3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

fmいずみ 英国紅茶の旅8 ラジオ3443通信

136話 世界を制覇した!?タルタル料理

An.:
三好先生、話の流れは英国の庶民の国民食であるフィッシュ・エンド・チップスの話題から、ポテト・フライが「ポム・フリ(ット)」と呼ばれる、フレンチ・フライド・ポテトだったこと。そしてフレンチ・フライド・ポテトと言う呼び方が、実はアメリカ的な表現法であって、決しておフランスの高級料理を意味しているわけじゃないってこと、について教えて頂きました。
 加えて、ハンバーガーに使われるハンバーグ・ステーキだって、ハンブルグ港からアメリカへの移住者の好物を、「ハンブルグ風ステーキ」とアメリカで呼び始めたのが、そもそもの由来である、とも伺いました。
 ハンバーグ・ステーキは、もともと生の挽肉のお料理だって聞きましたけど、そうだったんですか?
 江澤には初耳です。
Dr.:
ハンバーグ・ステーキはもともと、タルタル・ステーキと呼ばれた生肉のみじん切りを、加熱したもので・・・・・・。
 あぁ、そうだ、江澤さん。ハンバーグを美味しく食べるなら、お肉をひらべったく焼いてしまっては、旨味が逃げてしまうんですよ(笑)。
An.:
えぇっと先生。江澤はハンバーグを焼くときには、お肉に火が良く通るようにフライパンでしっかりと、じっくりと焼いていますけど。それじゃ、本格的ではないわけですね?
Dr.:
ハンバーグ・ステーキは、揚げるように加熱すると、肉の旨味が内部に閉じこめられて、とても美味しく焼けるんです。
An.:
揚げるように焼く・・・・・・。具体的には、先生、どんな風に?
Dr.:
フライパンを傾けて、その片隅に油を溜まるような角度にします。香りの高いオリーブ・オイルが手に入れば、なおさらうれしいんですけど。
An.:
オリーブ・オイルをフライパンで十分に熱して、そのオイルがパンの片隅に溜まるような角度にキープするんですね?
Dr.:
その、溜まったあっついオリーブ・オイルの中に、良くこねたハンバーグの固まりを入れてですね。ジューッと言う音と共に、表面が軽く焦げるまで加熱します。江澤さん、ジューッと言う音がするように、ですよ!
An.:
セ、センセ。それって、美味しそう!
 江澤は、よだれが止まりません(笑)。
Dr.:
そうして、表面が軽く焦げてサクサクになった、しかも中はあくまでジューシーな状態で、揚げるように焼いたハンバーグは・・・・・・。江澤さん、お話ししている私まで、よだれが止まらなくなりそうです(笑)。
An.:
ドイツ・ビールに良く合いそうですねぇ(笑)。
 先生のお話では、そのハンバーグ・ステーキはもともと、生肉のみじん切りを加熱したもの、だったとか?
ハンバーグステーキ ハンバーグステーキ

