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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 
ラジオ3443通信 突発性難聴によるめまい

江澤アナウンサー(以下An.): 三好先生、今回も世界で初めての発見のお話しを、伺えるんですよね?

三好院長(以下Dr.): ええ。でもその前に、ここで前回までのお話しの、簡単な復習です。
 スギ・ヒノキ花粉症の発見された1964年当時、これは日本特有の病気と錯覚されていました。なぜなら、ことにスギは、日本スギという名前があるだけに、日本にしか無いはずでした。花粉症という、病気の原因が日本限定のものだったなら、病気も日本国内にしかあり得ない。そう考えるのも、無理ないですよね。

An.: そうですよね!
  でもそれは間違いだった・・・・・・。

Dr.: スギは実は、200万年前の第三紀鮮新世のときに、地上に出現した植物でした。そしてその頃から1万年前まで、アジア大陸と日本とは陸続きでした。1万年前の氷河期の終わりとともに、いわば温暖化が起こります。この結果、世界中の海の水面が上がります。するとそれまで湖だった日本海が、もちろんそんな名前じゃなかったんでしょうけど・・・・・・今と同じ形の日本海になります。

An.: 日本海じゃなくって、日本湖だったかも知れませんね。

Dr.: 日本湖のときには、地続きだった日本とアジア大陸の間に、スギの木が連続して生えていたみたいなんです。それが日本海の完成とともに、日本のスギは日本に、アジア大陸のスギは大陸つまり今の中国のスギに、なってしまいます。

An.: でも、もともとはおんなじスギですよね?

Dr.: だから、日本スギつまりメイド・イン・ジャパンのスギも、中国産スギすなわちメイド・イン・チャイナのスギも、実は同一のスギでして、DNA鑑定をしたら兄弟だということが判ったわけです。

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An.: そして花粉症も、日本のスギ花粉症と中国のスギ花粉症は同じ病気だったんですよね?

Dr.: それを確認するために私たちは、1998年に中国の南京医科大学耳鼻科を受診した鼻炎の30歳の女性に、日本スギの花粉エキスでアレルギー検査をしました。
  そしたらその女性は、みごと日本スギ花粉のエキスに陽性反応を示し、つまり世界初の日本以外の国におけるスギ花粉症症例であることが、判明しました。

An.: 中国にもスギ花粉症が見られるということと、もう一つ、中国のスギ花粉症患者は、日本に生えている日本スギの花粉で、花粉症の発作が起きるということですよね?

Dr.: その通りです、江澤さん。
  さてそれでは、メイド・イン・ジャパンのスギと、メイド・イン・チャイナのスギが、その性質までまったく同じものであることを証明するには、次は何をすれば良いでしょうね。

An.: ええっと、ちょっと待ってくださいよ、三好先生。いま、頭のこの辺まで考えが浮かんで・・・・・・。判りました、三好先生!
  日本人のスギ花粉症の人が、中国で花粉症発作を起こしてたら、証明できちゃいます。

Dr.: 江澤ワトソン君、君は今日もサエわたっているね。

An.: でしょ、でしょ! 三好ホームズ先生。

Dr.: そこでだね、ワトソン君。ここに、一人の内科医がいるのだよ。
  この男はいま苫小牧市で、趣味のヘリコプター操縦を楽しみながら、診療所を開いている。そう思ってくれたまえ。

An.: ホームズ君、その男とスギ花粉症との関連について、君は何か重大なヒントを持っているようだね。

Dr.: フム、この男だが実は広島生まれでね。小さいときから、スギ花粉症の発作には祟られていたと伝えられる。
  ところがこの男が苫小牧市で医院を始めたその瞬間、スギ花粉症発作はまったくその影を潜めたんだ。

An.: ホームズ君、そこに何か重大な鍵が隠されているね?

Dr.: 世紀の謎はまだ序の口だよ、ワトソン君。
  単にこの男が、発作を起こすほどのスギが、苫小牧には無かっただけなのだ。ところが、ワトソン君。

An.: 怪事件が起きたんだね?

