3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

ラジオ3443通信花粉症特集2

◆国民病と呼ばれた経緯

An.:
# ロビン・フッドがいなくなって、そしてカモガヤ花粉症が出現した。
※画像をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。
三好先生、今回はスギ花粉症が激増した背景について、お話しが伺えますね!
前回の、カモガヤやブタクサの花粉症が増加した、社会的・歴史的要因のお話しもすごく楽しかったので、江澤は今日のお話しも待ち焦がれていました。
Dr.:
江澤さん、私のこれまでのお話しで、スギ花粉症はアレルギー疾患で、抗原抗体反応が正体であること。それゆえに、原因であるスギ花粉そしてスギの木が増加すれば、結果であるスギ花粉症も増加する、という真理については、ご理解頂けたと思います。
An.:
もちろんです、先生。
Dr.:
そこで今回は、30年前まではまったく問題にならなかったスギ花粉症が、どうして30年前に突然国民病になってしまったのか、順を追ってご説明します。
An.:
待ってました(笑)!
Dr.:
いくら日光スギ並木が有名でも、さすがにスギ花粉症が国民病となるまでの規模の植生ではありませんでした。
An.:
日光の片隅で話題になるくらい……?
Dr.:
スギの生え方の規模が問題ですから、日本全国にスギが生えるくらいのことがないと、ね。
An.:
でも先生、今じゃ日本全国にスギ林はみられるみたいですけど。
Dr.:
第二次世界大戦後、日本では復興のために、全国の山々の木々を切り倒して、材木として使用しました。
もちろん戦後の混乱期ですから、木々を伐採した後は、ほったらかしです。
そうすると山々は、江澤さん、どうなるでしょうか?
An.:
木を切り倒してほっといたら、後には何にも生えて来ませんから、……山はみんなハゲ山になっちゃうんじゃないかしら。
Dr.:
木々が生えている山だったら、雨が降ってもその雨を吸収しますから、洪水にはなりませんよね。
An.:
木々が、雨水を吸い込んで、自身の成長に役立てますからね。
Dr.:
だけど、山々がハゲ山のままだったなら。
An.:
先生、土砂降り(どしゃぶり)のときなんか、きっと大洪水になっちゃいますよ。
Dr.:
これは実例なんですけどね、東京都の水源である利根川。これが戦後しばらく大規模な水害を東京近辺にもたらしました。
An.:
東京が、大洪水になっちゃうんでしょうか?
Dr.:
例えば、1947年のキャスリン台風のときにはね・・・・・・。江澤さん、戦後しばらく日本の台風はアメリカ女性の名前が付けられていたんですけどね(笑)。
それは、なぜでしょう?
An.:
江澤は知ってます。その当時、日本に駐留していた米国の進駐軍が、台風の名前を付けたんですよね? だから、洋風の名前が、当時の日本の台風には付けられたんです。
Dr.:
アメリカ女性の名前が付いたということは、きっとアメリカ女性と台風には性格的な共通点があったからなんでしょうね? 江澤さん!
An.:
江澤は典型的な和風美人ですので、そこら辺はちょっと理解しかねるところがあります(笑)。
Dr.:
ともかくその1947年の台風の際には、群馬県の赤城山と榛名山に降った約400ミリの雨によって、大被害が発生しています。このとき赤城山では山津波が生じ、土砂が利根川に流入しました。そのため下流の埼玉県栗橋付近で堤防が決壊し、東京都内だけで38万人の被災者を出したと言われます。
An.:
戦後のハゲ山、おそるべし、ですよね!
# ※画像をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。
Dr.:
こうして戦後形成された全国のハゲ山が、膨大な被害を全国にもたらしてたものですから、その対策として北海道と沖縄を除く全国の山々に、スギ・ヒノキを植林する計画が実施されました。
An.:
時期としては、1950年前後ということになりますでしょうか?
