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Sportsmedicine 難聴児の水泳指導(第2報)
三好 彰;難聴児の水泳指導(第2報) Sportsmedicine Quarterly 2;80-84, 1990.

耳鼻咽喉科の医師として、難聴児の水泳に携わる著者が、難聴児の水泳指導に関する実態調査を行なった。未だ広く知られ実施されてはいないこの問題について、実に興味深い結果が示されている。

(編集部)


図1
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はじめに

 先に著者は、(1)難聴児の平衡機能発達の遅れ、並びに(2)障害故の難聴児親子の社会との融和の困難さ、を指摘した。と同時にワールデンブルグ症候群による高度難聴の1児が、親子ともどもスイミング・スクールに通うことによって、これらの問題点の解決策を見出すに至った過程を示した〔1〕 。

 それでは全国の難聴児たちは、この水泳による障害克服の可能性をどの程度享受できているのだろうか。今回著者は、全国の難聴児を持つ親の会会員へ難聴児の水泳指導に関するアンケートを送付、その実態を調査した。

対象

 全国の難聴児を持つ親の会会員中、我が子に水泳を施行させた経験を持つ会員40例。

方法

【1】アンケート内容

(1)水泳を始める前の、本人の体のバランスはどうでしたか? また、水泳を始めてからの体の発育やバランスの発達はどうだったでしょう?
(2)他の、水泳を習っている健聴児との交流関係はどうでしたか?
(3)親子の精神衛生の面で、水泳はどういう影響を与えてくれたでしょう?
(4)親子の地域社会への溶け込みという面から見て、水泳開始前後の変化はどうだったでしょう?
(5) その他気がついたことがあれば、教えて下さい。

【2】アンケート回答内容の分析


 バランス・体力・交流・自信・自立・意欲・集中力・呼吸法の改善・社会的不利・スクール等関係者が障害への理解を有しているか否か・難聴児親子の水泳に関する啓蒙の必要性・親子への精神的好影響、の各項目につき、
A : アンケートに記載がありその内容が水泳の影響(+)と考えられるもの
B : 記載はあるが水泳の影響(−)と考えられるもの
C : 記載のないもの
を判定した。

結果(表1)
 ほとんどの項目においてA>Bとなり、水泳が難聴児にかなりの影響を与えていることが推測できた。以下、各項目ごとに具体例を示す。

(1) バランス
A : 5.0%、B : 57.5%、C : 37.5%
*但し、水泳開始年齢6歳未満の22症例では
A : 9.1%、B : 50.0%、C : 40.9%、

 同じく6歳以上の17症例では
A : 0.0%、B : 70.6%、C : 29.4%

症例 Y.K.7歳男性
 2歳時、化膿性髄膜炎罹患。3歳時難聴に気づく。4歳より水泳を開始。
「2歳の時……首がすわらない赤ちゃんの状態になる。4歳の時、腰がふらふらしていて……階段も手すりなしでは降りられない……。訓練のため水泳を始める。最初は水の中でもバランスはとれない……。何ヶ月かするととれ出して来ました。」

(2)体力
A:40.0%、B:30.0%、C:30.0%(症例は省略)
(3)交流
A:57.5%、B:27.5%、C:15.0%

症例 M.O.7歳女性
 1歳時難聴に気づく。3歳より水泳開始。「補聴器を使用していないので会話は難しいですが、結構ふざけあったりして楽しんでいます。コーチの指示がわからない時は、他の子の行動を見ながらついていってます。」

(4)自信
A:45.0%、B:2.5%、C:52.5%

症例 K.G.12歳男性
 2歳時難聴の発見。6歳より水泳開始。
「こどもが行きづまった時は、きこえないので他の友達より遅くなるけど、頑張って努力すればすぐに追いつくと励ましました……。その時の私は、“あなたはきこえないので他の友達より何倍も努力が必要だ”、何事に対しても途中でやめないで“続ける努力”を教えたいと思いました。頑張って学校の水泳大会の代表になったりして、まわりの友達も認めてくれるようになりました。本人も自信がついたようです。」

