3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

20周年特集 三好耳鼻咽喉科クリニック 難聴児絵本「かっぱの太ちゃん」&会員20周年記念講演会出版記念パーティが開催されました!!

院長のごあいさつ

院長のごあいさつ 院長のごあいさつ

 人は誰しも、何らかの使命を持って生まれ、生きていくものだと思います。それは、障害があろうとなかろうと同じことだと思います。
 私どもは耳鼻科医ですから、耳の機能が十分か不十分かについて関心を持つことが多いものです。
 今回話題にしている「難聴児」というテーマについても、そこにスポットを当てたものです。しかし、耳の機能はともかく本当に重要なのは、その人の使命を全うし、生きることができるかどうかなのだと思います。

 本日、ご講演いただきます田中美郷先生は、もちろん私の耳鼻科医の大先輩で師匠に当たる人です。その師匠から教わった最も大切なことは、「難聴児という、耳の問題を抱えた子どもであっても、その人の持って生まれた使命を自覚し、それを生きることが重要なんだ」ということです。
 田中先生は、難聴児療育(教育)ということは、「教え込むことではなく、その人間の内に潜むものを育むこと、その人にうずもれているものを引っ張り出すことだ」と言っておられます。まさに、それによってこそ、その人間は生まれてきた意味を再確認することになるのだと思います。

 田中先生が55年かけて実践してこられた、これらの療育の実際について、本日はご講演いただけると聞いております。

 このたびは、当院・三好耳鼻咽喉科クリニック開院20周年に当たり、私に医師としての生き方をお教えくださった田中美郷先生に記念講演をお願いできるということは、本当に幸せだと思っております。同じように、難聴児問題の先輩である大沼直紀先生に座長をお願いすることができたのも、幸運だったと思っております。
 私自身、たった今、ここにおります私のバックボーンとなっている、田中美郷先生のご講演を皆さまとともに拝聴できることをとても楽しみにしております。

 ご参加いただきました会場の皆さま、座長の大沼直紀先生、講師の田中美郷先生に心より感謝申し上げ、ごあいさつとさせていただきます。
 本日は誠にありがとうございました。

2012年6月20日
三好  彰

座長 大沼先生

 この度、記念講演会の座長をお務めいただきました大沼先生は、1965年、東北大学教育学部を卒業後、宮城県立聾学校(現・聴覚支援学校)の教諭に就任されました。
 同学校内に聴覚補償センターや乳幼児教室を設置し、18年間勤められた後、三好院長の父親である三好祐先生の勧めにより、1980年、アメリカ留学を決意。
 ワシントン大学医学部附属中央聾研究所(CID)にてオーディオロジー(聴覚医学)の研究をされました。

 帰国後、1984年から国立特殊教育総合研究所の難聴教育研究室長として、その間、昭和大学医学部耳鼻科の岡本途也教授のもとで難聴・補聴器外来を担当し、1994年、医学博士になられました。

 1988年、我が国初の聴覚・視覚障害者のための大学、筑波技術短期大学の開学に貢献され、同大学の教授に就任されました。
 2003年、同大学の大学長となられ、2005年に短大を4年制大学とし国立大学法人・筑波技術大学の初代学長に就任されました。2009年3月まで、学長を2期6年務められ、2009年より東京大学・先端科学技術研究センターの客員教授として、研究者の育成に力を注いでおられます。

座長 大沼先生 座長 大沼先生
大沼先生 ご略歴 大沼先生 ご略歴

講師 田中先生

 以前の3443通信No.207でもご紹介させて頂きました、田中美郷教育研究所・所長の田中美郷先生に記念講演会の講師をお願い致しました。
 ご講演の詳しい内容は、次号の3443通信に特集として掲載予定ですので、お楽しみに!

 田中先生は、帝京大学の名誉教授であり、現在は東京都世田谷区にある田中美郷教育研究所の所長として、これまでの臨床経験と研究成果を社会還元すべく、医療機関などと連携して診断活動を行なわれています。また、同研究所内にあるノーサイドクリニックでは、聴覚障害児(耳の聞こえにくい子ども)などのコミュニケーション障害についての相談や、相談者ごとの診断・治療プログラムで対応する「ホームトレーニング」を実施されています。

 ノーサイドとは、陸上スポーツのラグビーで使用される言葉ですが、試合終了という意味を持ちます。これは、選手たちがお互いの健闘をたたえあって再会を約束するということでもあるそうです。
 田中先生は、このノーサイドという言葉に、持てる者・持たざる者というワンサイドからの視点で物事を考えるのではなく、その垣根を取り払いノーサードの理念を持つことが重要だと説いています。
 特に、難聴とは耳の働きに原因があることであり、子どもの能力に疑問があるという誤解は、子どもの将来に多大な影響を与えると指摘しておられます。

講師 田中先生 講師 田中先生
田中先生 ご略歴 田中先生 ご略歴

来賓祝辞
衆議院議員 秋葉賢也代議士

秋葉代議士 秋葉代議士

 院長が後援会長を務める、秋葉代議士に来賓祝辞を頂きました。
 秋葉代議士は、地元の角田高校を卒業され、中央大学法学部に入学。その後、宮城県では初となる「松下政経塾」の9期生として卒塾され、1995年に宮城県議会議員となり、3期務められました。任期中は、全国一とも言われる数多くの議員立法を手がけられました。