Dr.: この男が、ヘリ訓練のために中国の成都市でフライトしたところ、これまで10年間無縁だったスギ花粉症発作が、突如男を急襲したんだ。

An.: ホームズ君、「ヘリコプター男、謎のスギ花粉に襲われる」といったところだね。
  そのスギは、いったい誰が、何処から持ち込んで、何のために、ヘリコプター男襲撃に使用したんだろう。

Dr.: ワトソン君、怪事件ほど、種明かしは簡単なのだよ。

An.: ホームズ君、もったいぶらないでくれたまえ。

Dr.: 成都市には、もともと中国産スギがたくさん生えていて、男はフライトで花粉舞い散るスギ林の中を飛び回った、それが事件の真相さ。

An.: (笑)三好先生、日本人でも中国でスギ花粉症からのがれられないって、良く判りました。でもそのヘリコプターが趣味の先生は、災難でしたね!

Dr.: 私たちは、それだけじゃなく、中国で採取したスギ花粉をこの先生に吸い込ませて、ホントに発作が起きるのか、人体実験をしました。

An.: そしたら、本当に、花粉症発作が起きたんですか!?
  三好先生次回のお話し、どういう展開になるんでしょうか。江澤は今晩、眠れません!!

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実は兄弟!?日本スギと中国スギ

An.: 三好先生、前回は、スギの木は日本独特ではなく中国にもあったこと、中国にもスギ花粉症は見られ、しかも日本スギの花粉エキスで、中国の人は発作を起こすこと、について伺いました。
  それに、これはまだお話しの途中なんですけど、日本のスギ花粉症の男の人が中国へ行くと、発作を起こすことについても、お話しが進んでいます。
  三好先生、先生はこのスギ花粉症の方に、人体実験を行なったって聞きましたけど、ホントですかぁ?

Dr.: 成都市のヘリコプター訓練で、この内科医が花粉症発作を起こしたことは、まず間違いないんですけどね。私も、この目の前でその発作を確認しなくっちゃ。そうでなきゃ、それは単なる伝え聞きでしかありません。
  実証が、医学の世界では何よりも重要なんですよ。

An.: 勉強になります。

Dr.: この場合、その内科医にスギ花粉による誘発反応検査を行なう必要がありますから。

An.: なんですか、そのジョーハツ検査って?

Dr.: ジョーハツじゃなくて、誘発反応検査なんですけど。スギ花粉を、花粉症の人の鼻の粘膜に人工的に付着させて、くしゃみ・鼻みず・鼻づまりが起こるかどうか、目前で確かめるんです。

An.: それは、具体的には、どうするんでしょうか。

Dr.: この方の場合、確認すべき事項は、日本スギの花粉症であるこの方の鼻粘膜が、中国産スギを吸い込んでも発作を起こすかどうか、です。

An.: でも、日本じゃ中国産スギの花粉なんて、売ってませんよね。

Dr.: うまい具合に、以前中国各地でスギの木を探して歩いたときに採取した、昆明つまり雲南省の中心地のスギ花粉を、私たちの研究室には保存してありました。

An.: そんな偶然みたいなことって・・・・・・、現実にあるんですねぇ。

昆明市の樹齢800年の孔雀杉
昆明市の樹齢800年の孔雀杉
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Dr.: この昆明のスギも古い巨木で、樹齢800年で直径2メートル。その幹には、孔雀杉という木の名前とともに「元」の時代の木であると、明記してありました。

An.:  「元」って、あの元寇のときの?

