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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

fm いずみ ラジオ3443通信 中国・大政治家との会見

133話 中国・大政治家との会見(1)

fmいずみ ラジオ3443通信
An.:
三好先生、話題は突然変わるんですけど・・・・・・。三好先生はこの9月に、なんと中国の中南海で、中国政府を動かすお一人の、唐家せんさんにお会いになって来られたとか。
 江澤はびっくりしました。
 だって唐家せんさんって言ったら、あの中国の元外相でしかも国務委員も務めたことのある、ほとんどの日本人にすごくなじみのある、大・政治家ですもの、ね!
Dr.:
今回、唐家せんさんにお会いするに当たってさまざまの事情があったんですけれども、何と言ってもこのところ日本と中国の関係が冷え込んでいて、やや感情的な対立に走りがちになっていた、そのあたりを私たちの交流で改善できるのではなかろうかと。そう、考えたものですから。
An.:
先生は一言で、そういう風に簡単にお話しされますけれど、そんなに容易に実現することじゃあ、ありませんよね。
 それに、日本と中国の感情的な対立を和らげるって、口にするのは易しいですけど。
 現実に実現する手順を想像するだけで、江澤には気の遠くなりそうな・・・・・・。とっても考えられません(笑)。
Dr.:
たしかにこれは、国と国との国際関係の問題ですから、難しく考えたら最初の一歩を踏み出すことさえ、おっかなくってとてもとても、できることじゃあありません。
 でもいかに難しい国際関係とは言え、実際に関わっているのは人間同士なんですから、相手の立場に立って思いやりを持って考えれば、一見小難しい国際問題も案外とっつき易かったりして(笑)・・・・・・。
An.:
それはそうなんですけれど、先生。相手はあの中国ですし。
 それに先生の行って来られた中南海って、たしか中国政府の本当の中枢部分で、北京市内でも絶対に近寄れない、秘密の存在だって聞いていましたから。
 江澤などは、その名前を耳にするだけでも空恐ろしいような気分になっちゃいます。
Dr.:
場所的にも、北京のど真ん中の天安門の真向かいに位置していますし、あの紫禁城に隣接していたりもしますから。
 重大な政治的機密に囲まれた、近寄り難い一角ですね。
An.:
先生はどうやって、そんな中国国家の機密の中枢へ招待され、しかも国を代表するような人物と面会して来ることが可能だったんでしょうか?
Dr.:
もちろんこれには、それなりの手順も必要でして。
An.:
先生のことですから、神仏に願い事をして、お百度詣りをしたとか(笑)。
Dr.:
その間は大好きな食べ物を食べずに我慢しまして、ですね(笑)。
An.:
先生は、お茶断ちとか、お酒を控える酒断ちとか、そんな行にいそしんでおられたんでしょうか?
