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ラジオ3443通信 学校健診特集7 雲南の旅

学校健診特集7 雲南の旅 目次

96話 昆明市の昔と今

An.:
三好先生、今回は先生の中国調査旅行の舞台となった雲南省の、気候風土のお話しが伺えると聞いていました。
 雲南省って、どういう所なんでしょう?
 江澤も、先生のお話しを伺って、一度行ってみたいような、ウキウキした気分になってます。
Dr.:
私も昆明市は14年ぶり、3回目の訪問でして。久しぶりの光景を、とても楽しみにしてました。
An.:
14年ぶりですって! それじゃあ現地の風景も、ずいぶん変化したんじゃないんでしょうか?
Dr.:
14年前の昆明市はようやく、いわゆる「改革・解放」路線が始まったばかりでして。それまで外国人が自由に中を歩き回ることは、できなかったんです。
 でもその路線のお陰で、私たちも昆明に調査旅行に行き易くなったんです。
An.:
それじゃあ、昆明の街はまだそんなに整理されてなかった?
Dr.:
私たちの行った1998年は、「花の万博」が昆明市で開催される直前でして。街全体が観光都市として、再開発される途上だったんです。  でも、その頃の昆明も「春城」の名にふさわしい、美しい都市でした。
An.:
1998年というと、どんな時代だったんでしょうね。
Dr.:
私が、今でも憶えているのは、その時期中国でもカップ・ラーメンが発売されたことでして。
An.:
ウフッ、先生はいつでも食べ物の記憶が最優先なんですね!?
Dr.:
今では、あの広い中国の至る所で、現地の人たちがカップ・ラーメンをすする姿を目にしますが、それは1998年以来なんですよ。
An.:
時代の変化が手に取るように、判ります。
Dr.:
その昆明市ですが、14年でその地理的な意味がかなり変わりました。
An.:
と、言いますと?
Dr.:
私たちの中国のイメージですと、やはり北京市や上海市のような、国を代表する大都市がすぐ頭に浮かぶんですけど。中国はとにかく広大な土地ですから、私たちの想像できない一面を持ってます。
An.:
先生、それは昆明市についてのお話しですよね?
Dr.:
以前、中国の3大ストーブ・シティという言葉を、ご説明しました。
An.:
南京市・武漢市・重慶市の、3都市のことでしたよね。
1998年 花の万博 会場にて 1998年 花の万博 会場にて
Dr.:
  その中の重慶市は、昔つまり第2次世界大戦当時のことですけれど。蒋介石が国民党政府を置いた場所なんです。
An.:
知りませんでした。
Dr.:
当時、日本軍が中国に攻め入り、蒋介石は重慶市まで政府を移動したんですけど。その蒋介石政府を、米英が軍事援助するために「援蒋ルート」というものがあったんです。
An.:
それは、どういう・・・・・・。
Dr.:
  当時、英国領だったビルマ。今のミャンマーのことですけれど。
An.:
江澤は、文学少女でしたから。「ビルマの竪琴(たてごと)」は、読んだことがあります。
Dr.:
  インド洋からそのビルマを通って、中国に入り昆明市を通って重慶市に至る経路。それが「援蒋ルート」のメイン・ロードなんですけれど。
An.:
インドもその当時、まだ英国領だったんですもの、ね。
Dr.:
  逆に言えばそのルートは、中国から南アジアやアフリカに出て行くときの、最短ルートにもなってまして。
 その意味から現在の重慶市や昆明市は、中国の南西部に開かれた巨大な交通ルートの拠点なんです。
An.:
それじゃ、結構重要な地理的ポイントなんですね?
Dr.:
重慶市は2年前に行った折、街自体は当然として、空港が巨大であることにびっくりしたんです。
An.:
中国にとって、重要な拠点なんですもの、ね。
石林 石林
Dr.:
ところが今回利用した昆明市の空港が、この春に開港したばかりの、ま新しい空港だったんですけど。重慶空港とそっくりの作りで、やはり巨大な空港なんです。
An.:
昆明市も、「改革解放」時代とは打って変わって、重要な拠点として見直されているんでしょうか。
Dr.:
実際、私たちが今回調査旅行で利用した道路も、中国南東部の広州市つまり広東料理の本場から、昆明市を通ってミャンマーのヤンゴン市まで抜ける、ロング・ドライブ用の道の一部でした。
An.:
先生、地図で確認するとすごい距離ですよね。その道路は広東省の広州市から、雲南省の昆明市を通じて、ミャンマーのヤンゴン市まで通じているんですから。
Dr.:
私たちがこの道路を観光していると、広州市の工場で作られた新車が、運搬トラックに山と積まれて、ミャンマーへ向かって次々走っているんです。
An.:
昆明市は今では、単なる少数民族の多い観光都市ではなく、中国の大動脈の一部を成す重要な都市に位置付けられているんですね。
Dr.:
  さすが1を聞いて10を知る江澤さん。
 この中国の、南アジアからアフリカにかけての海の道。これは今まで話題にしていた7つの海とは違った意味で、重要な海路つまり海の通り道だったんです。
 そしてこの海路は、明の時代の中国の大航海つまり船旅で、すごく有名なんですよ。
An.:
三好先生のホームページに、そのことが書いてありましたよね。コロンブスやヴァスコ・ダ・ガマの大航海時代より70年も前に、鄭和(ていわ)という将軍が、2万7800人もの軍隊を率いて、アフリカの東海岸まで遠征したお話しですよね。
Dr.:
次回は、そのお話しの続きです。

