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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
水泳の実践的研究の動向 難聴児の水泳指導

三好 彰;難聴児の水泳指導 体育の科学 39:548-550, 1989.


写真1
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はじめに

 難聴児は末梢平衡感覚器障害の為に、一般の児童に比べて平衡機能の発達が遅いとされる〔1〕 〔2〕 。しかしこの未発達が中枢神経系の代償機能によって補われ得ること、および脳に可塑性のある早い時期に平衡機能の訓練が行なわれればそれが促進され得ることも、同時に示唆されている〔1〕 。とは言え、この訓練の為のプログラムは未だ具体的に考案されておらず、できるだけ早期に確立されることが望まれる。

 一方難聴児およびその親は、本人のコミュニケーションの困難さや生活領域が難聴児関係のみに留まり勝ちとの理由から、いわば世界の狭くなる可能性が否定できない。

 筆者は、母親と共にスイミング・スクールに通うことによって平衡機能が改善し、更に地域社会への溶け込みが促進されたと考えられる、ワールデンブルグ症候群による高度難聴の1症例を経験した。本稿ではこの症例の経験から、難聴児の平衡機能発達促進プログラムへの水泳指導の応用の可能性と留意点、更にスイミング・スクール通級が難聴児とその親の一般社会適応に与える好影響につき、考察を加える。

症例

症例 : T.K. 4歳 男子
(1984年11月24日生)
 生下時より、特有の青色虹彩と部分的白髪の存在(写真1)からワールデンブルグ症候群と診断されており、難聴の可能性を指摘されていた。生後4ヶ月の時点で、昭和大学におけるABRの結果より高度難聴と診断される。生後半年の時点で父親の仙台への転勤に伴い、当院へ紹介される。

 筆者は、聴覚面での管理と共に、彼の身体的発育の相談や両親を含めた転勤後の地域社会生活の改善を目的として、当地の難聴児親の会を紹介した。その甲斐もあって、両親はそれまで誰一人知人のいなかった仙台になじむことができ、難聴児親の会の役員を務めるまでに至った。

 水泳は生後10ヶ月から、スイミング・スクールへ通うという形で始めた。彼はその後再び父親が転勤となる1988年3月まで、週2回の訓練を受けることとなる。


図1
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  当初彼は立てこそするものの未だ歩けない状態であり、母親共々水に慣れることから始めた。当然レッスン中は補聴器を使用できない(図1、本症例のオーディオグラム)ので、その内容について行くことができず、結果的にスクールのクラスは落第を重ねた。しかし、彼も両親もそれは特に問題としていない。そして、(1)ヘルパー(腕に付ける浮き袋)を装着してのバタ足、(2)母親と手をつないで水へもぐり、水中で目を開けること、(3)ヘルパー無しで2〜3m泳ぎ、母親の胸に飛び込むこと、(4)スタート台から飛び込むこと、などが順々にできるようになって行った(写真2)。

 彼の両親から見たスイミング・スクールの成果は、以下の如くであった。

(1)日常生活において徐々に体のバランスが良くなって行った。2歳過ぎには既に高い所から飛び降りたり、狭い堀の上を歩いたりできるようになっていた。
(2)スポーツとしての水泳を規則正しく行うことによって、良く食べ良く眠るという習慣が付いた。
(3)母親も共に泳ぐので、難聴児を抱えて何かとストレスの多い母親の気晴らしにもなった。
(4)他のスクール生は健聴なので、慣れるに従い彼自身も健聴児とのコミュニケーションを工夫するようになって来た。ある意味では、インテグレーションともなり得たのではなかろうか。
(5)幅広く友達を作ることができた。スクールに通うことによって親同士のつながりも得られ、地域社会への溶け込みが一層容易になった。


