3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 
チベットへのお誘い
 
2007年8月28日のキリンB会(院長が仙台市内の河童亭で主催している呑み会)で、院長が「チベットへのお誘い」と題して2001年の初回。チベット調査の体験を講演しました。2007年度チベット調査に先立って、その内容をご紹介します。


   

(スライド1)
写真は、院長室に貼ってあるチベットの地図です。チベット文化圏は自治区だけではなく、実質的には青海省や雲南省にまで広がっています。
私たちが毎年行っている省都のラサ市は、自治区の中心となっています。
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(スライド2)
飛行機の窓から撮影したラサの街です。下方にヤルツァンポ川の支流のキチュ川が流れ、中央にポタラ宮が見えます。
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(スライド3)
2001年に初めてチベットへ行きましたが、その年は西安経由でラサ入りしました。その時のフライトは、西安から西寧空港で給油してラサへ飛びました。西寧は青海省の一部で、ダライラマ14世の生まれたところです。
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(スライド4)
雲の上を飛んでいた飛行機が徐々に下降を始めると、雲の合い間に山々が見えて来て、やがて大河の流れているのが見えました。
ゴンカル空港への到着です。
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(スライド5)
ゴンカル空港はラサ市の空の入り口で、標高3650mです。空の澄み切った青さに注目して下さい。
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(スライド6)
2001年の調査団の顔ぶれです。
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(スライド7)
ゴンカル空港からラサ市まで当時は140kmくらいですが、ひたすら大河ヤルツァンポに沿ってバスは走ります。このヤルツァンポ川はヒマラヤの聖地カイラス山の雪どけ水に始まり、インドへぬけてプラマプトラ川となり、海に注ぎます。
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(スライド8)
2001年当時の政治状況を反映して、ラサ市の街角には、毛沢東、小平、江沢民の3人が並んだプロパガンダの看板が立っています。
この看板は2004年に再訪した際にはもうありませんでした。
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(スライド9)
常宿となったラサホテル。
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(スライド10)
チベットの小学生にアレルギーの検査を行なう殷先生(南京医科大学より秋田大学に留学中)。
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(スライド11)
チベットの小学校1年生。昔の日本の子どもにどこか似ているような・・・。
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(スライド12)
アレルギー性鼻炎の調査のため、子どもの鼻の中を見ています。アレルギーはすごく頻度が少なく、なぜ少ないのかを調べると逆に、アレルギーが日本で増加した理由も判るかも知れません。それはアレルギーの治療にも直結します。
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(スライド13)
アトピー性皮膚炎について視診する皮膚科医。
アトピー性皮膚炎も皆無で、これも解明すべき謎の1つです。
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(スライド14)
栄養状況とアレルギーとは、関係があるはずです。
調査では子どもたちの栄養の状態も調べます。
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(スライド15)
チベットの子どもは、ホントに可愛いです。
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(スライド16)
調査した学校の外観。
すさまじいまでに空が青く、高い。
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(スライド17)
ヤクの糞を民家の土塀に貼り付けて乾燥させ、燃料にします。カラッと乾いているためか、臭いはありませんでした。
糞までヤクに立つ動物なので、ヤクという名前が付いた?
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(スライド18)
恐怖のバター茶。
お茶の葉をヤクのミルクで煮出し、バターと塩を入れてあります。その妙なる味は皆さんにも味わって頂きたいくらいです。
現地の主食はツァンパという焦がした大麦の粉ですので、脂肪と蛋白質をバター茶で補うのです。
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(スライド19)
バター茶は貴重な栄養源ですから、客人には気前よく振る舞います。岩手のわんこそばみたいなもので、貴重だからこそ、大切なお客にはとことん勧めます。お茶を勧めるタイミングといったらまさにわんこそばそのもの。ウッと吐きそうになりながらやっと一杯飲み終わると、いつの間にか2杯目が注がれています。えいやっと2杯目を飲み込むとすぐ3杯目がそこに。ここは岩手県かと一瞬錯覚し、岩手を「日本のチベット」と呼ぶのはそばとバター茶の作法ゆえであったのだと至高の悟りさえ会得してしまうほどでした。
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(スライド20)
住宅の合い間を流れる清流は澄み切っており、そのまま飲むこともできます。中国は全般的に生水は飲めないのですが、ここだけは別天地です。
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(スライド21)
住居は4〜5軒が寄り集まってできており、中央に庭があります。子どもの傍にやかんが置いてあり、凹面鏡の集光器を利用した太陽熱湯沸し装置に乗っかっています。
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(スライド22)
調査団のメンバーとチベット族の人たち。
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(スライド23)
ポタラ宮をバックにラサ川(キチュ川)の河原にて記念撮影。院長の向かって右はラサ人民医院の院長兼書記。
