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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 
2010中国・チベット調査レポート(3)

 看護課・浅野の2010年チベット調査第3弾です。いよいよ舞台は、チベットへと入って行きますが、果たしてチベットとはどんな場所なのか。お話しも佳境を迎えます。
看護課 浅野 佳代

9月20日(土)チベット・ラサ

 20日朝、重慶江北国際空港からラサ・ゴンカル空港へむけ出発しました。酸素飽和度測定も開始しています。院長先生・殷先生・稲川先生以外は初めて高地へ行くことになります。ドキドキ・わくわく・ちょっと不安という感じで飛行機に乗り込みました。無事、ラサへ着陸。飛行機を降り、いよいよチベットです。私は、即、平地と高地の違いを体験することになりました。チベットへくる前、前回チベットを体験しているスタッフに、動く時はゆっくりと・深呼吸を続けること等、いろいろ注意点を聞いていましたが、飛行機を降りて、いつものようにターミナルへ向かった時です。急に動機と胸苦しさを感じました。これはいけない!と思い、立ち止り深呼吸を繰り返します。酸素飽和度の測定値をみると80%台までさがっています。

ゴンカル空港・白いカターで祝福される

重慶の朝日
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酸欠!?

酸素ボンベの列

ヤルツァンポ川

低い気圧のためにふくれ上がった袋

ノルブリンカ

ノルブリンカにて

ボタラ宮(1)
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 酸素飽和度の正常値は95%以上。私は平地では98%以上あります。98%から80%台へ下がるというのは、通常、病院で患者さんにおこったら大慌てする値です。といっても原因は分かっていますし、私の健康に問題はないので、この場合は環境に慣れていけばよいということです。でも、動機はするし、胸苦しいし、(呼吸が苦しいというより、胸が苦しかったです)早くは歩けません。空港の職員に「早くしろ! 」と怒られながら、みんなのもとに追いつきました。機内に預けていた荷物を待つ間、メンバーそれぞれの酸素飽和度を測ります。やはりみんな80%台。爪や唇に血の気がなく紫色になっていました。さすがにこの時点で高山病の症状である頭痛や吐き気を訴える人はまだいませんでした。チベットのガイドさんらの歓迎をうけ、バスでラサ市内へ向かいました。私はとにかく深呼吸を意識していました。
 チベットはまだ雨季が終わっていないということで、到着時はどんよりと曇り空、真っ青な空を想像していたのでややテンションは下がり気味です。道路沿いのヤルツァンポ川のほとりで休憩をとります。ヤルツァンポ川は水量が豊富で雄大です。中国の長江や嘉陵江との違いは、水の色です。中国の川は茶色く濁っているのに比べ、綺麗な水でした。ホテルに到着。ホテルのロビーには酸素ボンベが多数おいてありました。
 重い荷物はホテルマンが部屋に運んでくれます。この日はゆっくり休憩する予定で解散ということになりました。自分の部屋へ入り、荷物を整理し始めました。つい、いつものように動きはじめたら、とたんに胸が苦しくなって頭が真っ白になります。うずくまって深呼吸。とにかくゆっくり、ゆっくり動くようにしました。目に見えない酸素の重要性を実感します。ところが、こんな感じになったのは私だけで、一緒に初めてチベットを訪問した高橋Nsは元気に活動していました。高地への順応には、だいぶ個人差があるようです(年齢差ではなく個人差です! )。

空気の不思議

さて、空気と気圧の関係ですが、気圧が高いと空気が圧縮され、気圧が低いと空気は膨張します。空気の体積は変わりますが、成分の中身が変わるわけではありません。

  気圧が低く空気が膨張すると空気が薄くなるのです。つまり同じ体積の空気中に含まれる酸素の量は、気圧の高い場所より低い場所が、少なくなります。標高の高い場所は気圧が低くなりますから、酸素が薄いということです。人が一呼吸で吸える空気の量は2.5~3リットル位です。それ以上は吸えません。体が、吸収できる酸素の量が少なくなります。深呼吸や頻呼吸で酸素を補う必要があるのですが、それにしても、想像していたより過酷でした。私はダイビングで海に潜りますが、海の中ではこれと逆のことがおこります。水圧でタンクの中の空気が圧縮され体積が小さくなってしまいます。酸素は濃くなるから心配いらないのですが、体積が小さくなるので一呼吸で消費する空気の量が増えます。タンクの中の空気の量は限られているので、深く潜れば潜るほど、空気は早くなくなります。知らない間に空気が減っているので、危ないのです。人間が普通に活動できる環境って意外と狭いですね。7~8,000m級の山を登る、登山家の方々を改めて尊敬します(何故そこまでして、山にのぼるのかは、疑問ですが……)。

