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仙台日伊協会に代理出席しました~遣欧使節派遣400年記念講演「支倉常長家について」~秘書 森 千紘

歴史に触れて

仙台日伊協会に代理出席しました

 2013年3月23日(土)、仙台日伊協会主催のイタリア文化の講演会に、院長の代理で出席いたしました。

 今年は、支倉常長が伊達正宗の命を受け、慶長遣欧使節として派遣されてから400年。講師に支倉常長の子孫で第十三代当主の支倉常隆氏がいらっしゃり、ご講演をされました。

 支倉常長は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将で、伊達氏の家臣です。伊達政宗の命を受け、1613年(慶長18年)10月28日、支倉常長ら一行がスペイン領メキシコ経由でスペイン、ローマへ派遣されました。これを慶長遣欧使節といい、(1)スペイン国王に会いメキシコとの直接貿易の許可を得ること、(2)ローマ教皇に会い仙台領内での布教のため宣教師の派遣を、お願いしました。

 しかし、交渉は成功せず、7年後に帰国しましたが、その時には日本ではすでに禁教令が出されており、失意のうちに2年後に死去しました。

 ここで、今回のテーマとなった支倉家について説明いたします。

 支倉家の祖先は高望王から代々続き、伊勢国国司に任ぜられて伊藤庄に住んだ伊藤常久を先祖としています。常久は平清盛に仕え、常州(西方目代)を任されていました。

第十三代当主の支倉常隆氏 第十三代当主の支倉常隆氏

 常長は1571年に生まれ、まもなくして支倉家本家を相続した山口常成(常長の実父)が、兄の時正に子供が授からなかったため、常長を時正の養子に出すことになります。

 しかし、数年後、後妻に二人の子供が生まれたため、伊達政宗の命によって600石で分家となり、支倉常長と称したといわれています。

 このため、分家となった支倉常長家の家系は、講師の支倉常隆氏で第十三代目になるのだそうです。

 今回の講演会は、宮城県にゆかりのある人物ということもあり、大変興味深い内容で、色々と勉強させて頂きました。このような機会を与えて頂いた院長先生に感謝申し上げます。

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