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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

ラジオ3443通信 学校健診特集6

92話 ラサ市と大昭寺

An.:
三好先生、前回は雲南省のアレルギー調査のお話し、そしてチベットのバター茶の珍しいお話しを有難うございました。
本日のお話しは、なんでしょう?
 きっと今日も、わくわくするようなお話しが、待ってますよね!
Dr.:
前回は、チベットのバター茶のお話しをしたんですけれど、チベットにお茶が入ってきたのは、チベットという国の成立した時期に重なるんです。
An.:
先生、それはかなり古いお話しじゃないんですか?
Dr.:
7世紀初めに、チベット最初の統一王朝を作ったソンツェン・ガンポという王様が、ラサ市を首都に選びます。
 この王様には、妃が二人いたんですけれど、一人はネパールから嫁いだティツゥン王妃で、もう一人が唐からお嫁に来た文成公主です。文成公主は唐の皇族の出身ですから、かなり身分の高い女性だったみたいです。
An.:
唐って、すごい大国だったような記憶があるんですけど。チベットの王様に皇族が嫁ぐんですから、当時のチベットもそれに劣らない大きな国だったんでしょうか。
Dr.:
さすが、1を聞いて10を知る江澤さん。その当時、ユーラシア大陸の東半分は、唐・ウィグル・チベットの3大帝国が、覇を競っていた歴史があるんです。
An.:
そういう政治的勢力関係のバランスから、文成公主はチベットにお嫁に来たんですね。
Dr.:
文成公主は、ヤルツァンポ川の湿地帯だったラサの街を埋め立て、大昭寺というお寺を建設しました。この大昭寺はチベット名をジョカンと称し、チベット仏教の中心地です。
An.:
チベットの中心地って、ダライ・ラマの住んでいたポタラ宮じゃなかったんですか?
Dr.:
ポタラ宮は政治的な中心地であって、信仰の中心はこの大昭寺だったんです。
 で、湿地帯だったラサの地を埋め立てするのに、ヤギを使って土砂を運んだものですから、ヤギを意味する「ラ」という言葉と、土地を意味している「サ」という言葉が合わさって、ラサ市になったという伝説もあるんです。
An.:
まぁ、面白い。
Dr.:
以前、江澤さんに「五体投地」という歩き方を、ご説明したことがあるんですけど。
An.:
先生、江澤はしっかり憶えています。
 あの、尺取虫ウォークのことですよね!
ラサ市中心に建つポタラ宮 ラサ市中心に建つポタラ宮
Dr.:
セブン・イヤーズ・イン・チベット」って映画を見ると、出てきます。
 全身で先ず前方へ向かって、投げるようにバタッと倒れます。手をのばした状態で。
An.:
 歩くんじゃなくって、倒れるんですよね。
Dr.:
 それからゆっくりと上体を起こし、手を合わせて合掌し、全身で起き上がります。
 それから、もう1回バタッと前に倒れて、上体を起こして合掌して全身を起こして。
An.:
尺取虫ウォークで、少しずつ前に進むんでしたよね。
Dr.:
そのスタイルで何万回も匍匐前進して、自分の故郷からラサ市の大昭寺つまりジョカンまで、辿り着くんです。
An.:
大昭寺がやはり、チベット仏教の最大の聖地なんですね。
 現生つまりこの一生で苦行を重ねると、来世でより良い生まれ変わりが待っているんでしょうね。
Dr.:
チベット仏教は、弥勒菩薩を信じる宗教ですから。
An.:
弥勒菩薩は、より良い来世を約束してくれる仏様ですよね。
Dr.:
チベット仏教では、五十六億七千万年後に現われて、衆生を救う仏様です。
 ですから、チベットにある弥勒菩薩像はすべて、中腰のままなんです。
An.:
それは?
Dr.:
スタンバイ状態にあって、ですね。今すぐにでも、迷える民を救う準備OKという意味なんです。
八郭街(バルコル)を五体投地で周る信者 八郭街(バルコル)を五体投地で周る信者
An.:
それなら、迷える江澤も救って欲しいですね。
Dr.:
江澤さん、いかがですか?私と一緒に大昭寺まで、五体投地の旅などは。
 大昭寺に到着した後は、お寺の周辺の商店街をウィンドウ・ショッピングとしゃれようじゃありませんか!
An.:
先生、たしか大昭寺の周辺の商店街は、「八廓街(はっかくがい)」という有名な仏具商店の街でしたよね?
Dr.:
チベット語で「バルコル」と呼ばれるこの街は、散策の仕方が決まってましてね。
An.:
どんな約束があるんですか?
Dr.:
街を歩く人々は、「コルラ」すると言って、必ず右回りに街を歩くんです。
 五体投地でバルコルを進む場合も同様で、大昭寺の周辺を右回りに尺取虫ウォークするんです。
An.:
たしか「茶馬古道」という、古い交易ルートを通じて、バルコルで売っているような仏具と、雲南のお茶や塩の売り買いがされていたんですよね。
Dr.:
お話しがソンツェン・ガンポに戻るんですけど、ね。  西暦642年に、文成公主がラサに来たとき、唐の国からお茶を持ち込んだのが、チベットにおける飲茶(やむちゃ)の習慣の始まりなんです。
An.:
お茶って、歴史が長いんですネェ。
Dr.:
お茶自体の薬効、つまり薬品としての作用が発見されたのは、4000年も前のことだそうです。古代中国の伝説の中に出てくる、神農(しんのう)という人物が、毒消しとしてのお茶の働きを見いだしたと言われます。
An.:
それから4000年間、喫まれ続けているんですもの、ねぇ。
Dr.:
お茶のお話しになると、またまた長くなりますので、一旦昆明のお話しに戻ります。
An.:
先生の調査旅行のお話し、内容が豊富でとても楽しみです。
Dr.:
では、どうぞ次回のOAを今から楽しみにしていてください。

