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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

2012年中国アレルギー調査~雲南省の旅~旅レポ6

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看護課 浅野 佳代

森のスカイツリー(望天樹)

 9月20日(火)、今日も朝から晴れていて、暑い1日になりそうです。車で1時間30分くらい場所にある望天樹へでかけるため、いつもより早くホテルを出発しました。

 望天樹とは、国に保護されている希少樹木の名前で、他の樹木に比べ背が高く太くなるという特徴があります。望天樹の間に架けられた空中走廊という吊り橋を渡り、ジャングルを眺めることが出来るということです。公園入り口からはバスか船で向かうということですが、工事で道路が通れないとのことで、船を使いました。川の水は茶色でメコン川の水の色と一緒です

 この空中走廊という吊り橋は、地上30m、全長400mあるとのこと。下からみてもガイドブックの写真をみても、縄と薄い板で出来ていて、細く、足元がすけています!
 とうてい高所恐怖症である、私が渡れるものではなく、私は留守番をしていました。でも、みなさん結構楽しんできたようです。写真をみると笑顔があふれていました。帰りはスコールのような雨に降られてしまい、なかなか船がきません。

 結局、バスで入口にもどりました。私はちょうど休憩中で、皆さんのように雨には濡れませんでした。夏には台風がそれていった程の晴れ女です。旅先で傘を使ったことはありません(笑)。

看護課 浅野 佳代 看護課 浅野 佳代
船で目的地へ 船で目的地へ
見慣れない景色に釘付け 見慣れない景色に釘付け
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地上30m。縄で出来ていて安定感が全くなさそう 地上30m。縄で出来ていて安定感が全くなさそう
笑顔の院長 笑顔の院長
これまた笑顔の稲福先生 これまた笑顔の稲福先生
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ふたたび昆明へ

 9月21日(水)は、シーサパンナ花卉園を見学したあと、やっと熱帯を離れ昆明へ行きます。

 シーサパンナ花卉園は市民の公園のようになっていて、婚礼の写真を撮っていたり、子供たちが遠足に来ていたり、とても賑やかでした。公園内もよく手入れされており、遠足や記念撮影にはもってこいの場所のようでした。中国といえば一人っ子政策で有名で子供は少ないのかと思えばそうでもなく、もともとの人口が多いためか、子供はよくみかけます。果樹園で果物の試食をし、おみやげを買いこみ、昆明にもどりました。

 亜寒帯気候でやや寒い雲南省北部の高山から、いきなり亜熱帯気候の暑さを体験し、結構ハードな環境を旅してきたことになります。

 雲南省の省都・昆明は温帯気候で年間平均気温15度。冬温暖で夏涼しい過ごしやすい都市です。ガイドさんは雪が降ったのを見たことがないそうです

遠足に来ていた子供たち 遠足に来ていた子供たち
広い園内 広い園内
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殷先生が、壷や掛け軸などをたくさん買い込んでいたお土産屋 殷先生が、壷や掛け軸などをたくさん買い込んでいたお土産屋
「毛主席語録」というものも並んでいました 「毛主席語録」というものも並んでいました
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昆明の歴史

 昆明の歴史は古く、旧石器時代の3万年前には、昆明の池という湖の周辺に、古代人が住んでいたことを示す遺跡があるそうです。紀元前3世紀には楚の将軍荘(てん)国を建国しました。紀元前109年前、漢の武帝が国王に王の印を与えて正式な国家として認め、南韶国の東都として栄ました。そのあとは大理国(938~1253年)が建国され独自に統地されていました。1254年フビライ・ハンが派遣したモンゴル軍に占領され、やがて元朝により雲南行省が設置され昆明県と呼ばれるようになったそうです。その後明の時代・朱元璋(1328~1398年)の頃に漢民族の大量の移民があり漢民族の地になりました。

 明の時代、大航海家・鄭和(この時代コロンブスに先駆け、中国からアフリカまで大航海をした人)は、この昆明の池湖畔・昆陽というところの生まれだそうです。鄭和は回族と呼ばれるイスラム教徒で、元が明にかわる混乱の時期に生まれ、のちに明の皇族の宦官となり、大航海をすることになるのです。現在、あらためて地図をみると昆明市に鄭和と名の付く公園や道路がありました。

