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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

信州・松本の旅


写真1
 日本100名城の一つである松本城の天守閣です。
黒く塗られた外観から、地元では烏城(からすじょう)とも呼ばれています。 
写真2
 松本城のお濠と城門です。
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写真3
 松本平と表現されますが、美ヶ原温泉から眺めた松本市内です。遠方に、6月でも雪に輝くアルプスが見えます。
写真4
 なつかしい信州大学の校舎外観です。
院長は1975年夏、ここで勉強していました。
写真5
 講習会の昼食として用意された、名物・峠の釜めし弁当です。
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写真6
 内耳の模型です。体の状態によって変わる、向きの変位とそれによって誘発されるめまいを表しています。
写真7
 めまいの種類と、原因となる症状を説明しています。
写真8
 真中のイラストは、院長監修の医学コミックで使用したイラストです。めまい講習会用の資料として採用されていました。
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写真9
 めまいを測定する機械を使って、症状を記録しています。
写真10
 人体実験として、脳波測定装置をつけられました。結果は・・・、院長の頭の中がカラッポだとバレてしまいました。
写真11
 測定した記録が、後ろの機械に印刷されて出てきます。
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写真12
 院長がお世話になっている名古屋市立大学の中山明峰先生です。今回、院長は中山先生の生徒として、講義を受けてきました。
写真13
 めまい検査の光景です。
故・鈴木篤郎先生
 めまい講習会の初日(6月11日)、まるで院長の松本入りを待っていて下さったかのように、院長の恩師鈴木篤郎先生が旅立たれました。
 院長は11日夜、松本市内の先生のご自宅でお別れを告げることが出来ました。
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『難聴・早期発見伝 〜あとがき〜』より
(鈴木篤郎先生を偲んで)

 難聴と言う疾患の研究現場を初めて見学したのは、1975年夏訪れた信州大学耳鼻咽喉科の鈴木篤郎教授のもとで、であった。

 当時まだ学生だった私は、これもまだABRという名前ではなくBSR(Brain Stem Respnce)と名付けられていた聴性脳幹反応の、実験を手伝うこととなった。世界でもABR研究の、黎明期のことであった。

 学生だった私にその研究の価値が十分に判っていたとは、とうてい言えない。けれども最先端の研究の暁のほのあかりを、その後の私が決して忘れなかったことだけは事実である。本当に、ABRの波形を眺めるたびに私の心をよぎるのは、信州大学の旭キャンパスを走り抜けるさわやかな微風なのだから。

 毎日の慌しい臨床現場にあって、あのほのあかりの記憶をいつの日にか、判り易い形で残したいと思っていた。

 今回医学コミックシリーズの第7弾として、本書を世に問うことが出来たのは本当に幸せだった。
 

写真14、15
 こちらは、創業50年を誇るレストラン『鯛萬-たいまん-』です。院長は、30年前に一度だけ来たことがあります。1975年にNHKが放映した、大竹しのぶ主演ドラマ『水色の時』の舞台として使用されました。
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写真16
 実は院長は、奥様をこちらに案内するという30年前の約束をとても気にしていました。
 長い30年だった、とは院長のつぶやき。
写真17
 とても美味しいお料理の数々でしたが、写真を通じてお伝えするのは難しいかもしれません。
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写真18
 院長が昔からお世話になっている、製薬会社さんの前担当のお二人です。本社が松本市内にあり、久しぶりの再会を果たすことができました。
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関連リンク: 用語集 めまい
  用語集 鈴木篤郎先生
  3443通信 No171 ノーサイドクリニック研修レポート
  3443通信 No230 第58回日本聴覚医学会に参加しました
             ~ 信州・松本味の旅 2013 ~ 三好 彰

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No.176
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