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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
2009年中国・チベット調査レポート~工藤報告vol.3~

 さて、今回も引き続き看護課工藤智香が、2009年チベット調査についてご報告致します。

6日目の夜-9月22日(月)-

 全長2000Kmにも及ぶ青蔵鉄道の旅を乗り越えた一行はラサへ到着。空の旅では味わえなかったであろう心地良い達成感を感じました。美しくも厳しい秘境地帯を越え、やっとたどりついたのだと。ラサはチベット語で『神の地』と呼ばれます。


ホテルの医務室です


診察の様子
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 ラサ市は標高3650m、富士山頂よりやや低いくらいの高度にある街で、チベットの政治・経済・宗教の中心地です。

 ホテルに到着後、初めてのチベット訪問である新井先生は体調がすぐれなかったため、ホテルの医務室へ。ラサの観光客向けのグレードの高いホテルには医師が常駐しており、高山病のケアにあたっているそうです。ここで診察をし、必要に応じ簡単な治療を受けることができます。また、ラサ市内にはラサ人民医院があり、症状が重篤な場合にはそちらを受診することもできます。残念ながら新井先生は、高山病の症状が出たため5000m超の行程が待ちうける翌日からはラサに留まることになりました。

 その夜は鉄道の疲れもあり、皆さん早めの就寝となりました。低酸素の影響で熟睡することは難しく、寝苦しい夜となりました。

 いよいよ明日は、前日にラサ入りしていた先生方と合流し、チベット第2の都市である日喀則(シガツェ)へ出発です。

 翌日からの標高5000mの地点を通過する峠越えが含まれる行程には参加しないほうがよいと医師の判断が出たため、新井先生はつきそい役の殷先生と共にラサの地に残ることになりました。高地では無理をしない。これが鉄則です。

 鉄道に乗っている時から体調の優れなかった「社長」は青い顔をしながらもシガツェ行きを決意し、共にバスに乗り込みました。


ヤクとヤムドク湖のある風景

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7日目-9月23日(火)-
 早朝、ラサのホテルを出た一行はバスに揺られること約7時間、ラサから約280キロ離れたシガツェの街に到着しました。シガツェは人口約30万人。標高は3900mでラサよりわずかに高地にあります。

 道中、チベット仏教4大聖湖の一つであるヤムドク湖、標高7000mを越えるカロー・ラ氷河などチベットならではの大自然の美しさを目の当たりにすることができました。しかしながら、シガツェへ向かう峠道は舗装されていたものの、標高4000mを越えるグネグネとしたとても険しい山道が続きました。容赦も遠慮もないクラクションととてつもない揺れが、酸素不足で弱った体を揺すります。ガードレールなんて優しいものはありません。脱輪などしようものなら、岩だらけの山肌を転がり落ちるだけです。私は段々と小さくなっていく今昇ってきたばかりの道路を眺めていました。『とんでもないところにきてしまったのかも知れない』とハラハラしながら。けれども、どこかワクワクしながら。


標高5,000m付近での測定値。


左が酸素飽和度、右が心拍数。酸素飽和度は75%となっていますが、平地では80%以下は危篤状態と言われています。

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ヤムドク湖


ヤムドク湖畔にて


平均高度4,000m超の山路です


標高7,000m級のノジンカンツァン山

チベットと日本のスマイル対決!
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  カムバ・ラ峠のヤムドク湖は標高4978mにある青い水をたたえた美しい湖です。強風に流された白い雲が掴めるほど近くにあり、空気は透き通っていました。5000mに近づくと酸素が地上の約半分という環境になります。ガイドさんからは『低酸素のため15分以上の滞在は危険ですよ。』と注意をうけました。酸素が足りない状態が続いたため指先や唇が紫色になる現象、いわゆるチアノーゼがいつの間にか 出はじめていました。そして徐々に、手や足がジワリジワリと痺れはじめ、頭がボーっとした状態となりました。そんな時には無理は禁物。ゆっくり深呼吸を繰り返し、安静にします。すると段々に楽になっていきます。