Dr.: 日本じゃまだ鎌倉時代だったんですが、そのときから生えているスギの巨木なんです。

An.: そんなに古いスギの木って、花粉を飛ばしてるんですか?
  その花粉は、まだ生きているのかしら。

Dr.: それを確認するために私たちは、解凍した孔雀杉の花粉を、まず仙台の当院つまり三好耳鼻咽喉科クリニックの、花粉症の職員の鼻粘膜で誘発検査をしました。

An.: それ、もしかして、花粉を鼻のアナへ突っ込んでやるんじゃないんですか。

Dr.: もしや江澤さんには、超能力があるんじゃないんですか。確かに、その通りですよ。

An.: (澄ました表情で)いいえ、これは単なる江澤の第六感です。

Dr.: (納得の行かない顔つきで)まぁそんなわけで、孔雀杉の花粉を当院の職員の鼻粘膜に付着させました。そうしたら・・・・・・。

An.: くしゃみが出たんですね?

Dr.: 鼻がつまって、くしゃみが出て、滂沱たる鼻みずがズルズルと。私は、将来この子はお嫁に行けるかと、一瞬胸騒ぎを覚えたほどでした。

An.: 無事、その職員はお嫁に行けましたか?

Dr.: ええ、花粉症はそのシーズン以外、外から見てもそうとは判りませんから(笑)。

An.: 三好先生、話が大分迷子になってますよ。

Dr.: エヘン!
  話題の内科医は、苫小牧市に医院があります。
  で、私たちは苫小牧市の隣町である白老町へ、毎年耳鼻科学校健診に行ってますから。

An.: 北海道まで健診に?

Dr.: 幕末に仙台藩が蝦夷地警備に赴いたとき、その責任者で白老町に仙台藩陣屋を置いたのが、私の先祖だったんです。

An.: 三好先生はそのご縁で、毎年白老に?

Dr.: 耳鼻科医不在の、白老町の健診を始めて、約四半世紀になります。

An.: それじゃ、苫小牧まで検査に行くのは、意外に簡単。

Dr.: と言うことが背景にあって、私たちの健診グループは苫小牧の内科医の医院を、訪れました。そうしたら、その先生の医院の庭にはヘリコプターが置いてあって・・・・・・。

An.: それじゃ成都市でフライトしたお話しが。

Dr.: 現実なんだと、実感できました。

An.: で、誘発実験はどうなったんですか?  なんだか江澤まで、胸がドキドキして来ました。

Dr.: ドクター・ヘリのあだ名のある内科医の先生に、私たちのこれまでの研究の推移と、どうしても先生にご協力頂きたい旨を、一生懸命ご説明しました。幸い先生に、私たちの研究の目的を理解して頂くことができましたので、誘発検査を行なうことができました。

An.: くしゃみは出ましたか?  鼻づまりと鼻みずはちゃんと見られましたか?

Dr.: お陰さまで、検査結果はすべて陽性反応を示しました。
  これで、日本スギと中国産スギは、見た目もDNAもほとんど共通で兄弟である、とのこれまでの調査結果に加え、花粉症を引き起こす成分もまったく同じであることが、世界で初めて証明できました。

An.: 三好先生の研究は、本当に世界初、という内容が多いですよね。

Dr.: 偶然、幸運に恵まれただけ、だとは思いますけれど、ね。

An.: 次回の三好先生のお話しも、楽しそうですね。あといーくつ寝ると、次のお話しかな、なんて考えて指を折ってます。

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国民病になったワケ

An.: 三好先生、チベットの樹齢2600年のヒノキのお話しに始まって、とうとう日本スギと中国産スギが同じであること、日本人も中国人もどちらの国のスギでも花粉症の起きること、について伺って来ました。
  で、その理由が200万年前のスギの起源にあることも、教えて頂きました。

Dr.: 身近な病気でも、想像もできないほど、深い背景のあることもある。そんなお話しでしたね。

An.: でも江澤には、頂いた年賀状の樹齢2600年のヒノキが、気になって気になって、仕方がないんです。
  イエス・キリストが生まれる前から生えていたヒノキなんて…・・・。
  三好先生はどうして、この写真を撮りに行こうと、お考えになられたんですか?

Dr.: お話しは中国のスギ花粉症を発見したときと、同じようなきっかけからなんですが。
  2001年、ちょうど10年前にチベットでのアレルギー調査を始めたときに・・・・・・。ああ、そう言えばアレルギーはチベットでは、すごく少ないんですよ。

An.: それはどうして?