Dr.:
キャスリン台風の直後くらいからでしょうから……まぁその頃でしょうね。
An.:
そう言えば、唄そのものの成立は戦前だそうですが。
「コレコレ杉の子起きなさい~、お日さまニコニコ声かけた~ 声かけた~」なんていう「お山のスギの子」の唄も、そうした背景のもとに唄い囃されたのかもしれませんねぇ。
Dr.:
この植林の成果は、見事なまでに表われました。
1947年のキャスリン台風に対し、1981年の台風15号では、榛名山に590ミリの雨が降ったにもかかわらず、被害は発生しなかったのです。
An.:
キャスリン台風のときの榛名山の降水量は、400ミリだったんですものねぇ!
Dr.:
第二次世界大戦直後の赤城山の森林の状況は、群馬県林務部の資料によると、樹木の生えていない部分が1割で、それ以外の部分も樹齢数年の広葉樹がほとんどを占めていました。その頃赤城山は春先には全山ツツジの赤に染まったと聞きます。
An.:
赤城山全体が。まっ赤に染め上げられちゃうんですね。すてき! ロマンチック!!
Dr.:
それは、他にツツジの赤をさえぎるほどの大きな木が存在しなかったからであった、と伝えられます。
An.:
江澤もそんな光景、一度で良いから見てみたかったですぅ。
Dr.:
1950年前後に行なわれたスギ・ヒノキの一斉植樹は、赤城山や榛名山のツツジを覆い隠しました。これらスギ・ヒノキは戦後水害に悩まされた地域住民の、治山や治水の努力の結実なんですけど、ね。この木々がスギ花粉症のもとである花粉を大量に飛散させながらも、利根川の氾濫から流域や都内の人々を守っているんです。
言い換えれば、治山や治水の益を享受した日本人が、同時にスギ花粉症に悩まされることにもなり、「国民病」などの有り難くない名前も頂戴するようになりました。
An.:
三好先生、江澤はちっとも知りませんでした。ステキなお話し、有難うございました。

◆時代で変わる国民病

An.:
# ※画像をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。
三好先生、前回は戦後復興のために全国の山々の木々が切り倒され、すべてハゲ山になってしまった。
そのため、日本全土が大洪水に襲われるようになったのに対し、スギ・ヒノキの一斉植林が治山・治水にすごく有益であった。
ただし同時にこれはスギ花粉症の火種でもあって、結果的にスギ花粉症は「国民病」のあだ名を付けられるようになった。
そんな、お話を頂きました。
Dr.:
そのとおりです、江澤さん。
ただしですね、以前にもお話ししましたように、スギ花粉症が日本で正式に病気として認識されたのが1964年です。
それどころか、名誉ある(笑)国民病の名前をスギ花粉症がゲットするのは、はるか後年にあたる1979年のことなんです。
An.:
タイム・ラグがあるんですね(笑)。
Dr.:
実際、私が医学部を卒業したのが1977年のことだったんですけどね。私の在学中は、日本のスギ花粉症の第一番はブタクサでした。1975年にスギのやや大量飛散があって、それが予兆だったのかも知れませんが。いずれにしても、1979年にスギ花粉症は国民病となります。
An.:
先生、そこにはなにか重大なヒミツが隠されているんでしょうか?
Dr.:
いえいえ、極めて単純なお話しでして……。江澤さん。人間って、生まれてきてただちに、次の世代の赤ちゃんを生むことができるものでしょうか?
An.:
いかに万能と唄われた江澤でも、そればかりは不可能かと(笑)。
ああそうか。三好先生、スギにも花粉を生産できる年令つまり樹齢があるんですね?
Dr.:
さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。その通りですよ。スギは樹齢30年たつと、花粉を生産する樹齢に到達するんです。
江澤さん、ベビーブーマーって言葉、知ってますか?
An.:
ええ、たまたま人類のある世代が一斉に、子孫を造る年代に到達すること、ですよね?
Dr.:
それが人間だけじゃなくって、スギにも起こっていたとしたら……、どうなるでしょう?
