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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 

院長が学会発表をしました。


緒言
1978年に発症した脳幹部腫瘍の1症例を、30年間追跡した。その神経耳科学的所見と味覚検査結果、そして本症例の呈した同側性中枢性顔面麻痺の病態について、報告する。

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症例
症例は1944年8月生まれの男性で、既往歴に特記事項なし。1978年8月初旬、めまい感と左側耳鳴にて新潟市民病院耳鼻科・脳外科を受診。左側軽度後迷路性難聴と左方へ向う自発眼振を、指摘される。

同月下旬、転勤にて東北大学長町分院耳鼻科・脳外科へ。1979年1月には複視が出現し、上行性垂直性眼振が認められた。2月のCTでは第IV脳室の左側に腫瘍があり、第IV脳室は右方偏位を示した。続いて左側顔面知覚低下そして、味覚障害と舌の痺れが出現した。12月中旬のABRでは右側正常で、左側はI波のみ観察された。なお、経過中のCTにおいて腫瘍は増大・縮小を示し、一時的に消失することもあった。このため、病変として第IV脳室のAVMもしくは血管腫が疑われた。同月下旬には、左側の同側性中枢性顔面麻痺が出現し、1980年3月には左側ウィンクが不可能となった。左側感音難聴は高度となり、右側感音難聴も徐々に増悪。眼振は右方向きへ変化し、温度眼振検査は両側無反応となった。

術中所見
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味覚検査は、鼓索神経領域・大錐体神経領域・舌咽神経領域ともに左側高度障害を呈しており、顔面神経核よりも中枢側の病変による味覚障害であることは、明確であった。1980年3月中旬に入り、症状の急激な増悪が見られ、CT上も腫瘍による脳幹の圧迫が懸念されたため、3月18日緊急開頭術を施行、第IV脳室底のAVMと思われる腫瘍を摘出した(術中所見)。

術式であるが、後頭蓋窩より小脳後面を露出、小脳虫部を電気メスにて凝固し脳ベラにて左右に分けると、第IV脳室に到達した。術中所見に示すように、腫瘍は第IV脳室底の顔面神経隆起外下方に存在した。腫瘍は一部嚢胞状となっており、摘むと黄色の透明な液体が流出したが、摘出に際し出血は見られなかった。

本症例は脳外科を退院後社会復帰を果たし、脳外科のフォローのもとに全国各地へ転勤したが、退職後仙台市の三好耳鼻咽喉科クリニック近辺に在住することとなった。2007年10月には、三好耳鼻咽喉科クリニックを受診している。 その折の検査結果では、左側高度感音難聴と右方へ向かう眼振が認められ、温度眼振検査は左側無反応であった。味覚検査は、EGM・ディスク法とも左側全領域で無反応を示した。ETT・OKNは解発良好だったが、歩行に際し杖の使用は不可欠であった。また中枢性同側性顔面麻痺は認められず、本人によれば退院後早期に回復したとのことであった。外転神経麻痺に起因していた複視も、眼科的手術にて矯正されていた。 なお脳外科でも経過観察中であるが、血管造影にて異常を認めず、現在は脳幹海綿状血管腫として扱っていると連絡を受けた。

考察
前回の本研究会でわれわれは中枢性顔面麻痺の原因を、<1>大脳皮質障害、<2>放線冠<3>内包障害、<4>橋病変に分類される、と述べた(1)。また中枢性顔面麻痺は、顔の上半分よりも下半分のそれが顕著であり、それは前者に関する顔面神経核の上半分では皮質延髄路神経線維が両側性に支配するが、後者の核下半分では交差性神経線維が一側性に支配しているからである、と説明した。

比較的頻度の高い上記<1>〜<3>に起因する顔面麻痺では、病変は神経線維の交差部位より中枢側にあることが多い。それゆえに中枢性顔面麻痺の多くは、麻痺側の反対側に病変が存在することになる。しかしながらごく稀とはいえ、本症例のように同側性中枢性顔面麻痺の症例も、実在する。
そしてそれは顔面表情筋の皮質延髄路神経線維が、<4>橋の顔面神経核に到達する直前で交差直後の部位、もしくは<5>図に示す延髄へ下降して反回する上行部位(2)のいずれかで障害された場合に、発生し得る。

図 延髄障害による同側性顔面神経麻痺の発症順序
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さて本症例は、1978年のめまいと後迷路性難聴を主訴として、発症した。神経学的所見として、めまい・難聴・耳鳴(CN[)、悪心・嘔吐(CN])、味覚障害(CNY)、顔面知覚低下(CNV)、複視(CNY)、顔面麻痺(CNZ)、嚥下困難(CN\・])を、この順に発症しており、上行性垂直性眼振や画像診断と併せて、第IV脳室底の病変との臨床診断がなされた。しかしながら解剖学的理由から、外科的治療決断までに時間を要した。

中枢性顔面麻痺は、手術直前になって明確になって来たが、それ以前より存在した味覚障害の検査結果は、顔面神経核よりも中枢の孤束核に病変の及んでいることを示唆していた。また、顔面麻痺も当初は明らかな中枢性であったが、術直前にはウィンク不可能になるなど、末梢性の要素も出現した。
こうした経過は、手術所見を確認すると納得でき、腫瘍は第IV脳室底の顔面神経隆起の外下方に存在した。腫瘍はこの部位で、波はあるものの最終的に増大したために、上記の脳神経症状と孤束核への影響による味覚障害、ならびに延髄へ下降して反回する上行神経線維障害による同側性中枢性顔面麻痺、そして顔面神経核もしくは顔面神経圧迫による、末梢性麻痺を示したものと判断できる。

なお今日の常識から考えると、本症例に対する術式の選択には疑問が生じるかも知れない。しかし小脳への損傷の少ない、Seegerによる小脳扁桃を挙上して第IV脳室に至る技法は、手術のなされた1980年以降出版されており(3)、同年3月18日のこの時点では止むを得ない手法であった。

また腫瘍の組織型についても結果的に疑問は残るが、AVMや海綿状血管腫など血管奇形には混合型と呼ばれるものも存在し、厳密には区別しがたいと言われる一方、臨床的に区別する必要はないとの意見もあることを付け加える(4)。

まとめ
1.第IV脳室底の脳幹部腫瘍による、同側性中枢性顔面麻痺と味覚障害そして神経耳科学的所見の、30年間の経過について報告した。
2.本症例については今後も、脳外科と当院で経過観察を継続する予定である。

文献
(1)殷 敏, 他;中枢性顔面麻痺の1症例 Facial N Res Jpn 27;235-237,2007
(2)山名知子, 他;同側の中枢性顔面麻痺と交差性片麻痺を呈した延髄内側梗塞の1例 臨床神経38;750-753,1998
(3)Seeger W;Lateral operations in the technical principles.Vol.2, Chapter 6,
Springer Verlag Wien, 1980, pp.592-679
(4)宮沢隆仁, 他;脳幹海綿状血管腫の外科治療 脳神経外科31;851-866,2003
*東北大学長町分院(当時)脳外科の皆様に、深謝致します。

院長の医学コミックです。
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