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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
寄生虫とスギ花粉症
 

花粉症は寄生虫が原因?


図1

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 現代に生きる日本人は、栄養条件が良くなり免疫能力が高まっている。それに対して社会的には衛生が改善し細菌やウイルスが減少して、人体の免疫能力は力を持て余している。だからTh1/Th2バランス(図1)を介して人体は、スギ花粉やダニなどの無害な異物に対応するときにも過剰なまでの防御反応を呈してしまい、あげくの果ては自身に害を与えている。そんな過剰防衛反応がアレルギーだと、私は説明しています。それに対して、はてなと思った方もおられたかも知れません。

 なぜならつい最近まで、日本人は清潔好きになり過ぎた、この過剰なまでの清潔指向が日本人を「やわ」にし、免疫能力の低下を招いた。そしてそれが、日本人のスギ花粉症を増やしたのだ。つまり「清潔はビョーキだ」(図2)というお話が、まかり通っていましたから。


図3

図2
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 このお話は、藤田紘一郎・前東京医科歯科大学寄生虫学教授が、「笑うカイチュウ」(図3)という本の中で紹介した仮説です。

 スギ花粉やダニなどの異物がアレルギー反応を生じる場合、体内に侵入したこれら異物に対してそれを排除しようと、IgE抗体が産生されます。

 花粉などの付着したIgE抗体は、アレルギー反応を惹起する化学物質を大量に含有する体内の肥満細胞の表面に付着します。すると肥満細胞内部から、ヒスタミンやロイコトリエンなどアレルギーの過敏反応を誘発する物質が遊離し、それが例えば鼻粘膜ではくしゃみ・鼻みず・鼻づまりを引き起こすことになります(図4)。


図4
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 ところが回虫など寄生虫は、これらアレルギー反応に特異な影響を及ぼします。

 スギ花粉やダニに較べて寄生虫は、人体にとってはるかに巨大な異物ですから、人体はこの異物を排除しようとより大がかりなアレルギー反応(過剰防衛反応)を、引き起こします。寄生虫の存在をきっかけにした非特異的IgE抗体(スギ花粉やダニに対応しない)が、とてつもなく大量に産生され肥満細胞の表面を覆ってしまうのです。

 そのありさまを、藤田氏は「笑うカイチュウ」(図3)の中でこのように表現しています。

 「さて、寄生虫病にかかったヒトがスギ花粉やダニなどにさらされたとしよう。このヒトは寄生虫にかかっているから、すでに多量のIgE抗体を作ってしまっている。だから、スギ花粉やダニにさらされても、これらの物質に対してIgE抗体を産生する余裕がなくなっているのだ。次に、もし、そのヒトが花粉やダニに対してIgE抗体を産生したとしよう。その場合も、すでに体内の好塩基球や肥満細胞の表面は、寄生虫由来の『非特異的』な、言いかえれば『不活性』なIgE抗体によって覆われてしまっており、アレルギー反応は、新たにおこらない。つまり、花粉やダニと結合したIgE抗体は、好塩基球や肥満細胞の表面に付着する場所がない、ということになる。したがって、セロトニンやヒスタミンは放出されない。だから、アレルギー反応はおこらないというわけだ。ヒトが花粉やダニにいくらさらされても、“寄生虫病にかかっているヒトは、花粉症やアトビー性皮膚炎にはならない”というのが僕の考えだ。」

 そしてその傍証として、京都大学霊長類研究所の中村伸教授のサルに関するデータを、挙げています。

 再び、藤田著「笑うカイチュウ」からの引用です。


図5
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  「中村先生はサルとヒトとの寄生虫感染と花粉症の患者数を経年的に比較検討して、僕の考えの正しさを見事に証明してくださったのだ。中村先生らは、最近二十数年間のサルのスギ花粉症の変化をニケ所の野猿公園で調べ、まったく変化のないことを確認した。ヒトの花粉症はこの二十数年間に10倍も増加している。一方、サルの寄生虫感染率をみると、20年前もいまも常に80パーセントだったのに反し、ヒトの場合は70パーセントから0.02パーセントにまで減少していた(図5)。

