに白老町・黎里鎮・宜興市で観察されました。そしてこれらの地には、実はスギの植生が確認されたわけです(図60)。

図60:白老町の調査光景
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
日光国立公園内に位置する栗山村
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
上海市のとなり村である黎里鎮
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

太湖の西岸に位置する宜興市
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
標高3640mの地点における調査
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

ということは抗原抗体反応であるアレルギー性鼻炎の場合、反応を生じる背景には何らかの原因物質の存在が推測されると考えて良さそうです。

そんな目でこのグラフ(図33)を見てみると、チベットにおける調査でスギ花粉に陽性反応を示す被験者の存在に気がつきます。

それにしても標高3640メートルの現地には、スギ花粉やそれに類する(抗原性の共通する)花粉が観察されるのでしょうか(図61・62)?

図61:ヒマラヤの雪どけ水の流れる大河 ヤルツァンポ
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

図62:世界の屋根チベット
その飽くまで青く透き通る空の下で
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
2004年の調査団メンバー
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
ダライラマ13世の作ったポタラ宮への自動車道路入口
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
車道でのぼったポタラ宮からながめたラサ市内
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
山肌に緑は観察されず、にわかには花粉の存在を信じがたい
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
ポタラ宮の中から見たラサ市内 植樹された木々がかろうじて緑を見せる
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

私たちが2001年10月の調査でラサに余りにも縁の少ないことから、花粉の飛散やそれによる飛粉症の存在に疑問をもったことは事実です。でもその印象は早とちりだった可能性も皆無ではありません。

不思議に思いながらネットで「チベット」をキーワードにサーチしていたところ、和平旅行という旅行社のホームページに「チベットの大杉」と名付けられた写真の掲載されていることに、ある日気付きました。

それが図63にお示しする、巨木の写真です。なおこの写真は、和平旅行社のご好意でここに掲載してあります。
改めて旅行関係の書物で確認するとこの地は林芝(図64・65)と呼ばれる地域で、スギではなく樹齢2600年のヒノキの植生の見られることが判りました。

図63:和平旅行社の写真
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図64:樹齢2600年のヒノキ科巨木はラサ市(1)の東方400キロに当たるハ−鎮内の林芝地区(2)に存在する
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

林芝はラサ市の約400キロ東方に当たる、比較的温暖な地域にあります。
調査スタッフはここで和平旅行社の写真と全く同一の巨木に出会いました。巨木から採取した標本は東邦大学生物学教授・佐橋紀男氏によりまちがいなくヒノキ科の樹木であることが確認されました(図66・67・68)。

図65:林芝地域の光景 ラサ市内と較べて緑が豊富
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図66:巨木と調査スタッフ
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図67:平和旅行社の写真と同じ 角度から見た巨木
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

チベットすなわち世界の屋根に、スギ花粉など花粉症の原因花粉は存在しないと私たちは先入観を抱いていましたが、スギにスクラッチテスト陽性反応を示す被験者の確認によってそれは覆されました。そして、同じチベット内にその花粉がスギと共通抗原性を有するヒノキ科の巨木を観察し得たことで、チベット国内に花粉症の原因となる植物の植生地が存在する確率と、それがラサ市の被験者に与える影響について無視し得ないと考えるようになりました。

とはいえ400キロの距離をヒノキ花粉が飛んで、ラサ市近郊の被験者に影響を与えているとは考えにくいのも事実です。

ついで私たちは、2005年1月1日から12月31日まで1年間、ラサ市人民医院屋上で空中飛散花粉調査を施行しました。すると図のごとく、ヒノキ花粉を観察することができました(図69)。

図68:樹齢2600年の巨木との掲示(林芝にて)
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

チベットにおけるスギ陽性反応症例の存在

2005年1月1日から12月31日までラサ市人民医院屋上で空中飛散花粉調査を施行したところ、スギ花粉とヒノキ花粉の飛散が観察された。ただしスギ花粉の飛散量はきわめてわずかで、ヒノキ花粉も3月8日に47.5/cm2を観察したのが最大で、3月1日から5月31日までの総飛散数は309.9/日であった。

図69

地図はラサ市のそれで、測定地の人民医院とダライ・ラマの冬の宮殿ポタラ宮そして夏の宮殿ノルブリンカが示されています(図70)。

図71はそれに対応するラサ市の空中写真ですが、ほとんど緑の見られないラサ市にあって一カ所のみ、ノルブリンカには密集した緑が観察されます。

図70:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます 図71:画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図72:冬の宮殿ポタラ宮
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます
図73:夏の宮殿ノルブリンカ
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

図72はポタラ宮で図73、74はノルブリンカですが、ノルブリンカには多量のヒノキの植生していることが見て取れます。

つまりラサ市内ではノルブリンカにその源のあるヒノキ花粉が飛散していて、私たちの調査地のスギ陽性者はそのヒノキに感作されてスギにも陽性反応を呈していたことになります(図33)。

図74:ノルブリンカのヒノキ
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

以上の調査結果からラサ市近郊の被験者についても、スギと共通抗原性を有するヒノキ花粉飛散の影響を受けていたことが理解できます。 こうしたことから、以下のまとめの如く、私たちの理論の正しかったことが今回の調査において、改めて実証されたことになります。

チベット調査から得られた知見に関するまとめ

  1. アレルギーは抗原抗体反応であり、反応の発生は抗原の存在を示唆する。私たちの中国におけるスギ花粉症の発見は、その根拠となり得る。
  2. 標高3640メートルの高地で緑のほとんど観察されないラサ市近郊で、スギエキスに陽性反応を呈する被験者が存在する。
  3. ラサから400キロ離れた林芝の樹齢2600年のヒノキは、ラサ市への影響を考えにくい。
  4. ラサ市には、スギ・ヒノキ花粉飛散が観察される。
  5. ノルブリンカのヒノキは、花粉飛散源である可能性がきわめて高い。
  6. 今回の結果は、
    [1]アレルギーは抗原抗体反応である。
    [2]反応の発生は抗原の存在を示唆する。

との鉄則を改めて印象づける内容であった。
ともあれ花粉症は抗原抗体反応であり、原因があって初めて結果が惹起されるのだというシンプルな考え方は、ここに述べて来たようにスギ花粉症を追っていく中でより強固になっています。

今後、スギ花粉症をさらに追及する中で何が見出されるのか、興味は尽きません。
最後に、2006年7月1日開通したチベット鉄道ラサ駅の写真をお見せして、ご静聴に感謝致します(図75)。

樹齢2600年のヒノキについては、こちらのムービーをご覧下さい。

図75:Thanks.
画像をクリックすると拡大図がご覧いただけます

スギ花粉症研究のお話 [ 1ページ | 2ページ ]
関連リンク: 開院15周年記念パーティー「スギ花粉症研究のお話」(ムービー)
  スギ花粉症 〜レーザーとソムノプラスティによる新しいアプローチ〜
  院長著作コミック「美人アナ・花子さんの場合」
  院長著作コミック「愛しのダニ・ボーイ」
  No.174 院長の学会発表ファイルより(1)
  No.174 院長の学会発表ファイルより(2)
  No.174 院長の学会発表ファイルより(3)
  No.174 院長の学会発表ファイルより(4)
前のページへ

トップページへ 前ページへ