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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 


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 2009年中国・チベット調査は9月17日(木)から9月28日(月)にかけて行われました。

 今回の調査は、高山病による中枢性睡眠時無呼吸の実態把握と、その治療法の摸索が主な目的でした。

 二回目の参加となる看護課の工藤智香が、ご報告させて頂きます。

前日-9月16日(水)-

 夕刻、院長・青柳・工藤の調査本隊は、東京に前泊し翌17日に出国するため、仙台駅で村井・宮城県知事の見送り(?)を受け上京しました。

1日目-9月17日(木)-

 午前10時、羽田空港よりANA便で上海虹橋国際空港へ向かいますが、羽田空港名物、滑走路渋滞のため約30分の足止めです。

 心は早くも空の上だったのですけれど。

 無事到着した、上海虹橋(ホンチャオ)空港は雨。院長のお弟子さんの時先生と、現地ガイドの趙さん(通称 社長)が出迎えてくれました。 


写真左が時海波先生
(上海交通大学耳鼻科助教授)
右が趙(社長)さんです。

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 その後、専用バスで上海から学会開催地の安徽省蕪湖市へ約7時間のバスの旅です。

 南京への高速道の途中に『269』などと数字の書かれた緑の標識がありました。これは上海からのキロ数を表しているものです。途中、南京市の雨花台公園で殷先生と合流しました。それにしても「雨花台」の雅名のごとく、雨の南京は風情がありますね。

 蕪湖のホテル到着は現地時間、午後8時半。ホテル近郊で夕飯。食事は現地アレルギー学会の女医さんに案内していただきました。とても美味しい料理でした。詳細は青柳秘書のグルメレポートをどうぞ。

2日目-9月18日(金)-


製紙工場の外観です。

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 宣紙文化園(製紙工場)の見学です。

 安徽省は、合肥市を首都とする人口6593万人、面積約14万Km2の地域です。世界複合遺産に登録されている『黄山』、世界文化遺産に登録されている『安徽南部の古村落-西逓・宏村」という景勝地があることで有名です。 書道などでつかわれる紙の作りだされる現場を見学(紙は和紙と思ってください)。中国でつくられているのが本場といったところでしょうか。山肌を覆うクリーム色のところ、これは製作途中の紙。良質の紙とするために雨風にあてるという大事な工程があるとのこと。

 七年間吹きさらしの状態で放置し、白く脱色するそうです。

 紙の原材料は樹齢2~3年の木の皮の繊維。この木は木材として山で切り出すか、庭園のような土地で栽培されており、加工したものを山に干すそうです。


院長も笑顔の一踏み。


全て手作業で行います。
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作業工程

(1)繊維の精製
 このような木の装置で木の繊維を押しつぶし、細かくしていきます。

 昔は全て人力でしたが、現在は電気を使用しているのだとか。実際に体験したのですが、重量感のある木の装置は大きくひと踏み毎に力のいる作業でした。

(2)繊維の選別
 良質の紙をつくるために良い素材を選別します。

(3)材料の混合と洗浄
 まず、このような器に材料を移し、水を加え足で踏みます。その後、袋に移して30分間ほど洗浄します。

(4)紙すき(フィッシングペーパー)
 この工程では材料を水にとかし、すいていきます。

 体験で殷先生が挑戦。かき混ぜて、2~3回すくえばOK、和紙の作り方に比べ非常にスピーディーでした。あとは水から出して乾かします。干支のマークの入った紙を作成することができるとのこと。


うっすらと薄い膜が出来ました。

熱された石に、
紙を張り付けて乾かします。


粘り気のある墨です。

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楽しいひと時でした。

大型テント内でのパーティーでした。
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 どれも愛らしいデザインでした。 書道家からはオリジナルの印(矢印のかたちをした印)を入れた紙を依頼されることもあるそうです。ひとつのステータスでしょう。1枚十五万円もするビンテージの紙もあるとのこと。フィッシングペーパーは400枚でひと単位。1日に2人で2個の生産量とのことです。

 紙すきをする道具は竹でできており、0.7ミリの細く切った竹を編んでいきます。その後、のりを塗り補強します。

(5)乾かし
 一枚ずつ伸ばしながら乾かし、乾燥用の温めた石に伸ばして縦に広げます。霧吹きで水をかけながら慎重に伸ばしていくのです。

 書道用だけでなく、書物用や切手用の紙も精製しています。切手の紙は寿命が約1050年と言われています。

(6)墨をつくる
 ハンマーを打つ回数が増える毎に、良質の墨になるそうです。院長も体験しました。粘り気のある黒々とした墨の出来上がりです。

(7)販売
 売店でお土産としてさまざまな紙や墨製品がならんでいました。
展示商品の中には非売品もちらほら・・・。中国建国60周年などアニバーサリーで作製されたものもありました。