Dr.: 私たちもそれを知りたいと思って、調査してるんですけど。
  そもそも日本だって、昔はアレルギーがとても少なくって。花粉症だって、第二次世界大戦前には、日本にはゼロだったんです。

An.: ウソみたい!

Dr.: ところが1960年になって、日本人にもブタクサの花粉症のあることが判って。それからは1963年のスギ花粉症の発見など、続々と花粉症が見つかるようになって来たんです。
  お陰で今じゃ、スギ花粉症には「国民病」という、不名誉なアダ名が付いていますからね。

An.: 「国民病」はひどいですね(笑)。

Dr.: 欧米にはもちろん、花粉症は昔から存在していて、一般的な病気でした。
  それなのに、日本に近年まで花粉症がほぼゼロだったこと、世界大戦後急激に増加したことなどから、花粉症は一種の文明病ではないかと、私たちは考えました。

An.: 文明病って何ですか?

Dr.: 生活環境の、いわゆる「欧米化」によって起きて来る病気の総称で、たとえば肥満や糖尿病なども「文明病」の範疇に入ります。

An.: なんとなく、イメージが湧いて来ました。

Dr.: 恐らくアレルギーや花粉症も、食生活や住環境の近代化の影響を受けて、増加した病気だと、私たちは睨んだんです。

An.: 睨んだんですね(笑)?

Dr.: その目で私たちの、日本・中国・チベットのアレルギー調査データを見なおすと、アレルギーの頻度は日本が一番高いんです。

An.: 中国やチベットは、もしかすると低かったんでしょうか?

Dr.: 大雑把に言いますと私たちの検査データでは、日本人小中学生のアレルギーの頻度が40%前後、中国人小中学生の頻度が25%前後、そしてチベットの小中学生のそれは10%前後、だったんです。

An.: そんなに違うんですか!?

Dr.: しかもこれら日本・中国・チベットのアレルギーは、毎年調査していると少しずつ増加しているように見えたんです。

An.: それじゃ、いつか中国やチベットのアレルギーも、日本みたいに多くなるかも知れませんね?

Dr.: ですから私たちは、中国やチベットで今後アレルギー調査を続けて行けば、「文明病」であるアレルギーの背後に存在する環境の変化を、突き止められるんじゃないかと、思ったんです。

An.: そしたら、アレルギーや花粉症のこんなに増えた訳も、もしかしたら判っちゃう?

Dr.: そしたら、治療方針のヒントも見つかるかも知れない。私たちはそういうアイデアで、20年以上世界各地でのアレルギー調査をやって来たんです。

An.: 20年以上、ですか?

Dr.: 残念ながら、社会状況の変化などで、完璧なデータを揃えることが、まだできていないんですが・・・・・・。政治的に不安定な地域での調査では、時にそういうこともあるんです。

An.: そうした状況の中で、20年以上調査をして来たって、それだけで江澤は感心します。

Dr.: でもね江澤さん、副産物に近い形で、思わぬ成果の見つかることも多いんです。

An.: 副産物って、なんですか?

Dr.: それこそが、中国産スギの発見や中国でのスギ花粉症の発見、そしてチベットでのスギ・ヒノキの確認ですよ。

An.: 話が見えて来ました!  だからチベットで、樹齢2600年のヒノキを探したんですね?

Dr.: 10年前にチベットで、アレルギー調査を始めたときに、なぜか標高3,640メートルのラサ市で、スギに陽性反応のある現地の子どもが、2人いたんです。

An.: 富士山の頂上の高さですよね。

Dr.: わたしたちもそれが不思議でならなくて。 北海道や中国の経験から、スギ陽性の被験者の存在は、必ずスギ花粉の飛散を示しています。
  でもラサ市は、全然緑地の見られないハゲ山に囲まれた盆地です。スギ花粉あるいはヒノキ花粉が、ハゲ山のどこから飛び込んで来るのか、私たちにはナゾでした。

An.: ナゾは、解けたんですね?