Dr.:
それを、タルタル・ステーキって言うんですけど。私もドイツでそれを、オーダーしたことがあります。
An.:
それはいったい、どんなお料理なんでしょうね?
Dr.:
本来は馬の生肉を使用するんですけど、もちろん牛肉でも美味しく調理できます。
 それらの生肉をみじん切りにして、塩胡椒やオリーブ・オイルで味付けするんです。そして、タマネギ・生にんにく・ケイパー・ピクルスを、やっぱりみじん切りにして生卵の黄身をのっけるんです。
An.:
エネルギーがありそうですね(笑)。
Dr.:
このステーキの名前のタルタルとは、世界最大の帝国・元を作った、モンゴルの遊牧民のことなんです。
 ですから、きっと世界最大の国を作るエネルギーが、そのタルタル・ステーキを食べると、身に付くんじゃあないかと(笑)。
An.:
先生、きっとそうですよ(笑)。
Dr.:
モンゴル帝国の遊牧民は、世界制覇の遠征に出るとき、1人で何頭もの馬を引き連れて行きました。
 この何頭もの馬は、移動用だけでなく、行軍中の食料でもあったんです。
An.:
きっと、すごい大草原を悠然と行軍したんでしょうね?
Dr.:
私たちもウルムチを起点として、天山山脈の大草原を旅行したとき、はるかな大平原の所々にモンゴルの人々の移動用テント、これをゲルと呼ぶんですけれど。
 そのゲルが、あちこちに建てられているのを、目撃しています。
An.:
その周りには、きっとたくさんの放牧の馬がいたんでしょうね、先生。
Dr.:
私たちの場合には馬ではなくって、大きなピックアップ・トラックがゲルの前にありましたけど(笑)。
 もちろん、昔は数えきれないくらい多くの馬が、放牧されていたんです。
An.:
食料にするくらいですもの、ね(笑)。それはそれは、ものすごい数の馬がいたんでしょうね!
Dr.:
で、その馬の肉を生で食べるのが、タルタル・ステーキだったんです。
An.:
世界制覇の、行軍のための馬ですものね。
Dr.:
もともと食用に育成された馬じゃあないので、食べるときには筋が多くって硬くって、食べにくかったんだそうです。
 そこでモンゴルの遊牧民は、細かく切った馬の肉を袋に入れて、自分の跨がる鞍の下に置いたそうです。
An.:
ははぁ、それで硬かったお肉は・・・・・・。
Dr.:
人間の体重と馬の動きで潰されて、こなれますから。
 それに味付けをして、ステーキとして食べたのが、オリジナルだったと聞きます。
An.:
江澤が焼き肉屋さんで見かけるユッケと言うお料理も、それに似てますね。
Dr.:
元は巨大な帝国だったので、この調理法が西ではドイツに伝わりタルタル・ステーキに、東では朝鮮半島に伝わってユッケになったと、言われています。
An.:
さすがは、世界を制覇した大きな国のお料理ですね!
 日本では、モンゴルの人々による元の国は、鎌倉時代に日本を襲った元寇のイメージが強く、文化的にはどうもと思ってましたが。
Dr.:
東西の文化の融合をもたらした、大国でもあったんです。お話は続く、です。
西の横綱・タルタル・ステーキ 西の横綱・タルタル・ステーキ
東の横綱・ユッケ 東の横綱・ユッケ