Dr.:
ええ、もちろんです。
 私が一番大好きなカレー・ライスを、控えましたし。それに健康のために、一日1回は逆立ち健康法に挑みました。
An.:
逆立ちって、先生。お酒を控える酒断ちじゃあなくって・・・・・。
Dr.:
逆さまに壁に寄り掛かる、逆立ち健康法(笑)に励みました。
An.:
先生、先生のその健康法を神様が空の上から、きっと見ていらしたんですね。
 中南海の政治中枢で、政府の高官である唐家せんさんにお会いできたんですから。
Dr.:
見ていてくださったのはもしかすると、中国のお酒の神様だったのかも知れませんけど(笑)。
An.:
で、先生。具体的には、どんな形で面会が実現したんでしょうか?
Dr.:
この、fmいずみのリスナーの方は良くご存じだと思いますけれども。
 毎週金曜日の夕刻、7時半からOAされている「賢ちゃんの、いとしのサザン」に出演してる・・・・・・。
An.:
秋葉賢也さん(笑)。
Dr.:
衆議院議員で、前・厚生労働副大臣の秋葉賢也君の、私は4半世紀前から後援会長なんです。
An.:
きっとそれは、fmいずみの取り持つご縁なんでしょうね?
Dr.:
fmの神様のご配慮だったりして・・・・・・(笑)。
 そして江澤さんが、詔をOAしているのが、きっと「ラジオ3443通信」ですよね(笑)。
An.:
そう言えば、この3443通信のギャグは、ちょっとばかり浮き世離れしてますもの、ね(笑)。
Dr.:
話題を元に戻します(笑)。
 北京に、北京大学と清華大学という2つの、中国を代表する研究機関があります。
 私は、これまでの中国における研究活動を通じて、清華大学とは長いおつきあいがありました。
An.:
清華大学って、朱鎔基元首相や習近平さんの、たしか出身校でしたよね?
Dr.:
さすがは江澤さん。なんでも詳しいんですねぇ。
An.:
そんなぁ(笑)。でも中国の大学のことじゃなくって、中国料理のことでしたら、何でもござれ! それが江澤です(笑)。
Dr.:
ではのちほど、中国料理について口頭試問を行ないます(笑)。
 それはさておいて、その清華大学や北京大学関係者との長い交流の中で、いつしか。
 日本と中国の過去の歴史にとらわれない、若い世代の政治家をお互いに推薦し、紹介し合うことで、将来の両国関係を親しく語り合える、そんな政治関係を造ろう。
 そういう相談を進めて来ました。
An.:
と言うことは、今現在の両国の混迷を解決するだけでなくって、未来の・・・・・・。
Dr.:
現在の両国のパイプ・ラインは年老いて、政治的危機に際してホット・ラインは存在しないんです。
 今、ではなく、次世代のホット・ラインを確保しておこう、というのが私たちの願いなんです。
An.:
先生、お時間です。続きは未来に。
Dr.・An.:
ありがとうございました。
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fmいずみ ラジオ3443通信