写真2
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考察

 はじめに述べたように難聴児は、結果的に中枢神経系の代償機能によって補われる〔1〕とはいえ、平衡機能の発育が遅れがちであり、また難聴児とその親は地域社会から孤立しがちである。 それに対し、本症例の経験から難聴児に水泳指導を行うことには、以下のごとき幾つかの効果のあることが推測される。

(1)難聴児の平衡機能発達促進効果が期待でき、しかも難聴児自身が楽しみながら訓練を続けられる。
(2)難聴児は聴覚による情報が期待できない分、視覚的に親の表情に極めて敏感である。他の競技と異なり母親と対面しながらの訓練が可能な水泳は、難聴児に安心感を与え得る。
(3)難聴児を抱え日常ストレスの絶えない母親にとっても、ストレス解消となる。
(4)ろう学校や難聴児学級と違い、スクールという健聴児とも交流せねばならない場は、世界の狭い難聴児にとって貴重である。一種のインテグレーション教育的効果も、期待できよう。殊に本症例の場合、外観から一見して他の児童とは異なっており、早期から健常児の間に交じって訓練のなされる必要があった。この点彼にとってスクールは他の難聴児に較べても、より一層の効果があったものと思われる。
(5) スクールへ通う他の親子と接することができ、地域社会への溶け込みが容易となる。また、一日中難聴児のことばかり考えている親にも、社会的な関心を呼び起こさせ得る。

 一方、児童一般が注意すべき耳鼻咽喉科疾患の耳への影響は、難聴児においてより強く現れ得よう。例え僅かではあっても聴力の悪化は、難聴児にとり大きな損失となるからである。したがって、以下の疾患につき留意すべきと考えられる。

(1)耳垢栓塞。プールの水を含むと膨張し、鼓膜の可動性を妨げる。
(2)滲出性中耳炎。経鼓膜的ベンチレーション・チューブ使用時には、特に感染に注意。
(3)鼻疾患の存在が、滲出性中耳炎を悪化させることがある。したがって、水泳に際し悪化し得る鼻疾患に注意する。最近の筆者のデータから、鼻アレルギーにて当院へ通院中の児童の3〜4割がスイミング・スクールにて鼻症状の悪化を来すことが判っており、特に鼻アレルギーは要注意と考えられる。
(4)アデノイドの存在も、滲出性中耳炎を悪化させ得る要因として注意を払う。

 なお、当然ながら難聴児は聴覚により注意を喚起することができないので、水による事故や混んでいるプールでの水泳指導にはかなり神経を使わねばならない。しかし、体験によって世界を広げて行かねばならない難聴児自身にとっては、それもまた良い経験となるであろう。

 今後、この症例の経験に基づき水泳指導を受けた難聴児の実態について検索を進め、最終的には難聴児の平衡機能障害の中枢性代償を目的とした、水泳指導プログラム作成を考えて行きたい。

おわりに

 本稿では、スイミング・スクールに通級することによって平衡機能の改善があったと思われ、さらに地域社会への溶け込みが容易となったワールデンブルグ症候群の1症例につき報告した。今後この症例の経験を元に、難聴児の平衡機能障害の中枢性代償を目的とした、水泳プログラム作成を考えて行きたい。

参考文献

〔1〕 前田秀彦 : 高度難聴児の平衡機能の発達に関する研究-重心動揺検査による定量的検討-帝京医学雑誌、10: 171-180, 1987.
〔2〕 亀井民雄、他 : 聾児およびふつう児童の平衡機能について、耳鼻臨床、77: 686-694, 1984.


三好耳鼻咽喉科クリニック開院20周年記念
絵本出版パーティー

再来年の2012年1月11日(水)、当院は開院20周年を迎えます。それを記念致しまして、太ちゃんを主人公にした院長の医学絵本が、いちい書房から出版されます。
  また、当日は記念講演会なども予定しておりますが、詳細は後日紙面にてご案内致します。

関連リンク: 3443通信 No.171 工藤技師のノーサイドクリニッ ク研修レポート
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