(5)自立
A:22.5%、B:0.0%、C:77.5%

症例 R.O.15歳女性
「補聴器が使えない状況の中で目や感覚で周囲のことを判断する……しかも親はそばにいない……能力は必要ですし、自立心を育てる上でも大切だと思います。」

(6)意欲
A:47.5%、B:0.0%、C:52.5%

症例 H.K.8歳男性
「精神力がついてきたように思う。つらくても苦しくても最後まで一生懸命頑張る気力ができてきた。」
(7)集中力
A:5.0%、B:0.0%、C:95.5%

症例 K.Y.7歳男性
「コーチの指示を見ていないと理解できないこともあり、“よく見ているように”といつもアドバイスしている……。順番を待っている間に他の子の泳ぎを見て把握し、ほとんど指示は的確につかんでいる。自分の順番が来るまで待ち、その間もボーッとせずにいるということをしっかり学んでいると思う。」

(8)呼吸法の改善
A:10.0%、B:0.0%、C:90.0%

症例 M.O.7歳女性
「“Mちゃんの声は高度難聴のわりにきれいだ。たぶん小さいころから水泳を習っているので、息の止め方・出し方の調節が身についているし、腹筋もきたえられているのだろう”と言われたことがあります。」

(9)社会的不利
A:12.5%、B:2.5%、C:85.0%

症例 K.A.12歳女性
「水泳を小さい頃からやらせたかったのですが、難聴ということでなかなか受け入れてもらえませんでした。同じ事をこの子一人にわかるまで何回も教えるわけにはいかないからと断られました。」

症例 K.K.8歳男性
「……入会許可も条件つきでした……。プール経営上、障害児を受け入れて何らか事故があった場合の責任問題が健常(聴)児より多発する可能性があるということから……。」

(10)障害への理解
A:27.5%、B:5.8%、C:67.5%

症例 M.O.7歳女性

「最初耳鼻科の先生などに“難聴児がスイミング・スクールだなんてとんでもない”とか反対されたことも……。」

(11)水泳に対する啓蒙の必要性
A:2.5%、B:2.5%、C:95.0%

症例 T.T.5歳男性

「……水泳自体はとてもよいスポーツだと思いますが、特別難聴であることに何か特殊な効果があるのかということは疑問です。」

(12)精神的好影響
A:85.0%、B:2.5%、C:12.5%

症例 Y.I.4歳男性
「……今では母子ともにスイミングに通う週2回の日を楽しみにしており、良い影響を与えてくれました。」

考察

 前記結果のように、水泳指導が難聴児に対しかなりの好影響を与えていることが推測された。

 まず、当初著者が期待した難聴児のバランス改善に水泳がどう関与するかであるが、当然のことながらアンケート調査の限界として医学的に厳密な改善効果を確かめることはできなかった。とは云え、(1)化膿性髄膜炎から難聴と平衡失調を来したK.Y.例においてバランスの回復をうかがわしめる回答が得られたこと、(2)著者の報告したワールデンブルグ症候群の症例〔1〕においてバランスの発達に水泳が奏功したと思われること、は推測できる。今後、前田〔2〕の述べる如く重心動揺検査などによるバランスの定量的測定法がこの方面にも導入され、客観的な証明がなされていくべきであろう。

 なお、今回のアンケートにてバランスの回復したと回答している2症例は、水泳開始年齢がいずれも6歳未満だった。前述の報告で前田は、高度難聴児の平衡機能の障害は小学校の中・高学年の間に健常児レベルに達すると推測している。この両者を考え併せるに、難聴児に対するバランス訓練を目的とした水泳指導は、小学校低学年までに開始されるべきと思われる。

 体力については、40.0%の例が改善を報告している。「体ががっちりして来た」「喘息がなおって来た」等の回答も見られた。

 交流は、57.5%の例が改善したと述べている。水泳指導の場は、普段の教育の場においても耳の不自由な子同士の交流が多くなると想像される難聴児にとって、良いインテグレーションの場となり得ていることが想像される。もちろんこの場は逆に健常(聴)児にとっても、膚で障害児に接触する絶好の教育の場となっていよう。

 自信に関しては、45.0%の例が改善を指摘した。殊に引用した症例K.G.では、どちらかと言えば学校でのいじめの対象となる危険性さえ有している障害児が、学校の水泳大会の代表になり周囲に認められ、自信をつけていくエピソードが報告された。

