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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪ オーケストラの指揮が夢 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪

明るく元気な太造くん(3歳)


明るく、とても元気な太造くん
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 “ワールデンブルグ症候群”なんのことだかご存知でしょうか。

 あまり聞きなれない病名は、日本ではめずらしいもので、色素のかたよりで起きる病気だということです。また、この病気にかかった子供の25%は難聴になると言われています。

 仙台市北部にお住まいの北野年宣さん・恭子さんご夫妻の長男・太造(たいぞう)ちゃんが、オギャーと元気な産声をあげたのは、昭和59年11月24日のことです。まるまると太ったそれは元気な赤ちゃんでした。

 元気な太造ちゃんが、日本ではめずらしいという“ワールデンブルグ症候群”とわかったのは、生まれて2カ月目のときでした。

 遺伝性の病気だということですが、北野さんご夫婦の家系を調べてみても、一切の心あたりがありません。数々の検査の結果、突然変異によるものと診断されました。

 生まれたばかりの我が子が病気、それもわけのわからない病気だと知った恭子さんのショックは大きく、しばらく床に伏すという日が続いたのです。実は、北野さんにはもう一つ心配ごとがありました。それは、この病気にかかった25%の子供は難聴になるということでした。

 “まさか”“いや”心配でした。「この子をお助け下さい」と祈る毎日でした。一生けんめい祈ったのに願いは届きませんでした。太造くんの右耳は聴力0。左耳はかろうじて100〜105デシベル(耳のそばを電車が通った位の音の高さをいいます)と、重度の難聴だったのです。

 太造くんが五カ月になったころ、またまた大変なことが起きました。おとうさんの仙台転勤です。当時のことを振り返り、こう話してくれました。
 
 「サラリーマンだから仕方がないとは思ったんですが、太造のことがあるだけにショックでしたね。知人もいないし、この病気のわかる先生はいるだろうかと、不安と心配で体の調子を崩しました。先生のいる東京へ妻子は残していこうかとも考えたんですが、家族は離れて暮らしてはいけない。妻だけに大変な思いをさせてはいけないと、気をとりもどして、まずは指導をしてくれる病院の先生捜しからはじめたのです。ラッキーなことに、仙台には難聴に熱心に取り組んでいる先生がいるから大丈夫ですよと、かかりつけの先生が早速紹介状を書いてくれました。

 会いに出かけ、話をして、この先生なら太造をあずけても安心と思い、その場でお願いしました。

 その先生とは、仙台市本町(現・泉中央)で開業している三好耳鼻咽喉科病院(現・三好耳鼻咽喉科クリニック)の三好 彰先生です」。

 三好先生と北野さんは、出会ったその日から難聴問題に取り組むことを約束したのでした。

 まずはじめにしたことは、同じ悩みをもつ親の会宮城県難聴児をもつ親の会への参加でした。お互いに意見を交換し、今後のことなど真剣に話し合ったのです。この会とのふれあいが、北野さんに「太造を正常児と同じように育てよう」と、決意させたといいます。

 太ちゃんにも、そうしたご両親の一生けん命な気持ちが伝わったのでしょう。今では元気でとても明るく、素直な良い子に成長しました。

 今、太ちゃんはやまびこホームにかよっています。友達もたくさんできました。一生けんめい言葉のレッスンも受けています。ガンバリ屋の太ちゃんです。

 北野さんは、水泳にもチャレンジさせました。難聴の子はバランス感覚が悪いので、水泳はむりだろうといわれたのですが、これも大成功でした。カッパの太ちゃんといわれるほど、今ではスイミングクラブのアイドルです。大のお得意は飛び込みです。

 それから太ちゃんには得意なことがまだあります。それは車の名前を覚えることです。「リンカーン・ベンツ・クラウン・レジェンド……」等々、国産、外車ことごとくあてます。

 そして、ミニチュアカーのコレクターでもあります。


両親のあたたかな愛情につつまれて!
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 部屋中元気に走りまわる太ちゃんを、あたたかいまなざしで見つめながら、ご夫婦はいいます。

 「この子が大変なのはこれからです。自分が他の子供と違うことを、もうウスウス感じはじめているようです。私達もけっして逃げないから、だから太ちゃんもがんばってほしい」。

 明るく元気にふるまう太ちゃんの心の耳には、ご両親の声はきっと大きく聞こえているんですね。

 さらに北野さんは「心と表情の豊かな、どんなことにもくじけない、たくましい子に育ってほしいのです。これからも積極的に外につれて行き、見聞を広げてやろうと思っています」。

 おとうさんの歌にあわせておどるのが大好きな太ちゃん。

 太ちゃんとおとうさんの夢は、二十一世紀の幕があがるとき、オーケストラの指揮をすることだそうです。

 特別席には、もちろんおとうさんとおかあさん、それに三好先生に座ってもらいます。

(レポーター・佐藤レイ子)
昭和63年1月1日


関連リンク: 3443通信 No.171 工藤技師のノーサイドクリニッ ク研修レポート
  用語集  水泳
        難聴

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