93話 辛味は味覚ではない

An.:
三好先生、前回はお茶のお話しから、「茶馬古道」の交易ルートのお話し、そしてチベットにおけるバター茶のお話しを伺いました。お茶のお話しは、まだまだ長く続きそうなんですけど、一度、三好先生の今回の調査旅行のお話しの続編を、ぜひお聞きしたいと思います。
Dr.:
お茶のお話しは本当に長くって、北海道白老町に私の先祖が行っていた幕末の時代の、日本・中国・英国のお話しになるんです。
 でも、あんまりスケールの大きいお話しになりますので、一旦調査旅行の話題に戻りましょう。
An.:
先生が今回行かれた、雲南省や昆明市などという地名は、江澤には初耳だったんですけれど。どういう場所なんでしょうか?
Dr.:
雲南省の位置については、10月9日のこの番組で触れてますけれど、東西に5千キロ近い広さの中国の、真ん中付近に蘭州市というシルクロードの町があります。
An.:
そのまっすぐ南側に、三国志で有名な成都市があります。
Dr.:
成都市は三国志の時代には、「蜀」の国として、諸葛孔明の活躍で有名です。
An.:
その、さらに南側に、雲南省の中心地である昆明市があるんでしたよね。
Dr.:
蜀の国のある地域を、四川省と呼ぶんですけど。
 ここは一年中晴れの日が少なくって、余り日がささないんです。
蜀犬、日に吠ゆ 蜀犬、日に吠ゆ
An.:
それじゃあ、四川省の人たちは日に焼けていなくって、きっと色が白いんでしょうね。
Dr.:
たしかに四川省には美人が多い、と言われます。
 日本でも、日照時間の少ない秋田には美人が多いって、そんな言い伝えがあるのと同じみたいです。
An.:
江澤も、四川省に生まれたかったような気がします。
Dr.:
そんな風に、蜀は太陽が余り姿を見せない気候であるために、「蜀犬、日に吠ゆ」つまり四川省に住む犬は、お日さまを見ると外敵だと思って吠えつく、ということわざがあります。
An.:
えっ、ワンちゃんがお日さまに向かって吠えるんですか?
Dr.:
それが真実かどうかは判りませんが、この言葉は「見聞や見識の狭い人間が、優れた言行、つまり言葉や行いのことですけど。そうした言行に触れたとき、それが理解できず、疑って怪しみ、攻撃すること」を意味する、とされています。
An.:
いかにもありそうなこと、ですねぇ。
Dr.:
ともかく四川省はそんな気候でして、湿度も高いので健康のことを考えて、辛い食べ物をたくさん食べます。
An.:
カレーライスとか(笑)?
Dr.:
カレーではないんですけど、ね。
 マーボー豆腐とか、痺れるような辛さの食事が、ここでは名物です。
An.:
マーボー豆腐!ビールが進みそうですね。
Dr.:
そりゃ江澤さん。ビールの中でも、青島(チンタオ)ビールが少し甘くって、マーボー豆腐には一番合うんです。
 ただしおなじ青島ビールでも、ラガー・タイプが最高で、「純生(じゅんなま)」タイプの青島ビールは、水っぽいんです(笑)。
An.:
青島ビールって、江澤も名前を聞いたことがあります。
Dr.:
山東省の青島地域は、昔ドイツのビール工場がありまして。今でもその伝統を引き継いだ、コクのあるビールが生産されているんです。
An.:
中国で、ドイツ・ビールが呑めるんですねぇ。
Dr.:
以前は武漢市にもドイツ・ビールがありまして、今ではもう生産されていないんです。美味しかったんですけど、名前が悪かった。
An.:
どんな名前だったんでしょうね?
Dr.:
中国のドイツ・ビールだから、「中独ビール」(笑)。
An.:
お腹に来そうな名前!
Dr.:
まあお話しは、マーボー豆腐のことなんですけどね。
An.:
マーボー豆腐って、とっても辛いんですよね。
Dr.:
日本では辛いという場合、唐辛子などの辛味のことを指します。けれども中国の辛味は、マーと表現される唐辛子の辛さと、ラーと表現されるシビレ感の辛さと2種類、あるんです。
An.:
マーはなんとなく判りますけれど、ラーってどんな感じなんでしょう?
Dr.:
うなぎの蒲焼きにかける山椒に良く似た、花椒を料理に使用するんですけれど、まぁ「山椒は小粒でもピリリと辛い」っ言葉があるように、痺れる感じの辛さです。
An.:
先生、味つまり味覚って、確か4原味つまり「甘い・しょっぱい・すっぱい・苦い」に分類されるって聞いたことがあります。
Dr.:
現在では4原味ではなくって、5原味つまり4原味プラス「旨味」が、味覚を構成しています。
An.:
それじゃ先生、マーボー豆腐の辛味って、味覚じゃないんでしょうか?
Dr.:
4原味もしくは5原味は、口の粘膜の顔面神経・舌咽神経・迷走神経で感じる、文字通りの味のことです。
 でもね江澤さん、辛味は正確には味覚じゃないんです。
An.:
辛味は味じゃなかったんですかぁ!?
Dr.:
辛味は実は小さな痛み、つまり痛覚なんですよ。しかもこれは三叉神経の担当で、他の原味とはニュアンスが違うんです。
An.:
ちっとも知りませんでした。
 それじゃマーボー豆腐は、4もしくは5原味以外の味覚も十分に楽しめる、豊かな料理ってことでしょうか。
Dr.:
次回はそのお話しです。お楽しみに。