 この土地が製紙工場になった理由は、

【1】材料が豊富
【2】風通しがよい
【3】日のあたる斜面がある


 以上の条件がそろっているからだそうです。

 砂埃の舞う帰り道で、ミニカーみたいな三輪タクシーを見つけて乗車しました。 

 外からはひどく小さく見えたこの三輪タクシー、実は車内は4人乗り。乗り込んだのは殷先生、「社長」さん、青柳秘書と私。座高の低い青柳秘書は頭がつっかかり少し窮屈そうでしたが、意外に快適。

 ほんの数百メートルの、貴重な人生体験となりました。

 夕飯は、ホテルのすぐ側で開催されていたビーアフェスティバル(詳細は、青柳レポート)に参加しました。スタッフの女性から全員に、オリジナルTシャツをプレゼントされ、みんなご機嫌です。

3日目-9月19日(土)-
 蕪湖アレルギー学会。

 院長先生による特別講演がありました。殷先生の通訳による『アレルギー性鼻炎の外科的治療』と題した発表です(P.2参照)。
 
 当院の得意とする、アレルギーの治療法としての高周波機器の手術について、講演しました。
  
 学会参加証はとても立派。思わず記念写真を撮りました。会場の外で集合写真の撮影もありました。実は工藤もちゃっかり写っています。


木枠入りの大会参加証です。


矢印の先端に工藤技師がいます。
院長はどこでしょう?
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 講演後、高速で南京のアレルギー学会場へ向かいました。

 学会の懇親会場には、南京国際アレルギー学会の関係者が集って、大変和やかなものでした。

 ここで程先生(南京医科大学)、榎本先生(NPO法人・日本健康増進支援機構)、嶋田先生(三重県ニチニチ(株)製薬中央研究所)とお会いしました。

 夕食後は、中式足つぼマッサージでリラックス。榎本先生は、当院の代診でもおなじみの先生で、院長・青柳秘書と久しぶりの再会を楽しんでおられました。

4日目-9月20日(日)-
 南京国際アレルギー学会。

 院長先生による特別講演。昨日同様、殷先生の通訳による発表です。榎本先生、嶋田先生は程先生の通訳による発表でした。

 今学会の座長殷明徳先生は、1988年にスイス・モントルーで開催された第3回難聴者国際会議で院長とご一緒されたことがあり、お二人は20年以上のお知り合いです。


1991年、つまり18年前の院長と
殷明徳先生です(南京医科大学にて)。


こちらは、2009年現在のお二人です。

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 現在の南京医科大学耳鼻科主任教授・程雷先生、助教授・殷敏先生そして上海交通大学耳鼻科助教授・時海波先生は、すべて殷明徳先生と院長のお弟子さんです。

 時を経ても変わらない暖かな笑顔は、これまでのお二人の親密さを表しているようです。

 お二人は日本と中国の架け橋として、20年間も友好を深めていたのですね。  

 こうした歴史はこれから先も、両国の医療の発展と共に在り続け、後の世代にも脈々と継承されるでしょう。

 その後、西安へのフライトまで、しばし南京の観光をしました。

 南京市は江蘇省の省都で、長江の河口から360kmさかのぼった盆地に位置し、中国三大カマドのひとつと称されるほど夏の猛暑で有名です。

 江蘇省の人口は7253万人、面積約10万km2。南京の人口は608万人、面積約6500km2です。

 まずは揚子江(長江)へ。


南京市を東西につなぐ南京大橋です。


市内を一望できる丘に建てられています。

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 長江は、古くから南京の人々の生活には欠かせない、非常に重要な恵みの河です。マザーリバー(母なる河)と呼ばれ、大切にされているそうです。ゆったりした流れと川幅の広さに、圧倒されました。
 
 河には大小の船が行き交い、魚の養殖も行われていました。

南京大橋
 1960年代に南京の人々が自分たちで建造した大橋。当初ソ連の協力で着工したのですが、フルシチョフと毛沢東との対立が生じ、ソ連の技術者が帰国してしまいました。そのために自分たちで橋を完成させた歴史は、今も南京人の誇りとして語られています。

 なお現在長江の下を通るトンネルを建設中とのことで、2年後に完成するそうです。

?江楼を見学
 市内にある小高い山につくられた楼の頂は、南京市内を一望できる観光スポットです。紫金山、揚子江、市街地のビル群などを広く見渡すことができました。夜景が美しくみえるそうです。

南京から西安へ


天空列車

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 この日の夕方、南京から西安へ向かいます。約2時間のフライトでしたが、天候不良のため飛行機は大揺れでした・・・。

 ホテルに到着したのは夜11時過ぎ。翌早朝は西寧へのフライトのため早めの就寝です。今回は西安名物の餃子は残念ながらおあずけでした。

 次号はいよいよ、青蔵鉄道に乗車しチベット・ラサへと向かいます。

2009年チベット調査 旅レポ(2)

関連リンク: 用語集 索引:チベット
  用語集 索引:講演会
  用語集 索引:アレルギー調査

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No.179
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