9月21日(火)ラサ市内を観光

 2日目、体も環境になれたところで、ラサの観光です。まずダライ・ラマの夏の離宮ノルブリンカです。

  ノルブリンカはダライ・ラマ7世が1740年代に造営を始め、完成後はダライ・ラマの夏の離宮として利用されていました。敷地内には、歴代ダライ・ラマが建てたいくつもの離宮があります。実際いろいろな建物があり、庭も花壇が整備され、今は広々とした綺麗な公園といった感じでした。

  つづいて、いよいよポタラ宮です。チベットには7世紀に本格的に仏教が伝わります。仏教にはゲルク派・ニンマ派・サキャ派・カギュ派等、多数の宗派がありますが、1578年ゲルク派のデブン・ゴンパ(ラサの寺院)の曹長にダライ・ラマ(ダライは大海、ラマは上人)の称号が贈られます。そして、1642年にダライ・ラマ5世による政教一致のチベット統治がはじまります。ダライ・ラマ5世がラサを首都に定め、ポタラ宮を建設しました。

  以後、内乱があったり、清国に干渉されたり、イギリス、ロシアの接近があったりしますが、1959年ダライ・ラマ14世がインドに亡命するまで、ポタラ宮はチベットの政治・宗教の中心でした。ダライ・ラマ14世の亡命後は中華人民共和国の統治下におかれ、中国の一部になります。

  ポタラ宮は写真やビデオで何度も目にしていましたが、実際にみるポタラ宮は想像していた通りの美しさでした。その周囲も綺麗に整備され、入場に際してはセキュリティチェックがあったり、見学時間1時間以内と決められていたり、今ではしっかり管理された観光地でした。

  しかし、興味深いのは、やはりその内部でした。写真撮影は禁止されており、紹介できないのが残念ですが、350年という歴史を実感させられる古さと威厳がありました。ポタラ宮内には、ヤクのバターでつくられた油で明かりが灯され、経典の記された巻物が壁いっぱいに納めてあり、歴代のダライ・ラマの霊塔(本当にダライ・ラマがここに眠っているとのことでした)など、神秘的でまるでダライ・ラマの魂が今でもさまよっているかのような雰囲気でした。


ボタラ宮(2)
 
ボタラ宮(3)

ボタラ宮(4)
 
ボタラ宮(5)
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大昭寺

五体投地

問答修行中の僧侶
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 私がチベットという場所を知ったのは、ブラッド・ピット主演の映画、セブンイヤーズ・イン・チベットを見た時だったと思います。収容所を脱走してチベットに逃げ込んだブラッド・ピット演じるいけすかない登山家が、チベットの人々や当時少年だったダライ・ラマ14世との交流で癒されていくというストーリーでした。実話をもとにしたというこの映画で描かれているチベットのイメージは、秘境という感じでしたが、訪れてみるとだいぶイメージとは違っていました。時代が違うので当然ですが……。

 ただ、今でもチベットの人々の信仰心は変わらないようです。町を歩いている人はたいていマニ車を回しています。なお、経文の入った車を、時計回りに1回まわすと1回経文を読んだ事になるそうです。ちょっと手抜きのような感じがするのは、私だけでしょうか? 私もお土産にマニ車を買って得意げに回して歩いていました。でも、回し方が、間違っていたようで知らないチベットのおばさんに足を止められ、マニ車の回し方を指導されてしまいました。きっといいかげんに振り回しているだけの観光客が目についたのでしょう……。

 最後に訪れたのは、大昭寺・ジョカンです。ジョカンは7世紀中期に創建された寺院で、その時代チベットを統一し、ラサに遷都したソンツェン・ガムポ王の菩提寺として、唐から嫁いできた王妃(文成公主)とネパールから嫁いできた王妃が協力して建立したものと考えられているそうです。ポタラ宮より古く歴史のある寺院で、チベット仏教の聖地になっているようです。ジョカンの門前には五体投地をする人がおり、中庭では僧侶が問答修行を行っていました。観光客が見学できるのは午後からだけで、午前中は信者や僧侶のために観光客は入れないようになっています。そんな所でもチベットの人が信仰を大事にしているのがうかがえました。またジョカンの3階からは、美しいポタラ宮を眺めることができました。

 この日はチベットの中国料理店で、きのこ鍋をいただいて、夜間は睡眠調査のために鼻や指にセンサーをつけ脳波や睡眠時の酸素飽和度の測定を行いました。明日は標高5,000m以上の峠を越えて、林芝(リンチー)へ向かいます。無事、峠を越せますように……と、祈りながら眠りにつきました。

つづく

2010年チベット調査 旅レポ(2)   2010年チベット調査 旅レポ(4)


関連リンク: 用語集 索引:チベット
関連リンク: 用語集 索引:アレルギー調査
  2010年チベットムービー

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No.193
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