94話 陳麻婆豆腐と温いビール

An.:
三好先生、前回は雲南省の北に位置する四川省は、曇りの日が多くって湿度が高いので、住民は健康のために汗をかく目的でとても辛い料理が一般的だ、と伺いました。
 中でも、あの有名なマーボー豆腐はすごく辛くって、しかもその辛さは唐辛子の辛さつまり中国語の「マー」ではなく、痺れるような辛さで「ラー」と呼ばれる、そう教えて頂きました。
Dr.:
四川省の中心地である成都市には、有名なマーボー豆腐の古いお店がありまして、日本人でいつも一杯なんですけど。
An.:
何て名前のお店なんですか?
 江澤も一度、行ってみたいです。
Dr.:
「陳マーボー豆腐店」って、言うんですけどね。
An.:
名前がいかにも、本場のそれらしいですね(笑)。
Dr.:
マーボー豆腐のマーボーは、漢字では「麻」つまり繊維の麻という字と、お婆さんの「婆」という字を書くんですけど。
An.:
それはいったい、どういう意味なんでしょうか?
Dr.:
直訳すると、「あばたのおかみさん」という意味になります。
An.:
どうして、ですか?
Dr.:
中国の清(しん)の時代に、成都の陳さんという料理人の奥さんが、子どものときの天然痘の名残で、あばた面だったらしいんです。その陳さんが創作した料理がつまり「麻婆豆腐」だったので、その名前が付いたらしいんです。
An.:
先生は、その現場を見ていたんですか?
Dr.:
いえいえ、そのお店の中に由来が掲示してあるんですよ(笑)。
An.:
陳さんという名前は、「料理の鉄人」に出て来そうな名前ですよね。たしか、陳建一でしたっけ?
Dr.:
日本で四川料理が有名になったのは、陳建一のお父さんの陳建民さんがテレビなどで広めたためなんです。そのときに担担麺も、日本風にアレンジされて、普及するようになりました。
An.:
担担麺って、あのすっごく激辛のスープで頂く、美味しい麺ですよね?
 日本風にアレンジされていたんですか?
 ちっとも、知りませんでした。
Dr.:
担担麺は現地で注文すると、まったくスープが無いんです。
An.:
エーッ!?
Dr.:
スパゲッティみたいな茹で麺の上に、激辛のミート・ソースが乗っかっているので、初めてお目にかかるとビックリしてしまいます。
An.:
それを、陳建民さんがスープ麺に仕立てたんですね。
Dr.:
日本版「担担麺」発祥の、知られざるウラ話でした。
An.:
四川料理って、そんな風にすべてが激辛なんですね?
Dr.:
それは、最初にお話ししたように雲に被われた四川省で、健康的に汗をかくための調理法だったと言われます。
 もっとも、唐辛子を使用した料理の文化は、タイ料理にもありますし。今回訪問した雲南省の西双版納でも、唐辛子を使った辛い調理法は良く見ました。
An.:
そう言えば、タイ料理も辛いって、聞いたことがあります。
Dr.:
タイ料理の「トムヤムクン」は、激辛スープですけれど、私は大好きです。
An.:
先生はもしかすると、カレー・ライスもお好きなんじゃありませんか?
Dr.:
さすがは江澤さん。私の一番の好物は、カレーなんです。もちろん、マーボー豆腐も大好きですけれど。
An.:
辛い好物料理を一杯食べて、よく冷えたビールを呑んで、たっぷり汗をかいたら、いかにも健康的じゃないでしょうか?
Dr.:
現在では中国のビールも、良く冷えたそれが提供されるようになったんですけれどね。20年くらい前、私が初めて中国を訪問した頃には、ビールは冷やさないのが普通でして。つめたーいビールが大好きな私は、とっても閉口しました。
An.:
どうして当時の中国では、ビールは冷えてなかったんでしょうか?
陳麻婆豆腐店の前で(成都市) 陳麻婆豆腐店の前で(成都市)
Dr.:
これは漢方医学の考え方なんですけれども、体を冷やすのは健康に良くないと信じられていまして。ビールも・・・・・・。
An.:
冷えたビールは体に悪い!?
Dr.:
と言うわけで中国の人たちは、私の健康のために、わざわざ温い(ぬるい)ビールを注いでくださったんです。
 私はそのご好意に泣くほど感謝しまして。
An.:
温いビールをお呑みになった?
Dr.:
いえいえ、別に氷を大量にオーダーしまして。ビールの、オン・ザ・ロックを楽しんだんです。
An.:
その光景が、目に浮かぶようです。
見るからに辛そうな火鍋(重慶市) 見るからに辛そうな火鍋(重慶市)
Dr.:
これがまた、酔いの回るのが早いんですね。氷が溶けてしまうと、ビールが水っぽくなるものですから。溶ける前にビールを呑んでしまおうと思うと。
An.:
きっと、ピッチが異常に早いんでしょうよね。
Dr.:
今でも中国のビールは、余り冷えていないことが、時にあります。
 ですからこの頃では、中国のレストランを予約する際に、予めビールはしっかり冷やすように、厳重にオーダーしておくことにしました。
An.:
しっかり冷えた、青島ビールのラガー・タイプですもの、ね。
Dr.:
さすが1を聞いて10を知る江澤さん。私の言いたいことを、すべて察知してますね。
An.:
本日も面白いお話し、楽しかったです。
Dr.An.:
有難うございました。