#

前の話 次の話

137話 コバルトブルーの模様に隠された謎

An.:
三好先生、前回はフレンチ・フライド・ポテトのお話から、ハンバーグ・ステーキの話題になって、それはもともとモンゴルの遊牧民のごちそうのタルタル・ステーキが背景に存在する。そう、伺いました。タルタル・ステーキは、西ではハンブルグを経てハンバーグ・ステーキとなり、東では朝鮮半島に伝わってユッケになった、とも伺いました。
 先生、モンゴルの遊牧民というと日本人には2度の元寇のイメージが強くって、いかにも勇壮で武骨な軍隊の集団って感じです。
 まさかお料理の歴史に、その名を留めているなんて。そういう、文化的な一面を有しているなんて、想像したこともありませんでした。
Dr.:
江澤さん、延々と世界各地のさまざまな話題を語り継いでいる、このラジオ3443通信なんですが。
An.:
毎回、世界の7つの海をはるばると航海している気分で、その都度新世界の発見に気付くんですけど。でも時々、「ここはどこ? 私はいずこに向かって進んでいるの?」って、すっごく不安になることもゼロではありません(笑)。
Dr.:
もしかすると江澤さん。私たちの今現在のお話は、英国の紅茶の旅の話題の一環だってこと、すでに感付いているわけじゃありませんよね?
An.:
えぇっ先生。モンゴルの遊牧民の、世界最大の国家建設のロマンは、英国紅茶の旅の続きだったんですね!
 いったい、どうして(笑)・・・・・・。
Dr.:
中国から大量のお茶が英国に運搬されたとき、お茶を運ぶ船舶の荷物の中に中国の陶磁器が、たくさん積まれていたんです。
An.:
それは先生、お茶とそれを煎れる道具とがセットで輸入されたせいでしょうか? セット販売ですと、お安くなる(笑)とか言って。
Dr.:
お茶を大量に船舶に積み込んだとき、いかにたくさんの荷物ではあっても、荷物としてはとっても軽いんです。
 すると7つの海を航海する船が、全体として重量不足になりますから、荒海を越えてはるかかなたまで遠征するには、不安定だったんです。
An.:
船が軽くて、ひっくり返っちゃう(笑)。
Dr.:
ですから、お茶を積んだ船はバランスをとるために、バラストって言うんですけど船底に陶磁器のお茶道具を積み込んだんです。
An.:
お茶の運搬船は、茶器のセットを重しとして、船底に敷き詰めたんですね(笑)?
 それで船のバランスが安定したから、荒海を越えて英国までお茶を運ぶことが可能になったわけですね。ウソみたい!
Dr.:
さて、そこで江澤さん。
 モンゴルの遊牧民の世界国家が、この話題にどう関わっているんでしょうか?
An.:
先生の今のお話の流れですと、紅茶のお茶道具にモンゴルが関係しているのかな、と。江澤の第六感が、そうささやいています。
Dr.:
さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。私たちが英国でも日本でも、紅茶をじっくり楽しむ場合、紅茶セットはどんな色づかいのそれが多いでしょうね。
「江澤・三好」丸の海の旅 「江澤・三好」丸の海の旅
An.:
えーっと。白いカップや受皿に、青い模様の入ったしゃれた茶器のセットが、私的にはイメージです。
Dr.:
そうです江澤さん。その通りです。
 それではその、白い陶磁器のカップや受皿に青い模様が書き込まれているのは、いつ頃からの伝統でしょう?
An.:
えっ先生。白い陶磁器に青い模様って、そんなに古い歴史があるんですか。ちっとも知りませんでした。
Dr.:
陶器と磁器、厳密な区別は難しいこともあって、陶磁器と称していますが。
 英単語で、「ジャパン」と言えば漆製品のことを指すのに対し、「チャイナ」という単語は陶磁器のことを意味します。
An.:
それじゃ陶磁器は、中国製品の代表名みたいな感じ?
Dr.:
その中でも陶器のことは「セラミック」、磁器のことは「ポーセリン」と呼ぶことが多いんです。
 まぁ、厳密に区分するのは難しいんですけど。慣習的な呼び方、でしょうか。
 陶磁器のもととなる土の質や焼き方、焼き上がった製品の性質などをもとに、この両者を呼び分けるんですけど。
An.:
名産地も、それぞれ・・・・・・?
Dr.:
景徳鎮という、有名な町があります。
An.:
江澤もその名前は、かすかに聞いたことがあります(笑)。
Dr.:
ここは、磁器の生産に必要な固有の質の土が採取されますので、磁器の町という意味で「磁都」と呼ばれます。
 それに対して、私たちがアレルギー調査を実施していた宜興という、江蘇省の町は陶器の生産に適した土が採取されたので、「陶都」と呼ばれています。
An.:
「磁都」に「陶都」なんですね(笑)?
Dr.:
その「陶都」である宜興でも、陶器の作成に必要な紫色の特有の土が。この土を「紫砂」と呼ぶんですけど。やはり使用しつくされて、もはや入手できなくなってしまいました。
An.:
それじゃその宜興でも、陶器の新たな生産はもう難しい?
Dr.:
私たちがこの宜興でアレルギー調査を開始した頃、町中の一角に紫砂の山が見えたものですが。
An.:
山が消えてしまった(笑)?
Dr.:
それどころか、その部分は掘り尽くされて凹地になってしまってます(笑)。
An.:
景徳鎮でも宜興でも、新たな陶磁器の製作は不可能なんでしょうか?
Dr.:
ふぞろいな陶磁器は、製作した後破壊して放棄されていました。
 その跡地から、土の成分を掘り起こして、現在では陶磁器として焼きなおしています。
An.:
この陶磁器が、紅茶の茶道具になったんですね? アレッ先生。茶道具特有の青い模様は、どこから来たんでしょうね。
Dr.:
江澤さん。そこにこそ、モンゴル遊牧民の大国家・元がからんでくるんです。
 お話は続く、です。