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134話 中国・大政治家との会見(2)

An.:
三好先生、前回はこの9月に先生がfmいずみでお馴染みの、秋葉賢也・衆議院議員と北京の中南海へ行って来られたお話を伺いました。
 この2~3年、日本と中国との関係がなんとなくスムースじゃなくって、どことなくキナ臭い感じになっていたんですけど。
 秋葉議員は、このfmいずみでも軽妙なトークを披露してくださる、今現在の感覚に通じた人材ですから・・・・・・。
 きっと、これまでの日中のお互いの窓口だった歴史的な方たちとはまた、少し違った話題で意志の疎通ができたんじゃあないかと。そんな想像をしていました。
Dr.:
さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。日中の齟齬について、実に鋭いご指摘だと思います。
 座布団、1枚です(笑)。
An.:
先日、座布団が1枚減ったばかりですから・・・・・・。江澤はとっても、うれしいです(笑)。
Dr.:
もともと、私と中国との医学共同研究の開始は、4半紀前にスイスのモントルーで開催された、第3回国際難聴者会議にさかのぼります。
An.:
4半世紀前と言いますと・・・・・・、1988年のことですよね?
Dr.:
私は耳鼻咽喉科医として、当然ながら耳の病気についても勉強して来ました。
An.:
先生が、専門医の資格を持っておられるめまいも、耳の神経の病気が原因となります。
Dr.:
さすがは江澤さん。
 それに加えて耳は、音を聞く機能にも関わってまして。
 国際会議のテーマとなった難聴、つまり聞こえの悪さ。そして聞こえの悪い人たち、すなわち難聴者について、医学的に携わるのが私たち耳鼻科医なんです。
An.:
それで先生は、モントルーまで会議に行って来られたんですね?
Dr.:
私は当時日本の難聴者の団体の、全難聴と呼ばれるグループの顧問を務めていたものですから。付き添いみたいな形で、スイスへ行きました。
An.:
付き添い、と言いますと?
Dr.:
このラジオ3443通信では、まだ耳の病気について詳しいお話はしてなかったんですけど。
 耳が不自由で聞こえに困ると言う状況は、一般的に考えるよりはるかに日常的な面で不利なんです。
An.:
江澤と先生の楽しいラジオ3443通信を、聞き取って頂くことも難しいでしょうし。それどころか先生、大震災時の緊急放送もうまく伝わらないかも!
Dr.:
その現実からも、地震以外の大災害時の緊急情報も正確に伝わらない。難聴のそんな危険性は、ご理解頂けるでしょうね。
An.:
そう考えると、日常的な生活の中でも、いろいろ不便なことはたくさんあります。
Dr.:
ましてや日本以外の国での会議に出席するなんて、かなり心細いこともあります。
An.:
日本語だけじゃ、ダメなんですものね。
Dr.:
ですから、単に耳の病気の医学的管理という面だけではなく、国外での安全面の配慮も含めたお世話役を兼ねて、国際会議に付き添い参加となった。そういうお話なんです(笑)。
An.:
それは先生、お疲れ様でした(笑)。
Dr.:
そのモントルーで、中国の南京医科大学から派遣された耳鼻科医たちと、初めて知り合いまして。
An.:
それが先生の、中国とのご縁の始まりだった?
Dr.:
翌年つまり1989年に、私が南京医科大学の耳鼻咽喉科の当時の主任教授を、日本に招待しました。
An.:
その教授は先生のお招きで、仙台にいらしたんでしょうか?
Dr.:
私のところに2ヶ月間、ホームステイしたんです。
An.:
それからですか? 先生が南京にいらしたのは。
Dr.:
2年後の1991年、今度は私が南京医科大学に2ヶ月間ステイしまして。
 医学関係者と交流したんです。
An.:
その後先生は、中国全土を訪問された?
Dr.:
このOAでも話題になりましたように、中国の各地域でアレルギー調査を実施し、さまざまの大学とも学術交流を行ないました。
An.:
それじゃあ、北京大学や清華大学とも交流を・・・・・・。
Dr.:
北京では、ことに清華大学と交流を深めて来ました。
An.:
繰り返しになりますが、清華大学って朱鎔基元首相や習近平さんの、出身校だったんですね?
Dr.:
ですから大学に出入りしているうちに、自然に中国政府のブレインたちとのご縁が、できました。
An.:
大学のキャンバスを歩いているだけでも、大学卒業者が身近に感じられますものね。
Dr.:
今回ご説明しましたように、けっこう長い交流でしたから。そんな流れの中で、何となく。
 日本と中国の過去の歴史にとらわれない、若い世代の政治家をお互いに推薦し、紹介し合うことで、将来の両国関係を親しく語り合える、そんな政治関係を造ろう。
 時に酒を酌み交わすうちに、話題がそちらに及んだことも、そりゃありました(笑)。
An.:
それじゃあ先生。先生とあちらのブレインたちとは、良いムードの美味しいお酒を。
Dr.:
楽しんでいました(笑)。
An.:
じゃ、唐家せんさんとは?
Dr.:
唐家せんさんは、私のお酒の仲間の北京大学の先輩です(笑)。
An.:
そういうご縁だった(笑)!?
Dr.:
残念、今日も時間です。
 本日は、ありがとうございました。
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135話 中国・大政治家との会見(3)