 自立は、障害者の永遠の課題である。加うるに障害児には、本人の親離れと親の子離れとが問題となる。今回のアンケートでは22.5%の症例が、水泳指導の自立に与える好結果を報告した。殊にプール内という、補聴器の使用できない状況において自らの位置を判断し行動する、難聴児には不可欠の訓練が水泳指導によって行われ得ることも報告された。難聴児の成長とともに、親の視点がプール内からプール外よりの観察へと移行することも、この目的に適っているものと思われる。

 意欲の面でも、自然な形で頑張りを学習させる水泳は47.5%の症例が良かったと回答している。

 集中力の面では、5.0%の例が有効と答えていた。難聴児が他人の発言を理解しようとするならば、不自由な聴覚以外に視覚による読唇(口話)を併用せねばならない。もちろんそれ以外に他の子供たちのしぐさを見て、指示された内容を推測・把握することも不可欠である。考えてみれば学校教育においても難聴児は、教師の発言内容について口話並びに同級生の行動の観察によって補わねばならない。水泳は、そのための訓練としても有用であろう。

 意外に理解が乏しいが、難聴児には呼吸法・発声法の指導が欠かせない。自分の出した声を自分の耳で聞き取ることのできない難聴児は、発声がフィード・バックできず声量・声質の調整ができない。ましてや、腹式呼吸を憶えることは困難である。その意味で、呼吸の調整と腹式呼吸を知らず知らずのうちに学べる水泳は、難聴児にとって極めて有意義と思われる。

 これだけ様々の利点がある水泳指導だが、残念ながら難聴児は社会的不利及び障害への理解不足のために、必ずしも十分にその福音を利用できていないように思われる。スイミング・スクール側の障害への理解不足は未だしも、専門の耳鼻科医の理解が乏しいのは問題であろう。更に地道な研究が重ねられ、社会一般に難聴児の水泳指導に関する啓蒙が行き渡る必要がある。もちろん、難聴児親子自身への水泳指導の利点の周知は欠かせない。

 なお、アンケートの中に、「うちの子が通っていたスクールでは難聴の子は初めてでしたが、その後快く難聴児を受け入れてくれるようになっただけでも息子が通った意味はあったのではないかと思っています。」との回答があったことを、是非付け加えておきたい。

 最後に難聴児親子への水泳指導の与える精神的好影響であるが、実に85.0%の親子が好影響を報告している。著者〔1〕が先に推測した如く障害児を抱えた家庭のストレス解消に、水泳は大きな力を持つものと思われる。中には難聴児本人が学業の為にスクールに通えなくなった後も、両親がその魅力に取りつかれて水泳を継続している例も存在した。

おわりに

 水泳指導の、難聴児に与える精神的・身体的影響並びに難聴児親子への社会的融和促進効果について検討する目的で、アンケート調査を行った。対象は全国の難聴児を持つ親の会会員中、我が子に水泳を施行させた経験を持つ会員40例であった。

 当初著者が期待した難聴児のバランス改善への水泳の関与は、アンケート調査の限界として医学的に厳密な改善効果を確かめることができず、その効果は示唆されるに留まった。 

 それ以外の面では水泳指導は、難聴児親子に様々の好影響を与えることが判明した。但し、未だに、専門家であるはずの耳鼻科医の無理解やスクール側の認識不足のために、難聴児は必ずしも十分にその福音を利用できていないように思われた。更に研究が重ねられ、社会一般に難聴児の水泳指導に関する啓蒙が行き渡る必要があろう。


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【本稿の内容は1989年8月22日、国際水泳医科学・コーチング会議(広島)にて口演・発表された。】

[参考文献]
〔1〕三好 彰:難聴児の水泳指導、体育の科学、39:548-550、1989
〔1〕前田秀彦 : 高度難聴児の平衡機能の発達に関する研究-重心動揺検査による定量的検討-帝京医学雑誌、10: 171-180, 1987.

 


関連リンク: 3443通信 No.171 工藤技師のノーサイドクリニッ ク研修レポート
  用語集  水泳
        難聴

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