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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
めまい専門医である院長のめまい論文より 耳鼻 32;923-925.1986 音響性聴覚平衡障害の1例
 
三好 彰(三好耳鼻咽喉科クリニック)
武山 実(武山耳鼻咽喉科医院)

(「ロックコンサートでめまいを起こした女子大生」の論文です。)

めまい研究を開始した頃の院長。
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 院長のめまい論文より、1983年9月22日から24日にかけて行われた、第42回日本平衡神経科学学会(現・日本めまい平衡医学会)で演題発表した論文をご紹介致します。

はじめに

 近年、ロック・コンサートによる聴覚障害の報告が相次ぎ〔1〕〔2〕、新しい型の音響外傷として注目をあびて来ている。これらの報告は、そのいずれもが聴覚障害のみを呈していたが、音響性外傷による内耳障害の発生機序を考える時、平衡障害の発生〔3〕もまた容易に想像され得るところである。

 今回著者らは、ロック・コンサートに起因すると考えられる聴覚平衡障害の一症例を経験したので、若干の考察とともに報告する。

症例

症 例 : M.I 22歳女性
既往歴: 幼少児期、習慣性アンギーナの既往あり。
現病歴 : 1983年2月25日、試験のため前夜より余り睡眠をとっておらず、また食事もとっていなかったが、ロック・コンサートへと出掛け、図1の席に着く。
 
 18時45分頃よりコンサート開始。その20分後より音楽の語音が不明瞭になり、冷汗とともに悪感を覚える。会場外へ出て見たところ、左側耳鳴・難聴の存在することに気付く。
  
 この時の状態を本人は後になって、「雲の上を歩いているよう」と形容している。そのまま当院を受診、即時入院となる。

受診時の所見:
 受診時意識清明であり、鼓膜所見正常であったが、図2に見るごとく右側軽度感音難聴・左側中等度感音難聴の存在を認めた。

受診後の経過:
 後日判明したことではあるが、このコンサートでは他にも耳症状を後々まで訴える症例が多々存在し、そのほとんどが音響性外傷による聴覚障害であろうと推測された。



図1 矢印は、コンサート中の女子大生の座席を示す。
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 本症例も、音響性外傷であることが強く考えられたため、直ちに入院の上安静を守らせた。早速、ビタミンB12・ステロイド・ATPなどを投与したところ、幸いにも早期に聴力の改善を見ることができた(図3)。なおその間、多少の動揺感の訴えが本人からなされていたが、本症例の場合余りに心気傾向が強く本人の訴えがどの程度裏付けのあるものか不明であったこと、および恐怖症傾向があり負荷のかかる検査に非協力的であったことのために、平衡機能検査などの精査は無理に敢行せず安静を心掛けさせた。症状の軽快を待って、入院後10日目の時点で東北大学耳鼻咽喉科における平衡機能検査を施行したところ、自発眼振・誘発眼振は認められず、温度眼振検査にて左右差なし、指標追跡検査(ETT)および視運動眼振検査(OKN・OKP)にて正常範囲内であったにもかかわらず、マン検査・ロンベルグ検査にて左方への転倒が見られた。この左側内耳前庭の機能低下を想起せしめる平衡障害は、退院時まで持続した。

 本症例は大学卒業直前との本人の事情から自覚症状の改善と同時に退院、外来にて経過を観察していたがやがて卒業したらしく受診しなくなった。

考察

 はじめに述べたように、ロック・コンサートによる音響性聴覚障害は、近年社会問題化にいたるまでに注目されつつある。けれどもこの聴覚障害に、内耳の構造上併存する可能性の否定できない平衡障害を合併した症例の報告は、これまで見られない。現実にこの夜のコンサートでさえ、聴覚障害を想像せしめる耳症状を訴えた聴衆が他にも多々存在したにもかかわらず、平衡障害を来した症例はこの1例のみと思われた。では、本症例のみが平衡障害を生じて来た理由は何なのであろうか。

 南ら〔1〕は、ロック・コンサート後一側高度難聴を生じた24歳女子の症例を報告し、聴覚障害の左右差を見た理由をロック・ミュージックによる情緒的な全身反応のアンバランスに求めている。また、富岡ら〔2〕は自律神経機能異常が急性音響外傷に関与している可能性について述べている。これらの報告に共通するのは、耳ばかりではなく全身状態にかかわるコンディションの不調とでも言うべき状況である。

 一方、内耳には本来強大音に対するなんらかの防御機構が備わっており、その機構には全身性の反応が関与している可能性があるとされている〔4〕。この説に従うならば、全身的なコンディションの不調は内耳の強大音に対する防御機構の不全をもたらし得るものと思われ、そのような状態にある症例の内耳易受傷性が亢進している可能性を強く想起せしめる。  

 実際本症例においても、試験のため十分な睡眠が取れずまた食事も摂取していない状態でこのコンサートに臨んだことが、他の聴衆やこれまでの報告に比べより大きなダメージを内耳に負うこととなった、
最大の要因であったように見受けられる。

 従って今後、本症例を他山の石としてロック・コンサートなどにおける聴覚障害・平衡障害を予防しようとする場合、少なくとも内耳の易受傷性亢進が予想される不摂生状態でのコンサート聴取は、絶対に避けるべきであろうと考えられる。と同様に、その認識が十分に行き渡るよう徹底した啓蒙がなされる必要も痛感せざるを得ない。

 なお本症例の場合、聴覚障害と平衡障害のいずれも左側の内耳への影響の大きさを指し示しており、コンサートの曲目にもよるであろうが、座席が会場内の右寄りであったことに矛盾しない結果を示していた。



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おわりに

 ロック・コンサートにより音響性聴覚平衡障害を来した、22歳・女性の一症例を報告した。

 本症例が、このコンサートに臨んだ他の多数の聴衆やこれまでの報告と異なってこのような障害を生じた背景には、睡眠時間の不足・空腹といった不摂生によって内耳の易受傷性の亢進していた可能性が強く考えられた。

 従って、今後本症例を他山の石としてコンサートなどにおける音響性聴覚平衡障害を予防しようと試みるならば、コンサート聴取時における不摂生を強く戒めるべく十分な啓蒙がなされる必要があろう。

文献

〔1〕南 吉昇 他:ロック・コンサート後に発症した急性感音難聴の1例。耳喉 49:425-429,1977.
〔2〕富岡幸子 他:ロック音楽による急性音響外傷の2症例。耳喉 54:1009-1011,1982.
〔3〕Man A et al:Vestibular involvement in acoustic trauma(An electronystagmographic study).J Laryng Otol 94:1395-1400,1980.
〔4〕二井一成:内耳の音響受傷性に関する基礎的研究。日耳鼻75;847-855,1972


関連リンク: 用語集 めまい
  用語集 音響性外傷
  用語集 論文
  武山耳鼻咽喉科ホームページ

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No.184
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