An.:
それはきっと、スギ花粉の大量一斉飛散が発生するんでしょうね。
……エッ、三好先生。1950年に植林されたスギの木が、花粉を大量に発生する30年目って、つまりその、1979年なんでしょうか!? 
Dr.:
さすがは江澤さん! 私の言いたいことを、私より先にしゃべってしまいましたね。
それが実は、現代日本で突然にこれだけ大量にスギ花粉が飛散し、スギ花粉症が国民病になってしまった、その最大にしてもっともシンプルな真実だったんです。
An.:
そうだったんですか、三好先生。
江澤は、これだけ急激に激烈な症状をもたらすスギ花粉症ですから、当然大気汚染や寄生虫の減少など、摩訶不思議な理論が当然存在するものだと、……錯覚していました。
Dr.:
江澤さん、スギ花粉症に限らないんですけど、学問における真実はつねにシンプルそのものであることがおおいんです。
An.:
先生、今日のお話しもとても役に立つお話しで、目からウロコって感じです。
Dr.:
ところで江澤さん、スギ花粉症の前の時代の国民病って、何だったでしょうか?
An.:
えっ? 先生、何かヒントをください。
Dr.:
スギ花粉症はアレルギー疾患ですから、アレルギーの蔓延する前には、感染症が多かっただろう……までは想像できますね?
An.:
うーん、そうですね。三好先生のハナたれ小僧さんのお話しを伺う迄もなく、感染症は多かったでしょうね。有効な薬剤も少なかったでしょうし。
Dr.:
繰り返しみたいになりますが、人間の栄養条件は良くなく、衛生環境は劣悪でしたからね。
An.:
三好先生、感染症だろうということは推測がつきましたけれども……。三好先生の口振りですと、私たちでさえ、その感染の跡(あと)を良く見たことがある。そんな感じですねぇ。
Dr.:
ヒントです。堀 辰雄・正岡子規・トトロ、この3つに共通する感染症は何でしょう?
# ※画像をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。
An.:
堀 辰雄は「風 たちぬ」ですから、これは結核でしょうねぇ。正岡子規も、文集の名前が「ホトトギス」で胸から喀血するんですから、……やはり結核ですよね。
やだっ、三好先生。江澤の中の文学少女の思い出が急に胸いっぱいに膨らんで来て、江澤はロマンチックな想いにのめり込みそうです。
Dr.:
江澤さん、冷静に、冷静に。
では江澤さん、トトロの主役であるメイやさつきのお母さんの病院は、何という名前だったでしょうか?
An.:
三好先生、「七国山病院」です!
Dr.:
それは、何の病気の療養所だったでしょうか?
An.:
うーんと、それは文学少女の専門外です。えーっと、三好先生降参です。
Dr.:
実はメイとさつきのお母さんは、結核の療養病棟に入院していたんです。
その当時、それくらい日本人の間には結核が流行していましてですね。その時期の日本人の国民病は、結核だったんです。
An.:
# ※画像をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。
それじゃあ、日本人の国民病は長い時間をかけて、結核からスギ花粉症へと変遷して来たんですね?
Dr.:
その背景に、先日以来お話しして来ました、感染源の減少によって衛生状況の改善が見られたことと食べ物が豊かで栄養が良くなったために、人体の免疫能力が高まったという劇的な要素の変化が存在したんです。
An.:
それで、国民病が入れ替わっちゃったんですね?
Dr.:
そこからもう一つ踏み込んで、感染症の社会的に多い時期はアレルギー疾患が少なかったことを踏まえ、感染症それもごく弱い感染症を利用して、アレルギー疾患の治療に繋げようとの考え方が生まれました。
「Th1/Th2バランス」説って言うんですけどね。
次回はその説のお話しです。
どうぞ、お楽しみに?