Dr.: なんと、「地球の歩き方」というガイド雑誌に、林芝というラサ市の400キロ東の地域に、樹齢2500年以上のヒノキがある、と書いてありました。おまけにその写真も、インターネットで公開されていました。
  医学は科学です。私たちはそのヒノキを、この目で確認せねばならないと、決意したんです。

An.: それは、実現したんですよね。

Dr.: お話しは、また次回へ、つづく(笑)!

An.: 三好先生、有難うございました。
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紀元前のオオヒノキ

An.: 三好先生、前回はチベットのラサ市のような、標高3,640メートルという高地で、スギやヒノキにアレルギー反応陽性となる被験者がいたこと、だけどラサ市にはスギやヒノキなどの緑がまるで観察されないこと、ラサ市から東に400キロ離れた地域には、樹齢2500年以上のヒノキがあるらしいこと、などについてお話しを伺いました。

Dr.: そうです。こうした一見何の繋がりもない現象は、いったい何を意味しているんでしょうか?

An.: それを解決するために三好先生は、イエスキリストより古い、ヒノキを確認して来られたんですよね。

Dr.: 私たちはほぼ毎年チベットへ、こうした調査のために出掛けているんですが、2004年の調査のときに、若手研究者を林芝(リンチー)というこのヒノキの植生地へ派遣しました。
  彼らは、標高5,000メートル以上のヒマラヤ山脈を越えて林芝へ赴き、とうとうそのヒノキを確認したんです。
  もちろん、そのサンプルも日本に持ち帰り、専門の植物学者に鑑定してもらいました。 
  その結果、本物のヒノキであることが専門家のお墨付きで、判りました。

An.: じゃヒノキは、間違いなくチベットに存在するんですね?
  ヒノキの花粉も、チベットで飛散してますよね。それじゃチベットに、スギ・ヒノキ花粉反応陽性の被験者がいるのは不思議じゃない?
  アレッ、三好先生。スギやヒノキの花粉は、標高5,000メートルのヒマラヤ山脈の上を、はるか400キロ西のラサ市までフワフワ飛んで行くんですか(笑)。ちょっと、遠すぎるような気もするんですが。

Dr.: 私たちもそれがナゾでして。確認のためにラサ市で1年間、それも毎日、空中を飛んでいる花粉を、プレパラートで数えたんです。

An.: 花粉は、飛んでいたんですか?

Dr.: 数こそ多くはありませんが、ラサ市内でもスギ・ヒノキ花粉の飛散していることが、証明できました。

An.: でも、ラサ市内ってハゲ山ばかり、とお聞きしました。町中に、スギやヒノキの木が生えているんでしょうか?

Dr.: ラサ市上空から、私が偶然に撮影した市内の光景を、改めて見なおしてびっくりしました。
  ラサ市内は、ほとんどハゲ山に囲まれた盆地なんですが、一ヶ所だけ、ほんの少し、緑地があったんです。

An.: ホントですか?  それはいったい、どこだったんでしょう。

Dr.: ダライ・ラマ14世の冬の宮殿は、有名なポタラ宮です。江澤さんも、ご存じでしょう。標高3,640メートルの地点に聳え立つ、高さ116メートルの宮殿です。

An.: ブラッド・ピット主演の、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」で見たことがあります。

Dr.: それに対し、ダライ・ラマの夏の宮殿は、ノルブ・リンカと称して街中にあるんです。そしてここは、中国のチベット侵攻に際して、1959年3月17日深夜、ダライ・ラマ14世がラサ市を脱出したその場所です。

An.: まさに、事実は小説よりも奇なり、ですよね!

Dr.: ダライ・ラマはそのまま、インドのダラム・サラに亡命したんですけれども、ね。
  このノルブ・リンカは、ダライ・ラマのために、世界中から珍しい品々が寄贈されていたんです。

An.: 珍しいものって、例えばどんな?