 湖をあとにした我々は、腹ごしらえをし、今度はさらに高い場所へ挑みました。

カロー・ラ峠

 標高5020mのカロー・ラ峠です。氷河に覆われたノジンカンツァン山が美しい姿で迎えてくれました。標高5020mの地点、誰もが見上げる視線の先、その山頂は7206mです。これは、平地で2000m級の山を眺める感覚に近いはずです。そのためでしょうか、不思議なことにそれほど巨大な印象はありませんでした。しかしその雄大な姿に、誰もが圧倒されていたようでした。

 氷河にはそこかしこにひび割れが目立ち、溶けだした氷河が滝となって幾筋も流れ出していました。とても幻想的な世界でした。ここもまた、長居は危険な場所のため早々に出発です。

 シガツェの街が近づくにつれ、穀倉地帯が広がりはじめました。シガツェはラサに比べて土地が肥沃で資源が豊かなのだそうです。

 シガツェ到着は夕方近くであったため、そのままホテルで体を休めました。

7日目の夜-9月24日(水)-
タシルンポ寺


 このお寺は、『パンチェンラマ』が住持を務めていた寺院です。

  弥勒仏殿には、世界最大の金銅仏である全長26mの弥勒座像が安置されています。
ラサのポタラ宮殿ほどの華やかさはありませんが、チベット第二の都市というだけに、熱心に修行に励む僧の姿や巡礼者が印象的でした。また、広々とした境内には厳かな宗教歌が響いていました。

  巡礼者は順に鐘を鳴らして参拝します。


タシルンポ寺のチベット語で書かれた看板


タシルンポ寺看板(中国語)


タシルンポ寺の弥勒仏殿


タシルンポ寺の鐘

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 今回の調査では前回のように高地の要所で血液中の酸素の量と心拍数を測定するほかに、睡眠中のデータをとることにも挑戦しました。いびき用の簡易モニタと簡易脳波計とを装着し、朝まで記録をとりました。とても興味深いデータがとれました。現在データを検討中です。近く学会で発表予定です。

 バスでの移動中、何度か休憩時間がありましたが、これはただの休憩ではなく「時間合わせ」なのだとガイドさんが教えてくれました。チベットの道路にも速度制限がありますが取り締まるポイントは通過する時間。ある区間内を定められた時間よりも早く通過すると罰せられるのだそうです。

 日本には無い独特のシステムでした。また、何度か車を止められ、武装した警察官がバスへ乗り込んできてはパスポートの提示を求めました。2年前には無かったことです。警備体制が厳重になっていることを、改めて思い知らされたひと場面でした。チベットの田舎の、のどかな街並みさえも、どこか張りつめたような雰囲気を漂わせていました。

 また、チベットならではの一枚。気圧が低いチベットでは、はるばる日本から運んでいったお菓子や飴の袋がパンパンに膨れ上がってしまいます。これは密封されているものに起こる現象で、平地との気圧の差が大きいことを示しています。


お菓子の袋。低い気圧のせいで
こんなにパンパン!


寺院内の回廊


シガツェの風に吹かれて
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 高地環境と向き合い、体調の変化を気にしながらの旅となりました。特に冷えこむ夜間の寒さ対策はとても大変でした。体が芯から冷えていくのですから。この状態に加えて、酸素不足によってぐっすり眠れず睡眠不足となり、これが重なると体は悲鳴をあげはじめます。しかし不思議なことに私たちの体は、その環境になんとか適応しようとするのです。

 シガツェを堪能した我々は、再びラサへ向かいます。
 次回は皆さんお待ちかねの、世界遺産に指定されているポタラ宮、大昭寺、ノルブリンカをご紹介いたします。

看護課  工藤 智香

 なお、今回のチベット調査のムービーを1月1日、当院のHPにUPしました。
 ぜひご覧下さい。 http://www.3443.or.jp

2009年チベット調査 旅レポ(2)   2009年チベット調査 旅レポ(4)

 
関連リンク: 用語集 索引:チベット
関連リンク: 用語集 索引:アレルギー調査

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No.181
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