◆アレルギーと乳酸菌

An.:
三好先生前回は、時代の流れとともに病気の変遷が見られ、病気全体としては感染症からアレルギー疾患の多い傾向にあること、日本人の国民病も感染症である結核からスギ花粉症へと移行して来たこと、これらの変化は環境的な要素のバランスが人体の免疫能を左右した結果であること、それを専門用語で「Th1/Th2バランス」説と呼ぶこと、このバランスを利用してアレルギーの治療に繋げようとする動きのあること、こうしたお話しについて伺いました。
ハァハァ、江澤はここまでご説明して……、息が切れました(笑)。
Dr.:
まあまあ江澤さん、あんまり難しい専門用語の羅列(られつ)ですと、心も体もくたびれ果てますよ。いつもの江澤調のお話しを、続けることにしましょう。
An.:
でも先生。このお話し、どうやったら江澤調になるんでしょうか?
Dr.:
人間の病気の変遷を見ていると、感染症の多い時期にはアレルギーは少なく、アレルギーの増加は感染症の減少と関係がある、そう理解できますよね?
An.:
はぁ、なんとなく、ですけど。
Dr.:
そこでこれらのバランス関係を逆に利用し、弱毒性の菌を人体に感染させ、体を感染状況におくことで、アレルギー疾患を弱めてやろう、という試みがあるんです。
An.:
バイ菌とは言えないような弱い働きの菌を体内に入れてやり、その抗アレルギー作用を利用するんですね!
Dr.:
さすが1を聞いて10を知る江澤さん。そのとおりです。で、最初研究者たちはまず結核菌の誘導体を使用して、アレルギーを弱くしようと考えたんですけれど……、さすがに結核菌では応用が難しくって、ですね。
もっと他の、弱毒菌の応用が盛んになっています。
An.:
もっと他の弱毒菌って、例えば三好先生、どんなものがあるんでしょうか?
Dr.:
弱毒菌で、しかも体内に取り入れ易いように口から飲み込んでやるお薬として、今注目されているのが乳酸菌です。
An.:
乳酸菌って……あのヨーグルトとか、でしょうか? 確かに、ヨーグルトを食べるとスギ花粉症になりにくい、みたいなお話しを江澤は小耳に挟んだことがあります。
Dr.:
江澤さんのは、「小耳」じゃなくって「地獄耳」でしょうけれどもね(笑)。
さすがは江澤の地獄耳、ヨーグルトなどの乳酸菌製剤は、アレルギー治療では今、注目の的です。
An.:
ヨーグルトだったらお肌にも良いでしょうし、「百年の恋も醒める」なんて醜態も、ご縁がなさそうですしね(笑)。
Dr.:
ヨーグルトなどの乳酸菌は、菌体成分でありながら、人体側要因がよほど悪化していない限り、病原性を発揮することはまずあり得ません。
An.:
病気の元とはなりにくい、ということですね?
Dr.:
その通りです。この病原性のない、つまり弱毒性の菌体を内服してやると、人体の免疫バランスはアレルギー疾患を発症しづらい傾向を示します。このためアレルギー疾患の程度が抑制されると考えられます。
An.:
そうだったんですね!
Dr.:
それだけではなく、乳酸菌は腸の中で整腸作用を発揮しますので、肉を多く食べていてもアレルギーになりにくいよう、消化・吸収する役割を助けると言われます。
An.:
お肉を多く食べていると、アレルギーになり易いんですか? 江澤はお肉は、決してきらいではありませんが……。
Dr.:
スギ花粉症の主症状である、くしゃみ・鼻みず・鼻詰まりのうち鼻詰まりに関連する、アラキドン酸という物質がお肉にはたくさん含まれていまして。
An.:
アレルギー症状の、元となる物質なんですね?
Dr.:
アレルギー症状をひどくする物質を、せっせと食べていれば、やっぱりアレルギーは治りにくいと、考えるのがフツーです。
An.:
ああ、だからお肉よりも野菜をたくさん食べると、アレルギーになりにくいんでしょうか?