 環境要因からみれば、サルもヒトとおなじような状況におかれているわけで、寄生虫感染がサルの花粉症の増加を抑制しているという見方は妥当な解釈と言えるだろう。」

 お話はそこからさらに、飛躍します。
 藤田氏は次に、「清潔はビョーキだ」(図2)と言いはじめたのです。


図6
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 すなわち氏によると、人間にはある程度の不潔さが必要だということです。そして、本来なら寄生虫と人間とは「共生」すべき生き物同士であって、一方の論理で相手をばっさり退治することの反作用が、いかに大きいかと議論を進めています。さらには、人体内に寄生虫を飼っているとアレルギーになりにくいと、自分自身の腸にサナダムシを飼育しているとのことでした(図6)。

 私は清潔好きが病気かどうかはともかく、実際に寄生虫感染とアレルギー疾患の頻度について、疫学調査を行ないました。

 実は藤田氏と論争を開始した1996年、私はすでに中国におけるアレルギーの疫学調査をスタートしていました。そして中国の被験者のアレルギーの頻度は日本の被験者に較べ、はるかに低いことを証明していました。

 その中国では当時寄生虫感染率が非常に高く、全国調査で感染率は63%近いとの報告もありました。あるいは中国でアレルギーの頻度の低いのは、本当に寄生虫感染のためかも知れません。

 話は変わりますが、私たちの研究グループは疾患の頻度について検討する場合、医療機関を受診した症例だけを相手に分析を行なうわけではありません。

 それは例えばある地域の食事内容の調査をする際に、町中にあるレストランで待ち構えて来客のメニュー選択をチェックするだけでは、地域住民の食生活を把握できないのに、良く似ています。

 レストランの来客がカレーを頻繁に注文するからと言って、その地域全体の住民がカレー好きかどうか、判定することは困難です。厳密には各家庭へお邪魔して、家族全員に朝食は何を摂ったか、お昼はどんな内容だったのか、夕食の予定はどうなっているのか、確認しなければその地域の食事内容調査は正確とは言えません。

 疾患についても、事情は同様です。

 医療機関を訪れる受診者の病気の傾向が判ったとしても、それでその地域全体の疾患の傾向を知ることは、とても難しいのです。

 その意味から私たちは少なくとも、その地域の住民の健康状態を把握するために、小学生や中学生などある特定の年齢の構成人員全員の調査を、実施します。

 寄生虫がアレルギー疾患の発病を予防していたとの仮説の検討でも、理屈は同じです。


図7
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  私たちは日本では、北海道白老町の小中学生全員と栃木県栗山村の小中学生全員のデータと、中国では江蘇省呉江市黎里鎮という上海の隣町の、小中学生全員のデータを比較しました。

 すると日本と較べ、黎里鎮の子どもたちのアレルギーの頻度は、3分の2程度しかありませんでした(図7)。

 もしも中国の子どもたちに実際に寄生虫感染が多かったならば、日本より低いアレルギーの頻度は寄生虫感染によって、もたらされたものかも知れません。

 その確認の目的から私たちは黎里鎮で、アレルギーの検査とともに検便をも行ないました。

 ところが南京医科大学寄生虫学教室で解析された検便の結果、江蘇省呉江市黎里鎮の子どもたちの寄生虫感染率は2%に満たないことが判り、しかも寄生虫感染のある子どもでもアレルギーの検査結果は陽性でした。中国の寄生虫感染は決して多くなく、しかも寄生虫はアレルギーを抑制しないのです。

 それにしても、中国全土の寄生虫感染率は63%もの高値を示すという論文のデータは、どうなってしまったのでしょう。

 実は論文の公表されたこの時期、北京の威信をかけた国家的規模の寄生虫撲滅運動が中国全土で展開されており、寄生虫感染率は短期間に劇的に減少していたことが、後から判りました。江蘇省呉江市黎里鎮の子どもたちの検便の結果は、まったく不自然ではなかったのです。


図8
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 「共生の妙」を唱え、現代に生きる日本人のスギ花粉症の激増が、寄生虫の減少によるものだとする藤田氏の仮説に矛盾のあることは、私たちの調査によってはっきりしました。そこで私はこの結果を電話で藤田氏に伝え、仮説の誤っていることを教えました。ところが藤田氏は、言を左右して事実を認めようとしません(図8)。

 それどころか、それ以降藤田氏の教室に電話しても大学院生が出るのみで、氏は姿を現さなくなりました。

 私は藤田氏の態度を見てこの仮説自体の信頼性に疑問を抱き、さらに調査を進めました。
 すると、1999年に実施された黎里鎮の高校1年生全員179名を被験者にしたアレルギー調査では(図9)、血清検査で回虫感染陽性(RASTスコア1以上)の生徒の方が、感染陰性(RASTスコア0)の生徒よりもスクラッチテスト陽性率の高いことが判りました。


