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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

三好耳鼻咽喉科クリニック開院20周年特別企画~難聴児問題の昔と今10~三好 彰

ここでは、№224に引き続き院長が1975年、岩手医大在学中に作成した「難聴児の社会保障」というレポートをご紹介いたします。

「難聴児の社会保障(10)」

考察XI

郡部に住んでいる為に、ヒアリングセンターへこそ通えるものの、十分な教育施設に恵まれず苦労している様だ。特に中学校に関する心配はもっともなので、難聴学級が小学校にしか無いというのは片手落ちなのかも知れないと考える。せっかく設備が整っている仙台なのだから、中学校における難聴学級設置を本気で考えてみてはどうだろうか。又、ボランティア等を通じての難聴児の為の下宿(2.3軒あれば間に合うと思う)の様なものの実現が可能であるのなら、このH.Y君の様な難聴児も助かると思うのだが。

(iii)K.T 男 昭和42年6月17日生

I.

1.3才
2.3才児検診 3.(1) 3才2ヶ月、札幌医大病院。主に精神衛生の相談。精薄とまちがえられたらしい。半年後再検査。
  (2) 3才4ヶ月、北大病院(耳鼻科)。
  (3) 3才5ヶ月、市立札幌病院(耳鼻科)。
   (2)(3)共、本人に余り反応が無くて正確にはわからないとのこと。
  (4) 3才10ヶ月、札幌厚生病院(耳鼻科)。感音性難聴であることがわかる。
  (5) 4才、スペルマン病院(小児科)。言語中枢に異常脳波。その後2年半に4回の投薬で脳波正常化。(なお4才の時に仙台に引っ越して来ているので、これは仙台での治療である。)
5.訓練所を探して歩いた。3~4才までは週1回程度の指導しか受けられず、残念に思える。

Ⅱ.

1.ロ 2.前記病院の医師、ヒアリングセンター。
4.現在は何もない(ヒアリングセンターでの教育は、幼稚園までで、一応打ち切った)是非専門の訓練所が無くてはならないと思う。
5.(イ)あき易いと思う(分かり易く聞こえてこないので興が乗らないのでは)好きな学科は興味がある様子。
  (ロ)活発な方。少々落ち着きが無い。
  (ハ)授業中大半は聞きもらしている様子。早く実用化された教室で勉強に最も効果的な補聴器を開発して欲しい。現在、学校の難聴学級が唯一の訓練の場になっているが正規の授業を週3時間(2学期までは4時間)抜ける事が只でさえ遅れる子供には痛手である。

Ⅴ.

言葉の訓練を始めても当初は一向に効果が現れず途方にくれる気がしたものだが、ヒアリングセンターの先生方の努力の積み重ねで、2年間を過ごすうちにようやく言葉の世界に興味を示し始め、毎晩就寝前の読書に大変な興味を持つ様になった。これからも本人が言葉に目ざめた以上、努力次第でどんなにでも変って行くだろうと大いなる希望を持っている。

Ⅵ.

「難聴児親の会」。子供の成長と共に親がどの様な救いの手を伸ばしてやるべきか、親の勉強して行く場所が欲しいと望んでやまない。

Ⅶ.

ハンディを乗り越えて、本人に与えられた立派な人生を送ってもらいたい。難聴児としての特別な扱いはなるべく避けて、自分の好きな道へのばしてやりたい。

難聴児絵本「かっぱの太ちゃん」より
難聴児絵本「かっぱの太ちゃん」より
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