An.:
三好先生、前回は先生がこの難しい日中関係の中で、fmいずみでお馴染みの秋葉賢也議員とご一緒に、中国の政治の中枢である北京の中南海で、日本でも有名な唐家せん・元外相と面会して来られた。その経緯について、お話を伺いました。
 普通でしたら、とうてい不可能とも思える場面ですが、三好先生がいわば両国間のつなぎの役割を果たして来られ、今後に夢を持つことが可能になったわけです。
 江澤は、どうやって先生がこの状況で会見を実現されたのか、想像できませんでした。でも、これまでの地道な医学的学術交流の経過をお聞きし、納得することができました。
Dr.:
江澤さんのご指摘のように、一見すごく難しそうなことでも、日頃からコツコツと信頼関係を作り上げておくと、意外に道の開けることもゼロじゃないみたいです(笑)。
An.:
もう少し江澤にも理解し易いように、お話を噛み砕いて聞かせて頂きたいんですけど。先生は先日、こういうお話をしておられました。
 日本と中国との、国際関係について、ですけれども・・・・・・。
 つまり、現在の両国のパイプ・ラインはやや錆付いていて、実際に何かあった際に機能しづらくなっているということ、と。
 もう1つには、今現在のことを考えるのではなく、次世代のホット・ラインを確保しておきたいんだ、ということでした。
Dr.:
江澤さんも良くご存じのように、日本と中国が国交を回復した当時、それなりの世代の大政治家がそれぞれの国の、担当者でした。
An.:
その時代のことは江澤も、本で読んだだけの知識なんですけれど。
 でも伝説的な政治家が、お互いの国を代表して、表面的な対立を乗り越えて、人間的とでも言うべき友好関係を結んだ。
 そういう、お話を聞いた憶えはあります。
Dr.:
その原理は、今現在の両国の表面的な対立を乗り越える際にも、当然通用するんですけど。
An.:
先程の先生の話題が、それなんですね!
Dr.:
さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。とはいえ、人間には寿命があります。
 伝説の政治家たちも、それぞれ世代交代をせねばならない時期が来ます。
An.:
ああそうか! それで日本と中国も、人間同志の友好関係が途絶え、なんとなく齟齬が目立つようになって来た・・・・・・。
Dr.:
そうなんです。江澤さん。
 これは、人間関係ではありがちなことで。
An.:
江澤にも、判るような気がします。
Dr.:
そこで、若い世代の登場です!
An.:
「いとしのサザン」の秋葉賢也さんとか!
Dr.:
fmいずみ関係の人脈がメインみたいな、そんな感じもしますけど(笑)。
 いずれにしても、年代的には50歳前後で実力があり、将来を期待されている若手。
 そのイメージには、当てはまっているだろう、と。
An.:
fmいずみのレギュラーですし、ね(笑)!
Dr.:
で、日本からは若手政治家の有望株として、秋葉賢也を私が推薦しました。
An.:
中国側からは、どなたが?
Dr.:
清華大学が、中国政府のブレインであるとのお話はご理解頂けたと思います。
 私の同世代の、政治学の教授が、いわば私のカウンターパートなんですけど。
 その愛弟子の、次期教授が、つまり次世代の中国政府のブレインになるんです。
An.:
それじゃきっと、その成長株の次期教授が秋葉賢也さんの・・・・・・。
Dr.:
カウンターパートとして、ご紹介頂いています。
An.:
じゃあ将来、秋葉賢也さんの世代が日本の顔となる日がいつか訪れたら?
Dr.:
中国政府のそのときのブレインは、秋葉賢也の古くからの知り合い、つまり老朋友になっていますよ(笑)、きっと。
An.:
三好先生はそういう、長い歴史的とも言える時間のスケールで、日本と中国との関係を考えているんですねぇ!
Dr.:
私と中国とのお付き合いだって、4半世紀過ぎていますから(笑)。
 いつしか4半世紀単位で、ものごとを考えるようになってしまいました。
An.:
先生はそんなにも長い期間、日中の友情を願って願をかけて来られたんでしょうか?
Dr.:
ですからその間ずっと、大好物のカレー・ライスにはありつけませんでした(笑)。
An.:
先生がカレー・ライスに再会できるかどうか、実は秋葉賢也さんの将来次第だったんですね(笑)?
Dr.:
カレーと私の未来が、秋葉賢也にはかかっているんです(笑)。
An.:
それじゃ、先生が秋葉賢也さんを、唐家せんさんにご紹介するのは、当たり前のことですね?
Dr.:
次の世代の日中をつなぐ絆の、秋葉賢也と清華大学の次期教授とのご縁を、ぜひともしっかりしたものにしようと。
An.:
そのときには、日中のホット・ラインが、固く緊密なものになっていると・・・・・・。
Dr.:
期待して頂いても、結構かと(笑)。
An.:
先生と秋葉賢也さんがお会いになって、唐家せんさんの反応はいかがでしたか?
Dr.:
北京の日本大使館の公使のお話では、あんなにニコニコした唐家せんさんは、初めて見たと(笑)。
An.:
それじゃあ、大成功(笑)!
Dr.:
1時間半も会談に応じてもらいましたし、そのうち30分間は松下幸之介さんの思い出話を、いかにも懐かしそうに・・・・・・。
An.:
秋葉賢也さんは、松下政経塾出身でしたね。
Dr.:
今すぐでなくとも、未来の両国の人間関係や国際関係の構築、そしてホット・ライン建築に希望がもてる、今回の訪問でした。
An.:
貴重なお話を、ありがとうございました。
fmいずみ ラジオ3443通信


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