Dr.: ダライ・ラマが、常に情報を集める拠り所としていたラジオ、これは英国政府からの贈り物だったんですけどね。
  もっと珍しいものもあって。
  江澤さん。ダライ・ラマのトイレって、どんなトイレか、想像できますか?
  信じてもらえないでしょうけれど、ダライ・ラマのトイレは水洗便所だったんです。

An.: ダライ・ラマって、清潔好きだったんですね!

Dr.: ノルブ・リンカには、世界中の珍しい動物を集めた動物園もあって、その中ではヒョウが飼われていた、と言われています。

An.: それじゃ、もしかすると植物園も?

Dr.: そうなんです。 ノルブ・リンカの中には、ラサ市内とは思えないほど豊かな緑が生えていて、実はそれらの中に・・・・・・。

An.: スギやヒノキがあったんですね!

Dr.: 正解です。 ノルブ・リンカの入り口から出口まで、見事なスギ・ヒノキの回廊が、観光客を出迎えてくれます。

An.: それじゃ、ラサ市内を飛散していたスギ・ヒノキ花粉は・・・・・・。

Dr.: そうです。この、ノルブ・リンカからラサ市内を舞い散っていたらしい、ということが後から判りました。

An.: そんな、ちょっと信じられないような(笑)。

Dr.: 先入観、でしょうか。私たちの2001年の宿泊は、ノルブ・リンカに隣接するホリディ・インでしたし、ノルブ・リンカの前はいつも通り過ぎていたんですけど・・・・・・。気が付きませんでした。
  今思うと、ノルブ・リンカの入り口の門のすぐ内側に、スギ・ヒノキの生い茂っているのが、道路からでも見えるんです。
  だから冷静に考えると、10年前からラサ市のスギ・ヒノキは、この目で見ていたはずなんですけれどもね。

An.: そういうことって、案外あるかも。

Dr.: ともかく私たちは、目前に存在したスギ・ヒノキを認識できず、5,000メートルのヒマラヤ越えをし、樹齢2600年のヒノキを確認しに遠征したことになります。そんな思い出が、江澤さんお気にいりのこの写真には込められてるんです。

An.: 三好先生の、すごく苦い想いが、年賀状を受け取る人の心に届くんでしょうか?
  すごく印象的で、江澤もチベットへ行ってみたくなりました。
  三好先生、本日も面白いお話し、有難うございました。

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花粉症と大気汚染

An.: 三好先生、話題のスギ花粉症もいよいよ爆発寸前ですね。

Dr.: そうですね。毎年発作に悩まされる方は、今からでも遅くないと思います。アレルギーの治療を、心がけておくべきでしょうね。

An.: 良く聞く話題なんですけれど、スギ花粉症がこんなに増えたのは、環境が悪くなったせいだって言われますよね?  特に、大気汚染が一番の犯人だって・・・・・・。

Dr.: 一言で言って、それはウソです。

An.: ウソって、三好先生!  東京都でのディーゼル排気規制を始め、大気汚染対策はスギ花粉症予防策として、むしろ古典的と言えるオーソドックスな方法じゃないんですか?

Dr.: 実は、石原慎太郎・東京都知事によるこれら排気規制と大気汚染対策は、すべて失敗しています。
  都知事が自慢していたこうした排気規制の結果、知事自身が生まれて初めてスギ花粉症になってしまったりして。

An.: 三好先生、今日も冗談ばっかり!

Dr.: 事実は小説よりも奇なり、順を追ってご説明しましょう。

An.: 三好先生、今日もゾクゾクするようなお話しが伺えますね!

Dr.: そもそも、スギ花粉症が大気汚染の為に悪化する、そう認識されるに至ったのは、日光いろは坂における車両通行量とスギ花粉症増加傾向についての、論文が元でした。

An.: いろは坂を通過する車の量が増えたら、その近辺ではスギ花粉症が増加したって、有名なお話しでしたよね?