#

前の話 次の話

138話「江澤・三好」丸とアドリア海の旅

An.:
三好先生、前回までのお話では、英国の「フィッシュ・エンド・チップス」から、ハンバーグ・ステーキそしてその原型のタルタル・ステーキと、話題が進行していました。
 まるで、まったく関係のないバラバラの散発的な会話の連続みたいに見えた、このラジオ3443通信の進行方向がなんと、英国紅茶の旅の一部分を構成していた。そんな、江澤には信じられないような先生のアドヴァイスがあり、たしかに紅茶の茶器すなわち茶碗や茶道具の近辺に、お話は戻って来ています(笑)。
 先生、本日のテーマはどんな風に進行する予定なんでしょう?
Dr.:
江澤さん。お話はたしか茶道具がもともと、中国の景徳鎮や宜興などという、特殊な土の生産地で作成された美しい陶磁器が、紅茶の葉を運搬する際に、船の重しとして英国へ運ばれた歴史について、ご説明が済んだように思います。
An.:
そうでした、そうでした、先生(笑)。
 それで本日はこのラジオ3443通信、いわば「江澤・三好丸」という名前の船でしょうか、どのような風に身を任せて世界の7つの海を航海するんでしょうね?
Dr.:
さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。それでは本日の「江澤・三好丸」は、マルコ・ポーロを乗せて当時のヴェネツィアから、元の首都だった大都の町へと旅に出ることにしましょう(笑)。
An.:
先生、私たちのこの船は、タイム・マシーンだったんですね(笑)?
Dr.:
江澤さん。私たちのタイム・マシーンは今、靴の形をしたイタリア半島北東部の港町である、ヴェネツィアを出発しました。
An.:
ヴェネツィアって、さまざまの物語の舞台となっている、ステキな都会ですよね!
 江澤は、憧れちゃいます。
Dr.:
シェークスピアの「ヴェニスの商人」とか、トーマス・マンの「ヴェニスに死す」など、有名な文学作品で有名です。
An.:
江澤も「ヴェニスに死す」は、ヴィスコンティの映画で見ました!
 全編をつらぬく、マーラーのアダージェットを背景に、主役の芸術家アッシェンバッハが、美少年タッジオに憧れて死んでいく。あの場面は、忘れられません!
Dr.:
そのヴェネツィアを出発したマルコ・ポーロは、「紅の豚」で有名な・・・・・・。
An.:
アドリア海ですよね、先生!
Dr.:
(笑)さすが江澤さん。このOAの、第85回目で話題になったアドリア海のこと、良く覚えてますね(笑)。
An.:
で、アドリア海を南に下ると地中海があって、ですね。そこから東に進むと、ギリシャ神話で有名なエーゲ海に出ます。
Dr.:
ちなみに、ヴェネツィアについてつけ加えますと。当時は、イタリアという国家はありませんでした。
An.:
たしか19世紀半ば頃に、イタリアは統一国家になるんでしたよね?
Dr.:
そうです。さすが江澤さん。
 私たち日本人は、日本という島国がまず存在して、その国中の山や海沿いに陸地伝いに集落ができ、都市を形造ります。
 でも当時のヴェネツィアは、海洋都市と言いますけれど、地中海を船で往来し海路のすみっこに、陸地が位置していたんです。
An.:
海伝いに移動して生活していたから、陸地はその片隅という認識なんですね(笑)?
Dr.:
そこが日本人一般と、少し感じ方が異なるんです。
An.:
そうした海洋都市であるヴェネツィアは、海伝いに世界が広がっていた!?
Dr.:
そうなんです。
 しかも海はヴェネツィアにとって、交通路でもあり天然の要塞でもあったので。
An.:
海は市民を護る、とりでだったんですね?
Dr.:
ヴェネツィア市民は、当然ですが海に深い感謝の念を抱いています。
 有名なヴェネツイアのお祭りがありまして、「海との結婚」って名付けられているんですけど。
An.:
「海との結婚」ですか?
Dr.:
ヴェネツィアの運河の、アドリア海への出口の岸辺付近で、水上パレードの後にヴェネツィアの総督が、金の指輪を海に投げ込むんです。
An.:
一度、その光景を見てみたいですね!
Dr.:
その際、総督はこう唱えるんです。
 「海よ。永遠の海洋支配を念じて、ヴェネツィアは汝と結婚せり」って。
An.:
ロマンチックですねぇ。
Dr.:
このお祭りは、美しいアドリア海の花嫁であるヴェネツィアが、花婿のアドリア海と契る意味を持つ儀式で、いかにヴェネツィアがアドリア海を大切に思っているか、よく理解できるシンボリックな祭礼なんです。
An.:
私たちのタイム・マシーンは、次にどこへ進むんでしょう?
Dr.:
私たちは、続いて地中海そしてエーゲ海へと、船を進めます。
 ところで、アドリア海の東側のエーゲ海には江澤さん、何がありましたっけ?
An.:
エヘン、先生!
 エーゲ海の北東の端に、シュリーマンの発見したトロイの遺跡があります。
 トロイの木馬で有名な!
アッシェンバッハとタッジオ アッシェンバッハとタッジオ
Dr.:
そのトロイ遺跡から、ダーダネルス海峡を通ると、黒海へ入る手前にマルマラ海という、コバルト・ブルーの海に出ます。
An.:
コバルト・ブルーの海、江澤は一度で良いから行ってみたいです(笑)。
Dr.:
このマルマラ海の「マルマラ」とは、もともとペルシャ語で「マルマル」と言い、つまり「マーブル」すなわち大理石のことです。
An.:
きっと大理石の産地なんでしょうね?
Dr.:
大理石を産出する島が、この海の中央にあると聞きます。
An.:
先生、先生。今日もお時間です。
Dr.:
残念! では続きは次回(笑)。


#

前の話 次の話