95話 中国三大ストーブシティ

An.:
三好先生、前回は四川省の成都市の名物・マーボー豆腐について、興味深いお話しを有難うございました。
 江澤はお話しを伺っていて、よだれが出てきそうになりました。
Dr.:
江澤さん。辛い料理としてもう一つ、重慶市の「火鍋」は忘れちゃいけません。中国語で「ホイコー」と呼ばれるんですけど。
An.:
火鍋と呼ばれるのは、口の中が火のついたように熱くなるから、でしょうか?
Dr.:
本日も、1を聞いて10を知る江澤さん。絶好調ですね。
 うこっけいの出汁(だし)のスープに、唐辛子ソースを無茶苦茶たくさん放り込んで、真っ赤になった鍋で肉や魚そして野菜を、茹でて頂く料理です。
An.:
重慶市っていうのは、やはり成都市と同じような環境にあるんでしょうか。
Dr.:
成都市は、三国志でいうと「蜀」の国に当たります。
 それに対して重慶市は、三国志の「巴(は)」の国に相当します。
 「巴蜀」というのは、正に三国志で諸葛孔明が勝ち取った領土そのものなんです。
An.:
それじゃ文化、ことに食文化も似ているんですね?
Dr.:
成都市も蒸し暑い所ですが、重慶はもっとすごいんです。
 一般的に「中国3大ストーブ・シティ」という表現がありまして、ですね。
An.:
それはきっと、すごく暑い地域という意味なんですよね。
Dr.:
この3大シティは、長江つまり揚子江の上流沿いの、南京市・武漢市・重慶市のことなんですけど。夏にはいずれも、40度以上の気温になりますから・・・・・・。
An.:
先生、仙台市ではちょっと考えられない暑さですよね!
Dr.:
現在では、これらの3都市も近代化が進み、エア・コンもしっかりしていますから住み易いんですけど。私が初めて中国に行った1990年頃には、天然自然の気候が家の中でも満喫できる状態でした。
An.:
それはきっと、ものすごく暑苦しいんでしょうね。
Dr.:
7月が1年の中でもっとも蒸し暑いシーズンなんですけどね。
 私が親しくしていた南京医大教授の自宅では熱帯夜の最中、寝苦しくってもどうしようもなくて、1台だけある天井の扇風機が熱い空気を、ただゆぅっくりとかき回していて・・・・・・。
An.:
とっても寝苦しそう!
Dr.:
さすがに現在の中国は、それとは違いますけど、ね。
 そういう熱い気候と、四川の食文化の産物が、火鍋なんですよ。
 それに重慶市は、蒋介石が国民党政府を置いたところで・・・・・・。
An.:
美味しい料理を作るコックさんが、たくさん居るんですね!?
Dr.:
火鍋もただ辛いんじゃなくって、深い味わいに富んでいるんです。
 でも、とにかく辛いんですよ。
 冷房が効いているからマシなんですけど、とにかく全身汗まみれになってその火鍋を食べるんです。
An.:
先生の大好きな青島ビールも、もちろん忘れちゃいけません。
宋姉妹 宋姉妹
Dr.:
汗になった体中の水分をビールで補いながら、夢中で食べた記憶があります。
An.:
それくらい四川省ってのは、湿度と温度の高い地域なんですね。
