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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集
 
 

9月17日(土)南京
 この日、宜興をあとにした一行は、南京に向かいました。

 南京は、かつて三国時代の呉の首都があり、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳や南京国民政府の首都といった各時代における要衝として栄えた都市です。14世紀から15世紀(鎌倉~室町時代)にかけては世界最大の都市でもあり、別名「金陵」と呼ばれ、古くから長江流域や華南地方の中心地です。

 また、南京は中国三大ボイラー(他は重慶、武漢)といわれるほどの猛暑地帯で、訪れた調査団は、全員汗だくで市内の散策をしました。

(図1)「ユー・アー・グレート・マン」とは、私に対する副学長の一言でした
(図2)程雷主任教授(左)、客員教授の私(中)王副学長(右)


南京医科大学を訪問
 私が籍を置く南京医科大学には、弟子である程 雷主任教授、殷 敏助教授が活躍しており、調査のナビゲーターとして随行してもらっています。

 この日は、程先生と殷先生の案内で南京医科大学の王副学長と面会しました(図1)。

 王(わん)副学長から、若手の育成に尽力している我々に対して御礼の言葉をいただきました。 
 私からも、我々のアレルギー調査に、将来を有望視されている優秀な人材を提供して頂いたことに、感謝を申し上げました。

 その夜は、宜興での大宴会に引き続き、しこたま歓迎の杯を重ねてしまった調査団員は、見事な三日酔いになりました(図2)。





(図5)右から左へ読むウイグル語の看板と回族の帽子


9月18日(日)ウイグル自治区・ウルムチ市(図3)
 ウイグル自治区の首府とされるウルムチ市は、中国西部地方最大の都市です。

 南に天山山脈をいただき、古くから中央アジアや欧州との交易で栄えた歴史があります。

 内陸性気候のため年間を通して非常に乾燥しており、日中の日差しはとても強いのでサングラスは必需品です(図4)。

 街並みをみると、中国というよりはイスラム色の強い雰囲気が感じられます。これは、ウイグル人がイスラム教徒であるためで、中国語とウイグル語(アラビア語のように右から左に読みます)が一緒に表示されています(図5)。

 また、ウルムチはいくつかの人種が住まう地域で、主にコーカソイド系(白人)、モンゴロイド系(漢民族)、満州から強制移住させられた満州族からなります。

 満州とは、もともと中国東北部の地域に住む民族名でした。

 しかし、現在では第二次大戦の際、大日本帝国の支援により建国された満州国のことを、指しているとも言われています。

 その三民族に対して、今後はアンケート調査を実施し、それぞれの民族の有症率を検査したいと考えています。

(図3)ウルムチ空港 (図4)私はダレでしょう?



ウルムチ人民医院を訪問
 我々はまず、ウルムチ人民医院を訪れカシュガル出身の医師たちと面会しました(図6)。カシュガルとは、ウイグル自治区西南端に位置する地区で、首府のカシュガル市は国家歴史文化名城に指定され、シルクロードの要衝、イスラムの拠点都市として発展してきました。

 人民医院は、非常に設備が整った施設です。広大なロビーでは百人以上の患者さんが受診されていました(図7)。

 建物の階層ごとに診療科がわけられており、ここでも中国語とウイグル語で表示された看板が設置されていました(図8)。

 検査機器も充実していましたが、よくよくみると「日本政府贈送」とかかれており、恐らく日本のODAを活用したものだと思われます(図9・10)。

 一行は、ネオンが煌めく夜のウルムチ市内に繰り出しました。屋台街には様々な料理・珍味が陳列されており、食文化の幅の広さに度肝を抜かれました(図11・12)。

 長距離の移動が続き、すこしへばり気味の一行は、夕食でエネルギーを補充した後、ホテルで息絶えたごとく深い眠りにつきました。

 次号は、北の果て、ロシアとの国境ギリギリにあるカナス自然保護区へと向かいます。

(図6)左端はカシュガル出身の医師で一見ロシア人風。中は私ですが、一見人間ばなれしています 図7)広大な待合室 (図8)エレベーター内の表示
     
(図9)日本より立派な診察室 (図10)全て日本のODAでした (図11)夜の屋台にて
     

 

 

 

 
(図12)美味しそう    

※画像をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。

2011年ウイグル調査 旅レポ(1)   2011年ウイグル調査 旅レポ(3)


関連リンク: 用語集 索引:シルクロード
関連リンク: 用語集 索引:アレルギー調査

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No.202
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