Dr.: その論文では、日光周辺の住民のスギ花粉症の頻度を長年調査していたところ、いろは坂の車の通行量のすごく多くなった時点から、住民の花粉症も激増したと書かれていました。
  たまたま時期的にも、さまざまの汚染物質の人体に及ぼす影響について、社会的議論の的となっていたタイミングでもあり、このアイディアはただちに有名になりました。
  本論文では結局、スギ花粉症を悪化させるのは、いろは坂を通行する車のディーゼル排気物質、それをDEPと略称するんですけれども、がアレルギー反応を亢進させるそのせいだ、と結論付けました。

An.: ああ、それでディーゼル排気の規制が始まったんですね!

Dr.: そうなんです。それで10年前から、東京都内へのディーゼル・トラック走行制限が、実施されたんです。

An.: それじゃあ東京都内は、スギ花粉症がものすごく減少しちゃったんでしょうね?
  東京都民は、喜んでくれたのかしらね。

Dr.: ところが、江澤さん、これはここだけのお話しなんですけどね。実は、都内の花粉症患者の数は、まったく少なくならなかったんです。

An.: ウッソー!

Dr.: それどころか、このディーゼル規制政策を言い出した当のご本人、つまり石原都知事が生まれて初めてスギ花粉症になってしまったんです。

An.: ありえない・・・・・・、そんなこと、ありえない(笑)。

Dr.: この、都知事自身による人体実験の結果、大気汚染によるスギ花粉症悪化説は、だれも信じなくなってしまって。

An.: なんだか、可哀相。

Dr.: そういう経過の後、日光いろは坂のディーゼル排気犯人説を見なおすと、違う結論が最初から・・・・・・。

An.: 最初から答は出ていた?

Dr.: 論文には、車両の通行量が増加すると、スギ花粉症が増加する、とはっきり書いてありました。その点は、私たちが本論文を読み直しても納得できます。
  しかしこの論文では、そこからいきなり飛躍して車のディーゼル廃棄物が原因、と断言しちゃった。

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An.: 論理の飛躍、ですか。

Dr.: いろは坂の通行量が増加する頃、恐らくいろは坂は舗装道路になったんじゃないかと思うんです。

An.: 車両の通行量が増加すれば、舗装は当然です。

Dr.: するとそれまで、空中を飛んでいたスギ花粉が地面に落下した後、そのまま吸収されて舞い上がらなかったのに対し、舗装道路では…… 。

An.: 地面に落ちた花粉は吸収されない、つまり消えて無くならないから、次から次に車の車輪が路面の花粉を巻き上げることになりますよね、三好先生。

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Dr.: それら、空中を2度も3度も舞い散っている花粉は、もう一度人間の鼻に吸い込まれてアンコールのスギ花粉症発作を起こしかねない、とは江澤さんは思いませんか?

An.: えっ、それじゃいろは坂のスギ花粉症増加は、大気汚染が原因ではなかった(笑)?

Dr.: 江澤さんは1を聞いて10を知るから、私たちとしても話しがいがあります。いえいえ、もっと江澤さんには才能を発揮してもらいましょう。
  ズバリ、江澤さん、石原都知事のスギ花粉症対策は正しかったでしょうか?
  その後石原都知事は、ディーゼル規制を中止したみたいですけれど。

An.: 三好先生、それは歴史が証明していますから!

Dr.: そうですね、東京都は排気規制政策を転換して、スギを伐採する政策を行なうようになりました。
  江澤さんは、座布団10枚ですね。

An.: 久しぶりのハワイですね!  江澤、嬉しいです(笑)。
  三好先生、次回も何か世界で初めての発見について、お話しを伺うことができますか?

Dr.: 一時期、回虫など寄生虫の減少したことが、スギ花粉症の増加した原因と騒がれたことがありました。あれもウソです。

An.: 三好先生、次回はそのお話し、絶対ですよ!!

 江澤は、それまで、とっても眠れません


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No.194
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