図9
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 加えてこれらの生徒の中には、総IgE値が2304IU/dlもの高値を示す症例も存在しましたが、この例でもダニに陽性反応を呈していました。

 つまり私たちの調査からは、寄生虫はアレルギー反応を抑制するのではなく、むしろその程度をひどくしている可能性のあることすら、理解できたのです。

 ですから、少なくともこの日本でこれだけスギ花粉症が蔓延するようになった、その第一の理由として寄生虫感染の減少を挙げることは不自然です。ましてや、寄生虫を体内に飼っていると花粉症やアトピー性皮膚炎にならないと称して、藤田氏のようにサナダムシを呑むことも異常です。

 現代に生きる日本人に過剰な清潔指向の見られることは確かですが、半ば精神論的に「清潔はビョーキだ」と言い張るのは無理みたいです。


図10

図11
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 とここまでお読み頂いて、しかし読者の皆さんには、このお話のウラにもう一つのお話のあることを知って頂かねばなりません。

 実は日本においてこうした寄生虫によるスギ花粉症抑制説を唱えたのは、藤田氏が最初ではありません。

  1973年の群馬県の冷凍血清と1984〜85年の冷凍血清とを比較して、後者のスギ花粉に対する特異的抗体値が前者の約4倍に増加しているという事実(図5)を発表した井上栄・国立公衆衛生院部長が、1992年に講談社刊の「文明とアレルギー病」(図10・11)という書物の中に紹介したのが、日本で初めてだったのです。

  講談社から出版された「笑うカイチュウ」の発行年次が1994年で、しかもこれら2つの書物の編集者が石原恵子さんという同一人物であったことから、石原さんが藤田氏に「笑うカイチュウ」出版に際して、井上氏の書物をサンプルとして提供したと想像するのは別にすじの通らない話ではありません(図12・13)。


図12

図13
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  藤田氏が井上氏の書物からいかなる霊感を得たかはともかく、「寄生虫によるアレルギー抑制説」の言い出しっぺは、当時の科学技術庁による「スギ花粉症克服に向けた総合研究」の実質的な班長を勤めた井上栄氏だったのです。

 そこで私は井上氏にFAXを送り、私の調査結果から寄生虫による抑制説は不適当ではないかと、書きました。

 これは、それに対して届いた井上氏のFAXです。

「三好 彰 先生
 もし非特異的IgEがアレルギーを抑えるとしたら、総IgEがどの程度あるのかがポイントだと思います。南米原住民の総IgEは1万を越えるとのことです。施して頂いた症例の総IgEは2304です。ランセット誌の論文では、大量のIgEが肥満細胞のIgE受容体を飽和していると考えられます。寄生虫感染の程度が低ければ寄生虫による非特異IgE刺激作用がスギ特異IgEアジュバントとなりアレルギーを推進させ、さらに総IgEがもっと大量になると逆にアレルギーを抑える、ということも考えられないでしょうか。」

 私もFAXを送り返しました。

 「先生は、1973年と1984〜85年の群馬県の被験者の冷凍血清からスギ花粉に対する特異IgE抗体値を測定しておられますが、その両者の総IgE抗体値はどうでしたでしょうか。もしも前者の総IgE値の大部分が、先生の指摘しておられるように1万以上だったのでしたら、日本においても寄生虫によるスギ花粉症抑制説は成り立つのかも知れないと思うのです。逆に1万を越える症例が1例も存在しなかったとしたら、寄生虫による花粉症抑制説は根拠に乏しいと判断せざるを得ません。」

 井上氏からは次のようなFAXが届き、議論は打切りとなりました。

 「1973年の血清中の総IgEの幾何平均は114IU/dl、84〜85血清では67IU/dlでした。73のスギ特異IgE陽性率が低かったのはスギ花粉飛散が少なかったことが主因であろうと考えています。(中略)どれが主理由なのか知りたいのですが、どうやったらそれができるか、私には良いアイデアはありません。」

 まさか、とは思うのですけれど。
「スギ花粉症克服に向けた総合研究」が途中でポシャッてしまったのは、私の送ったFAXが原因ではありませんよね?

院長著書の紹介

関連リンク: 用語集 索引:寄生虫
  用語集 索引:花粉症

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