3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

fmいずみ 英国紅茶の旅9 ラジオ3443通信

139話 「江澤・三好丸」とヨーロッパ最大の都市

An.:
三好先生、前回の私たちのお話は、「江澤・三好丸」という船にマルコ・ポーロを乗せて、ヴェネツィアから800年前の元の都へと、航海に出発したところでした。
 マルコ・ポーロと私たちの船は、アドリア海からコバルト・ブルーのマルマラ海へと、進路をとります。
 このマルマラ海の「マルマラ」という語は、マーブルすなわち大理石に語源があり、大理石を産出する島がここにあるからだと、そう伺いました。
 そう言えば先生、英国の紅茶に使用される茶器ですが、真っ白いいかにも清潔な陶磁器に、それこそみごとなコバルト・ブルーの色彩がほどこされています。
 ……まさか先生、陶磁器のコバルト・ブルーと、マルマラ海との間になにか不思議なご縁が潜んでいる、なんてことありませんよね(笑)?
Dr.:
さすが第六感の江澤さん。
 ここまで話題が進行してお判りのように、景徳鎮や宜興の陶磁器にはコバルト・ブルーの彩色がなされて、紅茶の茶器となります。このコバルト・ブルーの色に染める、コバルト顔料つまり絵の具はイランに、その材料があったんです。
An.:
それじゃそのコバルト顔料と、中国の陶磁器の出会いが、紅茶の茶道具として結実した!?
Dr.:
江澤さん。結論を先に言わないでください(笑)。
 マルコ・ポーロと私たちの「江澤・三好丸」は今、マルマラ海を航海中です(笑)。
An.:
そうでした先生。私たちは、コバルト・ブルーの海を満喫しながら、一路黒海へと向かっています(笑)。
Dr.:
マルマラ海から、私たちの船はトルコのイスタンブールを眺めつつ、ボスポラス海峡を横切ります。
 ところで江澤さん。突然ですが、ヨーロッパ最大の都市って、どこだかご存じですか?
An.:
そりゃ先生。花の都・パリか、霧の都・ロンドンの、どちらかじゃないでしょうか?
Dr.:
江澤さん。座布団1枚、減っちゃいましたね(笑)。
An.:
えぇっ、そんな!!
Dr.:
世界最大の都市はインドのムンバイで、1千3百万人が住んでいます。
An.:
さすがインドですね!
Dr.:
2番目がパキスタンのカラチ、3番目がやはりインドのデリーです。
An.:
それは、判るような気がします。
Dr.:
4番目がブラジルの、サン・パウロ。5番目がロシアのモスクワ、6番目が韓国のソウルです。
An.:
ちっとも知りませんでした。
Dr.:
そして7番目に、ヨーロッパ最大の都市であるイスタンブールが、ランク入りします。
An.:
イスタンブールが、ヨーロッパ最大だったんですね!? 意外でした。
Dr.:
話題のついでに、世界の主な都市の人口について、ここで少しご説明しましょう。
An.:
中国も人口が多そうですけれど、世界では何番目くらいなんでしょうか?
Dr.:
さすがは江澤さん。上海が世界の8番目の人口となっていて、980万人が住んでいます。
An.:
先生、先生。私たちの日本はどうなんでしょう。東京は?
Dr.:
東京と一口に言っても、あんまり広い概念なので、いわゆる東京23区の人口は900万人ちょっとで、世界の9番目の都市になっています。
 もっとも、東京都全体では1千3百万人ですので、カウントの仕方にもよるのかも知れません。
An.:
アメリカはあんまり、人口が多くはないんでしょうか?
Dr.:
南北アメリカを併せると、メキシコシティが870万人で、最大です。
An.:
いわゆるアメリカつまりUSAは、どうでしょう?
Dr.:
ニューヨークが人口800万人で、合衆国1番の都市となります。
An.:
(笑)イメージ通りですねぇ。
Dr.:
江澤さんの気かがりなロンドンは、人口755万人で、世界で15番目の都市です。
 ついでにつけ加えれば、16番目の都市は北京で、その人口は744万人となっています。
An.:
先生。花の都・パリはどうなんでしょう? 気になります(笑)。
Dr.:
パリは残念ながら、人口220万人で、世界的にはかなり小さな都市となります。
An.:
それじゃ先生。
 マルコ・ポーロと私たちの「江澤・三好丸」は、たった今、ヨーロッパ最大の都市の目の前を横切りつつあるんですねぇ。
Dr.:
このイスタンブールは、12世紀に十字軍が対イスラム教徒の戦いのために東方に派遣された時代には、コンスタンチノープルの名前で知られていました。
An.:
聞いたことがあります。
Dr.:
ですから当時のイスタンブールは、イランなどイスラムの世界とは隣接しており、その文化の影響をつよく受けていました。
 先にご説明しましたが、コバルト・ブルーの色に染める、コバルト顔料つまり絵の具はイランに存在しました。
An.:
イスタンブールにも、コバルト顔料は存在したんですね?
Dr.:
ですから、イスタンブールのコバルト顔料がいかにして、景徳鎮や宜興の陶磁器のデザインに使用されるようになったのか、がナゾなんです。
An.:
先生もしかしたら、私たちの「江澤・三好丸」は、その謎を解明するために航海しているんじゃあ、ありませんか?
Dr.:
江澤さん。次回はその謎を解きあかすために、私たちの進路は元の首都へと向かっています。お話の続きを、胸をときめかせて待っていてください。

