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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

三好耳鼻咽喉科クリニック開院20周年特別企画~難聴児問題の昔と今 6~三好 彰

ここでは、本誌No.216に引き続き、院長が1975年、岩手医大在学中に作成した「難聴児の社会保障」というレポートをご紹介いたします。

「難聴児の社会保障(6)」

考案Ⅵ

 K.N君の母親の家系には難聴が多く、母親自身も高音域の難聴を有している為、社会的保障については詳しかった。Recruitmentがあって気付きにくいはずの難聴にわりと早く気が付いたのも、同じ様な理由によるものと思われる。

 盛岡へ来た当時、幼稚園探しに苦労したということは盛岡における就学期以前の難聴児の為の施設の不足を、端的に物語るものであろう。それにしても大船渡ではK.N君を受け入れてくれる幼稚園があったのにより大都会であるはずの盛岡では受け入れてもらえなかった、というのはいかにも皮肉な事実であるようにおもえてならない。

 また、K.N君の普通小学校入学に対して拒否的であった都南村教育委員会が、村井先生の診断書一通で「余りにもあっけなく」(母親の形容)普通学級入学を許可したということは、難聴児教育に医師が積極的に関与することによって、教育制度の改善をはかることができるのではないかという可能性を示唆している様に考えられる。

 飯岡小入学後、K.N君の学校生活が思わしくないということで母親がノイローゼ気味になった時に、十分に相談にのってやれる専門医がそばにいなかったということは、非常に残念なことに思う。実際に村井先生のアドバイスによって「きこえの教室」入級を決意しているだけに、もう少し早い時期に一緒になって考えてやれるホームドクター的な存在があれば、かなり母親の苦労も少なくなっていたのではないか、と考えるからである。現在の所、そういった専門医が不足している以上、せめてケースワーカーにでも相談を持ちかけてくれる患者さんが増えることを望むしかないであろう。

 保障の実際であるが、都南村からの交通費、補聴器のコード等、それなりに役所側からも考えてくれているのであろうが、多少現実離れしているという感はまぬがれ得ない。

 Ⅳについては「きこえの教室」PTAの出席率の悪さを他の(協力してくださった)母親達と同じく強調しておられた。ただ、これは他の種の障害についても言えることなのだが、障害者自身やその家族というのは意外に引っ込み思案で、現実の制度を改善して行こうという意志に乏しいものなのである。障害を背負いながら毎日を精一杯生きていく、それだけで他の事に手が回らないのは良く判るが、現在の制度、社会の状況等を改善していかない限り、後に続く障害者が同じ様な困難を感じて生きていかなければならないのである。障害者だからといって無気力になることなく、困難を克服していくだけのファイトが欲しいと思うし、お互いに手を取り合っていく為にも、先ず「きこえの教室」PTAの出席率を高めていくべきではないのだろうか。

 Ⅴについては、何よりも転勤を心配しておられた。何しろ今転勤になると、盛岡に来た時と同じ苦労を繰り返さなければならないのだから当然のことだろう。そこへ行っても難聴児の為の施設が整っている様になるのが理想なのだが・・・・・・。

(ⅳ)Y・S 男 昭和38年7月19日生

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Ⅰ.小さい時は異常なし

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 昭和43年2月、言葉が変だと思って花巻市の耳鼻科開業医へ行ってみる。単なる遅れといわれる。

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 同年9月、同耳鼻科にて検査し、30 dBでは聞こえているといわれる。どこへ行って何をしたら良いのかわからず母親は途方にくれたという。

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 昭和44年6月、医大耳鼻科にて検査始め、同年秋から補聴器装着を始める。同時に言葉が濁ってきていることを指摘されて、言葉の訓練の為週2回医大スピーチクリニックに通う。

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 就学時期になって、普通学級か聾学校かを決めるのに迷う。普通学級への試入級(最初の1学期間)では、学校側から苦情が出たという。
 母親は聾学校、教育センター等をまわって歩き相当苦労していた(医師は普通学級を、教育委員会は聾学校を奨める)が、そんな母親の事情につけ込み、寄付をしてもらえは入学できるかも知れないとほのめかした小学校校長もいたという。

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 昭和47年3月まで、1年と2学期間、聾学校へ。

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 同年4月より桜城小へ転校。「きこえの教室」へ入級し、現在へ至る。

 入級に際しては盛岡市の教育委員会から盛岡の分だけで手一杯なのだから桜城小入学はやめる様にして欲しいといわれたが、直接教育委員長に話をして入学の許可を受けたという。しかしその後、市の学務課へ行ったところ、なるべく早く桜城小をやめて欲しいといわれたそうである。

Ⅱ.交通費はバスが半額、鉄道も少し割引になる。
 最近は桜城小からも補助がでるので助かる。しかしバスの運転手などに付添いの際に割引してもらおうとすると、露骨にいやな顔をされるし、本人も支払う金額が足りないと言われたことが度々あるという。
 補聴器は1回目は私費で購入した。身障者手帳について医師が一言も説明してくれなかった(むしろ母親側から「こういう制度があるのでは?」と質問したそうだ)為である。
 コードなどの予算は私費で購入している。役所をまわるのが手数で、経費もかかるからである。

Ⅴ.中学校のことが心配である。英語が入ってきたりすると難聴があっては不利なのではないだろうか。

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