Dr.:
お肉を食べていると、体の防衛能力が高くなる一方、その分だけ過剰防衛からアレルギーに、近付くわけです。
野菜がアレルギーに良いと言うよりも、野菜を多く摂取することで、お肉を余分に食べてしまわない。それだけ、過剰防衛つまりアレルギーから遠ざかることは、間違いありません。つまり野菜を多く食べることで、適正な食生活が期待できる。そう考えれば、理解し易いでしょう。
An.:
感染症にも、アレルギーにも、強い体を造る、その基礎になるんですね?
# ※画像をクリックすると拡大写真がご覧いただけます。
ところで三好先生、ヨーグルトなどの乳酸菌を摂取していると、本当にアレルギーに効くというデータはあるんでしょうか。医学は科学だって、先生からお聞きしていますもので。
Dr.:
私たちの研究グループが、乳酸菌製剤を使用して、果たして人間のアレルギーに役立つかどうか、実際に試したことがあります。
実験は、私が客員教授を勤める南京医科大学と和歌山の日赤医療センター、そして熊本県の小国町(おぐにまち)をフィールドとして実施されました。
An.:
先生、その結果はどうでしたか? 乳酸菌はアレルギーに効きましたか?
Dr.:
結論から先にお話ししますと、確かに乳酸菌はアレルギーに有効でした。細かいデータをここでお示しする、余裕が無いんですけどね。
An.:
先生、何か先生のお仕事について、医学コミックとか、もしかしたらあるんじゃぁ?
Dr.:
さすがは江澤さん! ここに私の医学コミック「愛しのダニ・ボーイ」があります。そしてこの本に、江澤さんの知りたいことが、書いてあるんです。
An.:
江澤から、ここでリスナーの皆さんにお知らせです。三好先生の、アレルギーについての医学コミックを、10名の方にプレゼントします。詳しくは番組の最後に……。
三好先生、本日も楽しいお話しと、リスナー・プレゼントを、どうも有難うございました。

◆英国発祥のスギ花粉症

An.:
三好先生、先日リスナー・プレゼントで頂いた、ダニ・アレルギーの医学コミック「愛しのダニ・ボーイ」、すっごく面白かったです。
三好先生は、あんな風に日本国内でも北海道や栃木県だけじゃなくって、熊本県まで医学調査に行っておられたんですね?
先生からはいつも、世界中の医学情報をナマで聞かせて頂いてるんですが、地道な調査の実際について拝見すると、やっぱり大変だナと、つくづく感じ入ってしまいました。
Dr.:
その「愛しのダニ・ボーイ」なんですけれど、リスナー・プレゼントに漏れてしまった方にお知らせです。
こうした私の医学コミック・シリーズはすべて、私たちのホームページにアップされていまして……。
An.:
マンガをインターネットで、読むことができるんですね(笑)。すっごーい!
Dr.:
私たちのホームページを、「3443(みよしさん)通信」って言うんですけど。ネットで、3443の数値を入力してサーチしてくだされば、すぐに画面に出て来ます。
An.:
冗談かと思って江澤も一度やって見ましたが、先生ホントに三好耳鼻科の画面に直通ですね!
Dr.:
その中に、「マンガ」と書かれたコーナーがありますから、そこをクリックしてください。私たちの医学コミック・シリーズが、すべて閲覧できますから。
An.:
と言うわけで、先週のリスナー・プレゼントに漏れた方々は、ぜひ三好先生の3443通信をご覧ください。
ところで先生。私たちの常識では、国民病と称されるスギ花粉症は、日本の専売特許かと錯覚していたんですけれど。先生のお話しでは、花粉症自体のルーツは日本ではなく英国にあったとか。
江澤はまだピンと来ないんですけど、どんないきさつがあったんでしょうか?
Dr.:
多少、復習の部分もありますけれども、最初からご説明しましょう。
An.:
待ってました(笑)!
Dr.:
世界で初めての花粉症。それは19世紀初頭の英国で、農民が牧草を刈り取って乾燥のためにサイロへ収納する際、出現しました。つまりそのとき、人によっては鼻からのどにかけて、焼け付くような痛みと痒みが生じ、くしゃみ・鼻みず・鼻づまりの止まらなくなることが、知られていました。
An.:
その症状が、「枯草熱」つまり"Hay fever" と呼ばれることになったんでしたよね?