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140話「江澤・三好丸」と大国家・元の旅

An.:
三好先生、このラジオ3443通信ですが、お話はふんだんなエピソードをちりばめながら、進んでいます。
 でも確か話題としては、英国・紅茶の旅のまっただ中、だったような気がするんですけれど……。
Dr.:
その通りです、江澤さん。
 私たちは今、紅茶の茶器つまりティー・ポットやティー・ボウルの色彩が、なぜ白地にコバルト・ブルーのあざやかな配色なのか、そのナゾを追跡中です。
An.:
そうでした、先生。
 そして私たちの「江澤・三好丸」は、マルコ・ポーロとともにヴェネツィアから、アドリア海へ。そして地中海を経てエーゲ海へと、順風の中、進路をとっています。
Dr.:
「江澤・三好丸」の目的地は、モンゴル族の大国家であった元の首都・大都です。
 なお、マルコ・ポーロは途中から上陸し、陸路を旅します。ですから私たちは、マルコの父親であるニコーロの足跡をたどって、もう少し航海を続けましょう。
An.:
先生、私たちはどこへ?
Dr.:
イスタンブール、つまり当時のコンスタンチノープルのボスポラス海峡を抜けて、黒海に入ります。
An.:
黒海に入る手前、ボスポラス海峡の南側があのマルマラ海ですよね?
Dr.:
それに対して、黒海の北岸には、ナイチンゲールで有名な……。
An.:
クリミア半島ですね! 先生(笑)。
Dr.:
ラジオ3443通信の第86回の舞台となった、あのクリミア半島です(笑)。
An.:
地図で見ると先生、クリミア半島のすぐ東側に、冬季オリンピックの行なわれたソチがあります。
Dr.:
黒海近辺は、北国ロシアの一番南端にあって、気候も比較的温暖なので、観光地としても良い場所なんです。
An.:
マルコの父親のニコーロは、やはりクリミア半島を通ったんでしょうか?
Dr.:
クリミア半島を北に抜けて、そこから東へと進みます。
 そしてカスピ海の北方を通過し、天山山脈から現在のウルムチそしてゴビ砂漠を通り、元の首都である大都に到着します。
 ニコーロと一緒に道を辿る私たちも、「江澤・三好丸」からラクダに乗り換えて、長い旅路を体験することになります。
An.:
先生、ロマンチックですね(笑)。
 でも元の首都の大都って、今のどのあたりなんでしょうか?
Dr.:
偶然なんですけれど、現在の北京市と同じ場所に位置していたんです。
 気候や地理が、首都を置くのに適していたんでしょうね。
An.:
ニコーロが、ヴェネツィアから元の首都である大都へ安全に旅することができた。ってことは、逆に……?
Dr.:
そうです。その頃元は、東シナ海からハンガリーまで広大な領地を所有し、治安のしっかりした、大国を築き上げていたんです。
An.:
もの凄い、巨大な国だったんですねぇ!
Dr.:
この結果、ユーラシア大陸の東側の文化である陶磁器が、中近東の文化のコバルトで彩色されることになったんです。
An.:
あぁそうか! 元という1つの国内の情報の移動ですから、文化の交流はすごくスムースなんですね。
Dr.:
そうやって、彩色された陶磁器が紅茶とともに、船舶に積み込まれて英国に届けられたんです。
 だから英国の紅茶の茶器のセットは、白い陶磁器に青い色彩の施されたそれが、現在でも主流なんです。
An.:
ヘェー!
 私たちが優雅に、先生のおみやげの紅茶をfmいずみで楽しむことができるのは、そんな長いながーい歴史のおかげなんですね。
 初めて知りました。
Dr.:
ですから、私たち日本人にとって、元寇のイメージが強烈なモンゴルの遊牧民ですけれど。世界の文化にとって、忘れられない影響を残しているんです。
An.:
そう言えば先生の話題にしておられた、ハンバーグ・ステーキとユッケの、ルーツが同じモンゴルのお食事だった。
 その意味が今、やっと理解できました。
Dr.:
マルコ・ポーロやニコーロの、東西の文化に及ぼす名残として、他にもおもしろいものがあるんです。
An.:
それはなんですか?
Dr.:
本当かどうか、こんなお話もあります。
 マルコ・ポーロが中国で、細長い食べ物をゆでている光景を見たんだそうです。
 この料理の作り方を現地人から教わったマルコは、それを帰国後ヴェネツィアで広めたと言います。
 江澤さん。このお料理は、いったい何でしょうか?
An.:
先生、それはきっと、スパゲッティなどのパスタ料理です!
Dr.:
この伝説には、おまけが付いていまして。なんと「スパゲッティ」というのは、マルコ・ポーロに同行していた船員さんの名前なんだそうです(笑)。
An.:
それじゃイタリアのパスタ料理は、マルコ・ポーロ関係者の名前が付けられた、オリエンタルなメニューだったんですね(笑)?
Dr.:
ですから、私たちが大好きないわゆる「イタ飯」には、1つ間違うと「スパゲッティ」ではなくって、「ラーメン」という名前が付けられていた可能性も、まったくゼロではなかった(笑)……。
An.:
そこは歴史の偶然ですもの、ね!
Dr.:
ところでそのマルコ・ポーロですが、彼自身はそうしたすばらしい陶磁器を、目にするだけで文化としてイタリアに伝えることは、しませんでした。
An.:
それじゃ、有名なマイセンの陶磁器なんて、マルコの足跡とは無関係に生み出されたもの、なんですね?
Dr.:
お話は続く、です。本日も、ありがとうございました。
マルコ・ポーロが持ち帰った(?)スパゲッティ マルコ・ポーロが持ち帰った(?)スパゲッティ

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