3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 
中国・チベット浪漫譚


 
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大都市・西安の朝は、雲 ―車のスモッグなのか― に遮られた太陽によって告げられます。1年を通して晴れる日が極端に少ないという現象は、車社会になる以前からこの地の特色だったと、ガイドさんが言っていました。

西方浄土を目指す青柳秘書と工藤技師
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一行の朝はそれよりも早く、まだ日が昇る前にレストランへ行き、チベットへのエネルギーをお腹一杯につめこみました。

西安空港からチベットまでは約3時間のフライトです。
空から眺めると、山々の頂には真っ白な雪が覆いかぶさっています。段々と地面が迫ってくる様な錯覚をおこしそうです。

山の合間にある渓流が、寄り集まり大河へ成長する頃、ラサの空の玄関口ゴンカル空港へ到着しました。

この時点ですでに高地チベットの洗礼がおこっているとは、想像すらしていませんでした。

平地なら、機内気圧を上げながら着陸するところですが、逆に気圧を下げていくのです。空港に降り立つ頃に機内気圧は、700hPa台まで下がってしまいました平地は1013hPa)。

口々に空気が薄いと言う調査メンバー。しかし私は空気の淡麗さと空の青さに心惹かれ、ここが3000mを超える高地という事を忘れていました。

空港からバスでゴトゴト揺られ、ヤルツァンポ川に沿った景色を楽しめるのですが、青く澄み渡った空とエメラルド色の川面がなすコントラストには、惹きこまれそうな印象を受けました。

   

大河ヤルツァンポ。エメラルド色をした魅惑的な川でした
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世界の屋根ヒマラヤ山脈。まさに圧巻でした。
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久遠の世界を布団にする秘書・青柳。
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バター茶の作り方

1時間ほどでバスはラサ市に入りますが、そこかしこに大型の建築物が建てられ、時代の流れというものをとても強く感じてしまいました。

現地ガイドの劉さんに言われた、この地での三大禁忌は『飲まない・走らない・風呂に入らない』。この日の夕食で早速1つ目が破られる事になるとは……。

夕食は市内のチベット料理店で歓迎会がひらかれ、知る人ぞ知る『バター茶』が振舞われました。
詳細は同行した工藤技師の『チベット調査レポート・お食事編』で語るとしまして、初体験のバター茶は想像していた物より抵抗は無く―すごい味だと散々聞かされていたので―香りはまるでチーズフォンデュの様でした。

それでも杯を重ねるには、忍耐を総動員する必要があるかもしれません。
お酒は日本のどぶろくに似ており、甘酸っぱく飲みやすい物でしたが、標高3600mでの礼式一気飲みは、平地の比では無いくらい酷なイベントでした。

 

子供達に襲われた瞬間?
基本的に子供は万国共通ですネ。
(ラサ市近郊の小学校にて
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それでも飲む調査メンバーたち。
(ラサ市のチベット料理店にて)
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あくる日の9月20日。旅の目的であるチベットアレルギー疫学調査を、実施しました。

小中学校合わせて、400人弱の子供たちが不安な面持ちで、健診を受けている友達を心配?そうに眺めていました。何をされるのか観察していると言った方が正しいかもしれなません。それに対して、診察後の子供たちのはしゃぎっぷりは段違いでした。

カメラを構えると、しきりに撮ってくれとせがんできます。
そればかりではなく、ついにはもみくちゃにされてしまいた。
驚いたのは子供たちが、中国語と英語を使い分け、調査メンバーに話しかけてくることです。中国語が話せないとわかると途端に英語に切り替え、こちらがオロオロする様をクスクスと笑っていたのが印象的でした。

調査メンバーに不調者(高山病?・二日酔い?)が出てくる中、健診は終わりました。
明日は標高5190mへ旅立ちます。この日はおとなしく、ホテルで体力の温存をはかることにしました。

   

高山病や酸欠の恐怖から、ラサで3日間カベを見て過ごした参加者もいたと聞きます。
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調査団のツートップ。左は殷先生右が稲川先生。
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村落と比べると山の大きさがわかります。
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9月21日 晴れ。
朝の冷たい空気を胸一杯に吸い込み、寝ぼけた頭を覚ます。ラサ市は、照りつける太陽で昼間は暑いのですが、早朝や夜は冷え込みが激しくなります。