97話 鄭和将軍と昆明調査

An.:
三好先生、前回はこのOAでも何回か話題にした、7つの海のお話しのうちマゼランやコロンブスの大航海時代より、70年も前に明の鄭和という将軍がアフリカまで大航海をしていたとか。江澤は興味深々です。
Dr.:
ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を回って、当時のヨーロッパからインド洋へ出ることができたのが・・・・・・、江澤さん。いつのことでしたっけ?
An.:
ちょっと待ってくださいよ、先生。
 世界史の授業で江澤が暗記されられたのは、ええっと。そうそう「ガマ、良くやった」と憶えさせられたので、1498年のことです。
Dr.:
そのヴァスコ・ダ・ガマの乗っていた船の大きさが、178トンだったとされます。
 それに対して鄭和の船隊の船の大きさは、8000トンだったと伝えられています。
An.:
大航海時代のヨーロッパより、はるかに早くはるかに巨大な偉業を成し遂げていたんですね。東洋の方が。
Dr.:
その鄭和将軍の生まれたのが、昆明市の美しい湖のほとりだったんです。
An.:
それじゃ明の時期から昆明市は、中国の南アジアやアフリカへのルートの、拠点だったわけですね?
Dr.:
「歴史は繰り返す」と言いますが、実は現在の中国の南アジアやアフリカへの進出ルートは、明の時代のそれを再現しているような、そんな雰囲気もあります。
An.:
ホント先生、歴史は繰り返すんですねェ(笑)。
昆明市の樹齢800年の孔雀スギ 昆明市の樹齢800年の孔雀スギ
Dr.:
でお話しは戻るんですけど、ね(笑)。  私たちが今回調査旅行で利用した道路、つまり広州市つまり広東料理の本場から、昆明市を通ってミャンマーのヤンゴン市まで抜ける、ロング・ドライブ用の道の一部ですが。そこは、雲南省でもすごく有名な石林(シーリン)という観光地へのルートでもあります。この石林は、石の林という文字を充てるんですけど、江澤さん。どういう光景か、想像がつきますか?
An.:
石の林ですか、先生。  まさか巨大な石がまるで「林」のように、つぎつぎと連なって生えている、なんてことはないですよね。
Dr.:
正解です、江澤さん。
 江澤さんは、私の心の中が、すべて透けて見えるみたいですねぇ(笑)。
 そうですね、この石林の光景を思い浮かべるとしたら。石灰分の多い地層が、カルスト台地という呼び方をするんですけれど。斜めに隆起して、それが雨に削られて。ちょうど石の林のように、まさに林立している光景なんですよ。
 ですから、例えて言うならば鍾乳洞が地上にできている、そんな風景なんです。
An.:
その表現で、江澤にも石林の様子が目の前に浮かぶように、判りました。「地上にできた鍾乳洞」なんですね!
Dr.:
1998年に私は、昆明市の昆明医学院と共同研究を開始していまして。その時に、初めて石林を見たんですけれど、すごく印象的で。
 でも、今回2回目ですが、やっぱりとっても忘れがたい所です。
An.:
先生は昆明医学院と、どんな共同研究をしておられたんですか?
Dr.:
以前お話ししたことがありますが、私たちの研究以前には、スギ花粉症は日本にしか存在しないと誤認されていまして。
An.:
思い出しました。そんな常識のウソを、三好先生が覆したんですよね。
Dr.:
中国のスギ、これを日本スギの学名であるクリプトメリア・ジャポニカに対して、クリプトメリア・フォルチュネイって称するんですけれど。  その中国スギの巨木が、ここ昆明市のお寺にあるって、専門書に書いてあったんです。
An.:
それで先生はそのスギを探しに、昆明市まで行かれたんですね!
ステキな、本当にロマンを求めての研究活動ですよね。
 江澤も一度、ご一緒してみたいですぅ。
Dr.:
江澤さん、来年の調査はシルクロードの、敦煌(とんこう)へ行きますから、ぜひご一緒しましょうよ。  敦煌では江澤さん、江澤さんをラクダに乗せてあげますよ。
An.:
えっ、先生。ラクダって乗れるんですか? 落ちないんですか? 江澤の足でも届きますか? たしかラクダって馬より大きいって、聞いたことがあります。
Dr.:
江澤さん、ラクダは月の砂漠を歩いて行くんですから。江澤さんにば絶対、ステキな王子さまがエスコートしてくれますよ(笑)。
An.:
三好先生、王子さま付きだったら江澤は、ぜひともご一緒させて頂きますよ(笑)。
Dr.:
お話しは戻るんですけどね(笑)。  そんなわけで昆明医学院とは、中国スギとその花粉症について、共同研究をやっていたんです。
An.:
昆明市で、話題の中国スギは見つかりましたか?
Dr.:
ええ、目的としていたお寺で、樹齢800年のスギの巨木を見つけました。
An.:
樹齢800年ですか!
Dr.:
名前を「孔雀スギ」と言いまして、元の時代に植えられたスギだとのことでした。
An.:
雲南省の歴史を読むと、この土地が中国の領土となるのは、元の時代でしたよね。
Dr.:
元は雲南省だけじゃなくって、ユーラシアの大部分を領土としましたからね。  日本だってその時期、元寇(げんこう)に見舞われていますし、ね。
An.:
その時代からのスギって、やっぱりびっくりですよね。
Dr.:
そんな研究の経緯があって、私たちは昆明医学院と共同研究をやっていたんですよ。
An.:
セーンセ。三好先生の研究って、本当に世界の隅々(すみずみ)まで、行き届いてるんですね。
Dr.:
昆明医学院との研究の際に、バター茶ほどじゃないんですけど。ちょっと珍しい食事に、お目にかかりました。
An.:
次回はお食事のお話しですね。
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