おいしそうな果物 おいしそうな果物
この大きなフルーツはジャックフルーツです この大きなフルーツはジャックフルーツです
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 中国には漢民族とそれ以外の少数民族の人が暮らしています。漢民族が92%を占めますが、少数民族の人口も1億人を超えています。中国には55の少数民族がいるといわれていますが、雲南にしかいない少数民族が15ほど存在します。昆明にもイ族やナシ族など12の民族が住んでおり、それぞれ特色のある生活習慣と歴史背景をもっています。今回訪れた、雲南の北西部・チベット族、南部・タイ族も、それぞれ独特の別の雰囲気がありました。これらの地域に陸路で入るためには、険しい山岳地帯を越えなければならず、中央の文明・文化が伝わりにくい環境だったのでしょう。そのため長い間、民族独自の文化が守られてきたのではないかと思います。飛行機でいききが容易になった現在、これらの民族の人たちの生活習慣も少しずつ変わっていくのではないでしょうか。街も観光地も新しく整備され、森の奥までパソコンが持ち込まれ、デジタル写真を撮り観光客に売られていました。

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昆明から上海へ

 9月22日(木)、昆明最後の見学地は池の西側にある龍門石窟です。龍門石窟は、揚父子と70余名の石工が1781年~1853年にかけ72年の歳月をかけて完成させたものです。「登竜門」の語源である龍門は、門の一部を触ると試験に合格するとか、出世するといわれています。ロープウェイで西山へ登り(標高2,000m位)山の崖の淵に沿って作ってある遊歩道(階段)を降りながら見学します。石窟の彫刻はみごとで色彩豊か。いつもながら、年月をかけ作られる中国の彫刻は雄大で見ごたえがあります。

龍門石窟からみたてん池 龍門石窟からみたてん池
色鮮やかな龍門石窟 色鮮やかな龍門石窟
龍門とかかれた石の門 中国美人と日本美人・森秘書 龍門とかかれた石の門 中国美人と日本美人・森秘書
絶壁に沿って遊歩道が作られ、石窟を見ながら降りていけます 絶壁に沿って遊歩道が作られ、石窟を見ながら降りていけます
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 この日の夜、上海にもどり再度、時先生を交え、最後の晩餐です。 日本食が恋しくなり、食欲が落ちていた我々女性陣のため、時先生がお寿司を御馳走して下さいました。それで、お腹も落ち着き、ぐっすりと眠ることができました。

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仙 台 へ

 今回、のべ12日間という長い旅になりました。23日(日)無事、仙台に帰ってくることができました。尖閣諸島問題にからむ反日デモも、いったん落ちついたようで、我々が帰国した時、ニュースは別の話題になっていました。
 そして、夏が終わり秋の気配に季節は移っていました。

上海の元禄寿司で乾杯 上海の元禄寿司で乾杯

今回の旅に参加していただいたメンバーを紹介します。
当院の院長  三好 彰 先生
中国には数えきれない位、渡航しています。

南京医科大学 殷 敏先生
中国語・日本語・英語を駆使。たよりになる殷先生です。

南京医科大学 程 雷先生
いつもお忙しい中、時間を作って参加して下さいます。

愛知淑徳大学 稲福 繁先生
最年長での参加です。とてもお元気で、楽しい先生でした。

愛知医科大学 稲川俊太郎先生
ムードメーカーになってくれて旅を盛り上げて下さいます。

愛知医科大学 清水 崇博先生
まじめで、やさしい好青年です。ただ、どこかぬけているという噂も……。

上海交通大学 時 海波先生
上海でお土産を持ってかけつけてくれました。お寿司を御馳走様でした。

当院の秘書 森 千紘
生まれて初めての海外旅行。ハードな旅でしたが、よく頑張りました。

旅行社 周 敏さん
長い期間、お世話になりました。ありがとうございました。

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2012年アレルギー調査 グルメレポ(5)