Dr.:
1を聞いて10を知る江澤さん。その通りです(笑)。
後日、この症状は牧草であるイネ科、ことにカモガヤによるアレルギーであることが判明しますが、当時は感染症の一種と考えられたみたいです。
An.:
アレルギーという疾患自体、20世紀に入ってから知られるようになった。そうお聞きしました。
Dr.:
とにかく英国には牧草地が多く、花粉症の原因であるカモガヤが繁殖し易いんです。
現在の英国には森林がとっても少なくて、平坦な土地が広がっているものですから。
An.:
アレッ! でも先生、江澤のイメージでは英国は、ロビン・フッドの活躍したシャーウッドの森とかですね。ああそうそう、アーサー王伝説にも出てくる、深々としたオークの大木の欝蒼(うっそう)と繁る妖精たちの住みか。そんな伝説の光景の国だと思ってまして……。カモガヤの大草原の国って、ちょっと想像がつかないような(笑)。
Dr.:
オークって言うのはゴツゴツとした樫(かし)の木の一種で、確かに江澤さんのイメージする伝説の世界では、すごく多いんです。
An.:
伝説と現実は違うんでしょうか、先生。
Dr.:
そんな木々の追憶の中にある英国なんですが、なぜか、今では森林は英国の国土全体の9%にしか観察されません。それどころか現在の英国は、国土の45%が牧草地と化しており、この広さは世界一と伝えられます。その牧草地のほとんどが、カモガヤ生息地なんですけど、ね。
そしてお話ししたように、毎年初夏にはそれらを牧草として家畜に与えるべく、子どもの背丈ほどもあるロールに作成し、サイロの中へ保存するんです。
An.:
それじゃその時期、英国中がカモガヤの花粉で一杯になるんですね?
Dr.:
私の一人娘が、中学校の頃から英国に留学していて、サフォーク州と言う地域に住んでいるんですけど。初夏に訪れると巨大なカモガヤ・ロールが、学校のまわりの至るところにゴロゴロと転がってまして。
An.:
花粉が、きっとすごいんでしょうね!
Dr.:
娘の学校を訪問するには、ヒースロー空港でレンタカーを借りてドライブするんですけど。地面に落ちた花粉がもうもうと舞い上がって、それを吸い込んだ人がどんな思いをするのか、まぁ想像がつきます。
An.:
それじゃ、英国で世界初の花粉症が発見されたっていうのも、なっとくですねぇ。
でも先生、話は変わりますが、先生のお嬢さんは確か一人娘っておっしゃってましたよねぇ。中学校から、英国に留学してたんですか? 江澤には、とても考えられません。
Dr.:
サマーヒル・スクールと言う、一種のフリー・スクールなんですけどね。
ジークムント・フロイドと言う心理学者が出現した頃。ああ、それまでは心理学でも一般的常識でも、「無意識」の概念がなくってですね。人間の行動はすべて意識の下にコントロールされているって、信じられていたんです。でも人間は、無意識に行動することがありますから。
An.:
つい、自分でも知らないうちに、甘いお菓子に手が出る、なんてことありますね。そういう無意識はいつも後悔しますけど。
Dr.:
ですから、教育も知識だけを教えていては不十分だとの意見が、当時の欧米では提言されるようになって。有名なシュタイナー教育などが開始されたんです。そもそも教育って日本語で言いますけど、本来は「育む」あるいは「その子の中に潜在する才能を引っ張り出す」って意味だったんです。ですから知識の詰め込みでなく、無意識の領域に眠る、その子本来の才能を見つけてやる、それがフリー・スクールです。
An.:
お嬢さんは、それで英国へいらしたんですね。それを聞いて先生の英国の花粉症のお話しも、ますます楽しみになって来ました。
本日は、誠に有難うございました。