中国の他の地域では現地の人間が書記で中央から行った人間が副書記となりますが、チベットでは逆となります。
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(スライド24)
一方中国では西部大開発のために、沿岸の豊裕な地域から中西部に経済的な援助が義務付けられています。チベットを担当するのは北京と南京を含む江蘇省です。ですから南京癌センター出身のラサ人民医院長がラサ市人民医院の書記に任命されているのです。
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(スライド25)
テーブル中央はヤクの肉のソテーに冬虫夏草をあしらった料理。「冬虫夏草を毎日食べているけれども、そんなに効かない」とは、院長の独白でした。
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(スライド26)
アルコール飲料はチャンという、大麦のお酒。セブンイヤーズ・イン・チベットのハインリッヒ・ハラーの書くところによると、これは大麦のビールだそうです。確かにすっぱくてガスの無いあたりはエジプトの古代ビールを連想させます。 それを3回に分けてグラスに注ぎ、その都度歌の合いの手が入り、3回目に飲み干すあたり、三々九度と関連がありそうな気もしました。
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(スライド27)
それに対して調査団のメンバーは、悪名高い「イッキ、イッキ」を日本文化として紹介して来ました。
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(スライド28)
院長が首にかけているのはカターと言って、ハワイのレイみたいなものです。
歓迎や惜別の意を込めて相手の首にかけてやるもので、映画となった「セブンイヤーズ・イン・チベット」でブラッド・ピットが首にかけてもらったシーンを憶えておられる方も少なくないことでしょう。
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(スライド29)
ポタラ宮の前で記念撮影。ポタラ宮はダライ・ラマの冬の宮殿で、白宮と紅宮から成っています。
高さは116mで、標高3650mの地点にありますから、その屋上の標高は3766mとなります。3776mの富士山の頂上とほぼ同じ高さとなります。
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(スライド30)
ポタラ宮はしかし、正式にはラサ市内ではありませんでした。ダライ・ラマ14世のいた頃のラサ市は大昭寺の周辺のことだけで、ポタラ宮はラサ市の外だったのです。そして正にラサ市の中心は大昭寺であり、チベット仏教の中心地でもありました。
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(スライド31)
大昭寺の前には五体投地をくり返しながら各地から集った信者たちが、参拝に夢中です。チベット仏教は来世を信じていますので、現世での苦業は問題ではありません。
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(スライド32)
五体投地
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(スライド33)
大昭寺内部はバターの灯明が一杯に燈されています。なお、この灯明台はお寺の内部が煤けるという理由から、現在はお寺の外に設けられています。
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(スライド34)
信者たちのおそなえのバターがここに集められています。
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(スライド35)
大昭寺の回廊には、マニ車がずらりと並んでいます。このマニ車の内部にはお経が入っていて、マニ車を1回回すごとにお経を1回読んだことになるそうです。チベットの信者は毎日マニ車を1万回回転させるのが日課だそうで、ハンディなマニ車をいつも抱えています。
マニ車を回す方向も歩いて(走っての方が実際に近い)回る方向も決まっていて右回り(時計方向)です。マニ車に触れてみると手にべったり付着するものがあり良く見るとバターです。
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(スライド36)
大昭寺の屋上から見るポタラ宮です。
酸素が薄いので大昭寺の屋上によじ登るのも、苦行みたいな気分でしたけれど。
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(スライド37)
大昭寺の屋上から眺めた信者たちの五体投地。
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(スライド38)
大昭寺の裏には八廓街(パーコー)と呼ばれる繁華街があって、人々はそこも右回りに散策します。中には五体投地しながら八廊街を回る信者たちの姿も見られます。
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(スライド39)
八廓街の片隅で、鳥葬人が死者の供物の衣類を販売しています。街行く人々が、足を留めてそれをながめています。
チベットでは死者は、火葬・水葬・土葬・塔葬・鳥葬によって清められます。これらのうち塔葬は高僧などが仏として建て物の中に葬られるものです。一方水葬はヤルツァンポ河に流すもので、このため現地の人はヤルツァンポ河の魚を一切口にしません。
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(スライド40)
鳥葬人
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(スライド41)
ヤルツァンポ河に別れを告げ、チベットを後にします。
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2001、2004、2005、2006そして2007年と調査は続きます。その間チベットは鉄道が完成したり、大きな変化の中にあります。

本年度の調査では、一体どんな発見があったでしょう。どうぞ報告を心待ちにしていらして下さい。

   
 

 

 

 


   

コチラが会場となった河童亭の入り口です。
中に入れば至福のお酒と料理が出迎えてくれます。
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キリン会で『チベットのお誘い』を講演する院長。皆さんお酒以上に夢中のようです。
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見てください。
これが実物のマニ車です。
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