Dr.:
重慶市の博物館には、有名な「宋姉妹」の写真が飾られていまして。
An.:
それは、どなたでしたっけ?
Dr.:
「宋」という財閥の、3人姉妹なんですけれど。長女が孔子の子孫の大商人と結婚し、次女が孫文と結婚し、末っ子が蒋介石と結婚したんですね。
An.:
そんなすごいことがあったんですか!?
Dr.:
ですから俗に、「長女は”財”つまり財産と結婚し、次女は”革命”と結婚し、三女は”権力”と結婚した」と表現されるんです。
An.:
孫文は辛亥革命を起こし、清の国から現在の中国の元になる政治の基礎を築いたんですもの、ね。
 それに対して蒋介石は、国民党を率いて中華民国を作った人ですよね。
 同じ家族の中の姉妹が、まったく異なる立場の、それぞれトップになる人物と結婚しているんですから。
 歴史の偶然かも知れませんが、すごいことですよねぇ。
Dr.:
孫文はある意味神格化されていまして、辛亥革命の最中、日本に亡命していた時期に「中山(なかやま)」と偽名を使っていたんです。
 それが中国では、「中山(ちゅうざん)」と呼ばれることになり、孫文の別名を孫中山(そん・ちゅうざん)と称するんです。
 私が客員教授を務める南京医科大学の傍には、孫文を祭った「中山稜」という巨大なお墓があります。
 この中山稜で、以前お話しした中国におけるスギ花粉症の第1症例が発見されていますので、頭の片隅に入れておいてくださいな。
An.:
先生のお話しは、やっぱり歴史的にも地理的にも、余りにもスケールが大きくって(笑)。
Dr.:
でも、優秀な江澤さんの頭脳には、必ず全部入っちゃいますから(笑)。
 で、お話しは戻るんですけど。そういったエピソードに満ちた四川省の、その南側にあるのが、今回私たちが調査に行った雲南省なんです。
An.:
雲の南って字を書くんでしたよね?
Dr.:
四川省がお話ししたように、太陽が見えないくらい雲に覆われた地域なので。
An.:
あ、その雲の南の地域なので、「雲南省」なんですか!?
Dr.:
この説は、司馬遼太郎がその著書「街道を行く 20」の「中国・蜀と雲南の道」というタイトルの本に、記されています。
 おそらく、当たっているんだろうと、私は思います。
An.:
雲の南の国なんですから、きっとお日さまががいつもニコニコしている土地じゃないんでしょうか?
Dr.:
雲南省も広いので、気候はさまざまです。大体、日本と同じくらいの面積ですから。
An.:
それじゃ、天気もそれぞれですよね。
Dr.:
私たちが今回訪ねた、昆明市・香格里拉市・西双版納は、かなり気候風土の異なる地域なんです。
 でもそれぞれに、とっても面白かったので、そのお話しをします。
An.:
世界は広いですから、ね。
 先生の世界のお話しは、すごく壮大で江澤は大好きです。次回も続きが楽しみです!
 本日は、有難うございました。
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