 2005年には、初の国政選挙となる衆議院補欠選挙に自民党公認候補として出馬。見事当選され、阿部改造内閣では総務大臣政務官(大臣を、特定の政策上で補佐する)に任命されました。現在は、自民党副幹事長として党の運営に携わっておられます。

 来賓祝辞では、患者さん一人一人を大切にする院長の、臨床に真しに取り組む姿勢が、ファンの裾野を広げている要因ではないか、というお言葉を頂戴しました。
 秋葉代議士は、ご公務のため、ご挨拶の直後に会場をあとにされました。大変お忙しい中、お越しいただきまして、誠に有難うございました。


来賓祝辞
昭和大学 藤が丘病院 副院長 三邉武幸先生

三邉先生 三邉先生

 三邉先生は、大沼先生の師匠である昭和大学耳鼻科教授・岡本途也先生の愛弟子であり、太ちゃんが、昭和大学から院長のもとへ紹介される際に、立ち会っておられました。

 ご挨拶の中で、院長との馴れ初め話や、中国・チベット方面でのアレルギー調査に大学の若手医師と共に参加され、現地のアレルギーの実態などを視察されたお話しをいただきました。

 また、数多くの学会発表や論文投稿といった学術活動への院長の意欲。今年4月に保険適応がなされためまい治療(3443通信No.187 BPPVの治療法であるエプリー法)を、何年も前から積極的に診療に取り入れてきた、これまた院長の先見力。まさに、院長を見れば、耳鼻科の将来像が見えてくるということに気づかされた事実。これらから私達は、院長が次にどんな新しい仕事をはじめられるか大いに期待しています、というお言葉を頂戴しました。

 三邉先生、この度は誠に有難うございました。

「かっぱの太ちゃん」こと、北野 太造さんのスピーチ

手話を交え、スピーチされる太造さん 手話を交え、スピーチされる太造さん

 ここでは、絵本の主人公のモデルとなった北野太造さんによる出版記念パーティーでのスピーチ内容を、ご紹介いたします。

 ご紹介にあずかりました北野太造です。本日はお招きいただき、ありがとうございます。
 まずは、この絵本を出版するにあたって、子供のころから大変お世話になった三好彰先生に御礼申し上げます。そして今回絵本を執筆してくださった山形三吉先生、かわいいイラストを描いてくださったコンタ・ゆうじ先生と、たかはし よしひで先生、関係各位の皆様、本日ご多忙中にもかかわらずパーティーに参加してくださった皆様に、御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 さて、この度出版されました絵本は、僕が小さい時に父の転勤によって、ここ仙台に引越しをすることになり、そこでお世話になる耳鼻科の三好先生との出会いから始まり、当時の状況、周囲とのコミュニケーション、三好先生との別れ、そして今に至るまでの過程がイラストとともに描かれています。

 この絵本にも書かれていますが、僕の病気『ワールデンブルグ症候群』というのは4万人に1人という、とても珍しい病気で、主に髪の毛や瞳の色素が変わってしまう病気で、世間ではあまり知られていません。
 この病気に限った話ではなく、他にもまだまだ知られていない病気は多く、当然社会的に理解度や知名度は低く、そのため周囲から奇異の目で見られることが多く、それによって差別や疎外を受けることがあります。

 僕にとっては「無知」よりも「無理解」という言葉のほうが恐ろしく感じます。
 何故ならば「無知」はまだ何も知らない状態なので、教えてあげればよいのですが、「無理解」は状況や状態を知っているにもかかわらず、それを理解しようとしないからです。
 ほかにも人種差別、HIVなど世界にはまだまだ解決されていない問題もあります。

 昨年の3月11日、大地震と津波によって多くの人命が奪われ、甚大な被害を受けました。
 これをきっかけに世界中の人々が「絆」という人間のつながりを表す言葉を再認識するようになり、そのおかげでここまで復興することができました。
 この場をお借りして、勝手なお願いが僕からひとつあります。
 「絆」を考えるときに、健常者と障がい者とのつながりや触れ合いも考えてみてください。
 この絵本を子供たちやお父さんやお母さんが読み、聞かせ、さまざまな障がいを持っている人がいることを知り、そして知るだけでなく理解しようという気持ちを持ってくださることを願ってやみません。

左から、北野年宣さん(父)、太造さん(かっぱの太ちゃん)、恭子さん(母)、有希さん(妹) 左から、北野年宣さん(父)、太造さん(かっぱの太ちゃん)、
恭子さん(母)、有希さん(妹)

 僕は自分の障がいを今まで憎いと思ったことはありません。
 何故ならば、その障がいが「北野太造」という人間を存在たらしめている、自分の存在意義だからだと僕は思います。
 こう思えるのもひとえに三好先生のおかげです。三好先生がいらっしゃったからこそ、こんにちの自分があるのです。先生にはいくら感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。

 最後になりましたが、本日お集まりの皆様のご健勝をお祈りしまして、話を終わります。
 ご清聴ありがとうございました。

難聴児絵本 「かっぱの太ちゃん」
主人公・北野 太造 さま

難聴児絵本 かっぱの太ちゃんより 難聴児絵本 かっぱの太ちゃんより
難聴児絵本 かっぱの太ちゃんについて