3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

國井修先生の出版を祝う会に代理出席しました

 3443通信No.204の「海外からの年賀状」でもご紹介させていただきました、医学コミック『カラオケポリープは踊る』でお馴染みの國井修先生が、この度「国家救援医」というご自身の著書を出版され、その出版記念パーティーが東京大学で開かれました。 院長は診療のため、青柳が代理出席いたしました。

國井先生のいま

 國井先生とは、2011年5月に、当院にお越しいただいて以来で(図1)、日本と任地であるアフリカなどを往来されているにも関わらず、とてもお元気そうでした。

 國井先生は、現在ユニセフのソマリア保健・栄養・水の衛生プログラム事業部長として、20年以上内戦が続くソマリアへの支援を行っておられます。

(図1)左から、國井先生、院長、院長の奥様(図1)左から、國井先生、院長、院長の奥様

 現在のソマリアの状況は、一昔前と比べると改善が見られるものの、それでも子どもの死亡率は世界最悪レベルとなっており、東日本大震災でなくなった子どもの数とほぼ同数の子どもが、毎日亡くなっているそうです。

 その大きな原因の一つが、国民の3割しか安全に飲むことができないという水の存在です。その水に、コレラなどの常在する病原菌が含まれ、飲料水や哺乳の際の粉ミルクに使用され感染が拡大していくと言われています。

 また、内戦が混乱に輪をかけ、安全に行われるはずの支援活動にも影響を及ぼしています。國井先生が働かれていた際も、部下の方が爆弾テロにあったり、活動拠点となる事務所が襲撃され、機材一式が略奪されるなどの被害にあわれたそうです。

 そんな状況でも、國井先生はくじけず、食糧危機に瀕している約400万人にあらゆる方法で支援を続けておられます。

出版記念パーティーに参加して

 会場となった東京大学の山上会館は、大学敷地内のほぼ中央にあり、東京大学創立100周年記念事業の一環として、三四郎池(夏目漱石の小説『三四郎』に登場したため、育徳園心字池から改称されました)湖畔に建設されました。

 その、地下一階のホールで行われた記念パーティーには、150名を越す友人、知人、著名人が出席され、國井先生との久々の再開を楽しんでいる様子でした(図2・3)

 パーティーの最後には、ダンサー? を従えた國井先生の歌で締められ、最後までエネルギッシュなパフォーマンスをされるお姿に、参会した方々は大いに笑い、お開きとなりました。

挨拶をおこなう國井先生 (図2)挨拶をおこなう國井先生

大勢の方がお祝いに駆けつけられました (図3)大勢の方がお祝いに駆けつけられました

「国家救援医」を読んで

 この本は、國井先生が医師を目指すきっかけとなった小学生時代のエピソード、大学生のときに訪れたカンボジア難民キャンプの悲惨な現状、インドへの留学で触れた伝統医学の奥深さ、アフガニスタンでの人道救援活動から、現在の任地でもあるアフリカ・ソマリアの、この世の出来事とは思えない凄惨な光景など、本来なら本一冊には収まりきらないであろう逸話の数々が綴られています。

 そんな、國井先生の医師としての回顧録とも言える書籍の出版記念のお祝いが、東京大学内にある山上会館で開催されました。

 会場につめかけた列席者には、学生時代の同級生から、現在の仕事につながる職場の同僚、外交の中枢的役割を担っている外務省の旧友など、非常に多方面にわたる友人・知人の方々が出席され、お祝いの言葉を述べられていました。

 中でも、小学校の恩師の先生の言葉が、とても印象に残っています。

 その先生は、学校で一番綺麗なトイレにしたいという思いから、トイレ掃除係を1年間にしたいと考えました。ですが、特に敬遠されるトイレ掃除係を、誰が1年間もやるのか。もし、誰もやらなければ従来どおりの交代制にしようと思い、クラスで候補者を募ったところ、当時、学級委員長だった國井先生が颯爽と手を挙げ立候補されたとのことです。

 さらに、ある時に男子用トイレが詰まった際、掃除係の國井先生はワイシャツを肩まで巻くり上げ、汚れた排管に手を突っ込み、詰まっていた雑巾を取り出したそうです。

 その行動力あふれる生徒が、いまや世界を飛び回り多くの人を助けている。まるで見上げるように志高く成長した姿は言葉に出来ません。という祝辞を述べられました。

 多くの方にお祝いされる國井先生は、すこし照れくさそうな表情をされておられました。

 この度のご出版、心よりお祝い申し上げますと共に、今後のご活躍を心よりご祈念申し上げます。