ラサから西へ300km程の所にある納木錯(ナムツォ)湖は、琵琶湖の3倍の広さで標高世界一の塩水湖として有名です(標高4718m)。周囲を雪化粧した山脈に囲まれ、日によって表情を変えるその湖面は、宝石の様な色合いを醸し出していました。

ナムツォとは、『空に一番近い湖』という意味を持っているそうです。ガイドの劉さんが教えてくれました。
ナムツォを望む標高5190m地点。那根丁(ナクンティン)と呼ばれる場所に、一行は辿りつきました。そこは荒々しい山肌に挟まれた峠で、空はうす曇り雪がチラついていました。皆揃って寒さを堪えています。普段着で登山をしている様なもので、その冷気は体の芯から凍りつくような感じでした。

   

ヤクと秘書。よく見ると足の長さがあまりかわりません。
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ナムツォは高級プライベートビーチの様です。本当に美しい・・・。
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我ら温泉ボーイズ。標高4300mでの競技得点はいかほど?(羊八井にて)
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来る途中に羊八井(ヤンパァチン)という地熱による温泉プールで入浴したのですが、それを一瞬で忘れさせる程の威力をもった場所だと思いました。

ちなみに峠の気圧は542hPa。平地の半分しか空気がない場所で、メンバー達は酸素を求めあえいでました。ナムツォの美しさは言葉ではあらわす事が出来ません。カメラに納めた映像から、その雰囲気を味わっていただきたいと思います。

この日の宿は旅の中でもっとも、厳しい環境だったかもしれません。不調者が続出し、夕食にありつけたのはわずか7人しか居ませんでした。

ある人は、記憶が飛んでしまい2階の自室に上がったのさえ覚えておらず、またある人は背丈ほどもある、酸素ボンベと一晩夜をともにするなど、普段では体験する事のできない苦行の夜を過ごしたのでした。

   

ポタラ宮への登頂は登山経験者でもかなりキツイ階段でした。
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花とポタラ宮。
乾期なので快晴が続いています。
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気合いの値切りをみせる江口先生。
店主が困惑しています。
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ナムツォから生還した日の午後、ラサ市の中心にある、繁華街『八廓街』にてショッピングを楽しむメンバー。

『(標高3640mの)ラサが楽に感じるなんて』。ラサで空気を胸一杯に吸い込んだ愛知医大・稲川先生の言でした。昨日とは打って変わって、お土産品を値切りまくるメンバーの姿には、頼もしささえ感じてしまいました。 昭和大学藤が丘病院の三辺先生は、稲川先生が25元で買ったTシャツを、絶対20元で買うと意気込んでいました。 そしてあろうことか三辺先生は5着のTシャツを20元(320円)で購入してしまったのです。

面白いのはどのお店でもTシャツの模様について、これは(プリントではなく)刺繍で作られていると自慢げに言うところです。良質であることは理解しても、それはもう聞き飽きたよ!!と、ついツッコミをいれたくなってしまいます。

2時間近くの値引き交渉劇も、こちらの全勝利で幕引きとなりましたが、そろそろ体力の限界を感じ始めた秘書・青柳26歳。

あくる23日。ようやく高地に体が順化してきたメンバー達です。
例年より多くのメンバーがポタラ宮に登頂しました。天気は快晴。絶好の登頂日和となりました。ここは、近年の観光客の増加に伴い、1時間で中を全て見学しなければならず、時間が過ぎるとポタラ宮から出して貰えなくなるのだそうです。只でさえ空気が薄いのに、時間の壁が迫ってくる恐怖と闘いながら、劉さんのガイドを受けるのはかなりキツいです。高地トレーニングここに極まれり!

それでも、なんとか行程をこなし帰路に就くメンバー達。途中、広場でチベット民族の、貸衣裳に身を包み記念撮影をしました。気分は皆現地人! 良い思い出になったようです。

貸衣裳に身を包んだメンバー。王様を囲んでいるのは、大臣と女官達です。(ポタラ宮前の広場にて)
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明日は、いよいよ天上界から下界へと降りていきます。
かつて三国時代に、蜀の首都として栄えた都市『成都』へ。

次号の青柳報告・最終話。兵どもが集った成都編。どうぞお楽しみに♪

2007年チベット調査 旅レポ(1)   2007年チベット調査 旅レポ(3)


関連リンク: 用語集 チベット

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