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fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(2)

fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(2)目次

143話 耳の日と難聴(1)

院長の医学コミック⑦『難聴・早期発見伝』 院長の医学コミック⑦『難聴・早期発見伝』
An.: 三好先生、前回は3月3日が雛祭りだけじゃなくって、先生の副業(笑)である耳鼻咽喉科領域でも、耳の日と称して大切な日にちであること。それは、3と3でミミと呼ぶからという関係に加え、グラハム・ベルという聴覚関係の研究者の誕生日だったから、ということも教えて頂きました。
 このグラハム・ベルは、結果的に電話機の発明に携わったわけですけれども、本当は自分の家族に難聴者が多かったので、補聴器を製作しようとしていた、と伺いました。
 音を伝える機械という意味では、電話機も補聴器も関係はありますが、結果的にその効果はかなり違うものになってしまった。そんな気がします。
Dr.: どちらも、コミュニケーションのための道具ではありますけれど、ね(笑)。
 電話機は、遠くへ音を伝える機器であり、補聴器は小さな音を大きく聞かせる機器、ということですから。
 せっかくの耳の日です。これをきっかけに、耳の聞こえの悪さつまり難聴について、少しお話をしましょう。
An.: 以前にも先生から、難聴という病態は、想像以上に大変なことが多いって、お聞きしていました。
 具体的には、どういうことが問題なんでしょうね。
Dr.: 難聴に伴う社会的なハンディについては、のちほどご説明しますが。今回は、ごく初歩的な話題です。
 江澤さん。難聴者、すなわち耳の聞こえない、あるいは耳の遠い人に対しては、江澤さんはどんな配慮をしてますでしょう?
An.: 耳が十分聞こえてないんですから・・・・・・。大きな声で話し掛けるとか。そんな心がけが必要かと。
Dr.: 江澤さん。座布団1枚、減っちゃいましたよ(笑)。
An.: エェッ、先生、そんなぁ(笑)。
Dr.: 難聴という状況に関して、一番単純な、しかしそれだけになかなか容易に理解してもらえない勘違いが、大きな声なんです。
An.: それは先生、どうしてでしょうか?
Dr.: 理由の第一は、耳の聞こえの悪さにはいろいろなタイプがあり、そのタイプによってまるで聞こえ方が違うってことです。
An.: つまり?
Dr.: 例えば、高齢者になると誰しも耳が遠くなります。でもこの場合、高音域つまりカン高い音域から耳の聞こえが鈍くなるものなんです。
An.: 具体的には、先生。どういう風になるんでしょうね。
Dr.: まず男性では、ご自分の奥さんの声が聞こえにくくなります。
An.: 愛する奥さんの天使のような声が、ですか(笑)?
Dr.: 別に奥さんが嫌いになったわけじゃなくって、ましてや奥さんから逃げ回っているなんてことはありません。
An.: それじゃ、どうして?
Dr.: 奥さんの声は一般に、男性のそれに比べて高音域に主成分があります。
An.: 声が、カン高いってことですよね。
Dr.: そうすると、高い音域の苦手な高齢者には、その声が聞こえにくいんです。
 どんなに麗しい声でも、高音域は感知しづらいんですから。
An.: 本当に、物理的に耳で聞き取りにくくなっているんですね?
 でもそんな事情、奥さんには判らない。
Dr.: 外から見ても、とくに変化はありませんから。そうとは、なかなか判ってないんです。
An.: 奥さんはきっと不思議に思うでしょうね。
Dr.: もう1つ。高い音域が苦手になると、話し掛けられたときに、話の内容がまるで理解できない。一見、奇妙なことも起こります。
An.: エッ、どうしてですか?
Dr.: それは言葉の音の、構成成分の問題です。
An.: と言いますと?
Dr.: 例えば「アイウエオ」といった母音は、成分が比較的低い音域にあります。
An.: 高齢者でも、聞き取り易いんですね。
Dr.: でも「サシスセソ」などの子音は、成分が高い音域にあります。
An.: 高齢者では、「サシスセソ」が聞こえにくいんですね。
Dr.: そうすると会話のやりとりなどで、話の最後に「そうした」のか「そうしなかった」のか。つまり話全体がイエスなのかノーなのか、決定的な部分を聞き落とすんです。
An.: 話をしていて、肯定しているのか、否定しているのか。
 話の最後の、「そうした」のか「そうしなかった」のか。そこは一番重要ですよね!
 会話の意味が逆転しますから。
Dr.: ですから、話をされていることは判りますが、会話そのものの意味が、理解できなくなります。
An.: それじゃ、会話全体がそもそも成立しませんよね!?
Dr.: 途中までは、話の内容が判るのに、最終的に話し手の真意が伝わらない・・・・・・。
An.: それじゃ困っちゃう。
Dr.: ですから、そんな耳の性能の変化の生じた高齢者を相手にしたときに・・・・・・。
 江澤さん。大きな声で話し掛けても、江澤さんの思い通りの効果が期待できるでしょうか?
An.: 先生、それは少し難しいような気がしてきました(笑)。
Dr.: その他にも、年齢による耳の性能の変化は多彩で、配慮すべき点がいくつかあるんですよ。
An.: 先生、お時間です。耳の日のお話、続きは次回のお楽しみです。
二人 本日はありがとうございました。

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144話 耳の日と難聴(2)

An.: 三好先生、前回は耳の日である3月3日の話題から、難聴者すなわち耳の聞こえない、あるいは耳の遠い人に対して、大きな声だけでは十分な対応になってない、というお話を伺いました。
 江澤は、耳の不自由な方にはとにかく大きな声を心がけるようにしてきたつもりでしたので……。少しショックでした(笑)。
Dr.: その理由についても、前回は多少触れておきましたね。
An.: 江澤なりにお話を整理しますと。
 例えば、私たちにも身近なお年寄りの耳の遠さに対しても、大きな声必ずしも有用ではない、と。
 それは年齢的に耳が遠くなる場合、全体的に聞こえが悪化するのではなく、高音部つまりカン高い音域から聞きづらくなる、そのせいなんだ、と。
 それは日本語の発音でいうと、「アイウエオ」は聞き取り易いけれども、「サシスセソ」が聞こえていない。そんな現象が生じていて、具体的な日常会話の中では語尾、すなわち肝心のしめくくり部分が抜け落ちて聞こえている。それが、お年寄りの耳の聞こえの実際なんだ。
 そういう、三好先生のご説明だったように思います。
Dr.: さすがは江澤さん。その通りです。
 そこでどんな行き違いが、現実には生じるんでしょうね?
An.: お年寄りにも会話の内容の8割方は、ほぼ聞き取れているんですけれども、ですね。問題は語尾、つまり会話の結びの言葉なんですよね、先生。
Dr.: 江澤さん。会話の現場では、何が起きるんでしょうね?
An.: 英語などでは、「イエス」か「ノー」かという意思表示が、会話の最初に来ます。
Dr.: 日本語とは、ちょっと順序が違うんですよね?
 それじゃ、日本語では?
An.: そこが問題なんですけれど、日本語の「イエス」「ノー」は言葉の最後に来ます。
Dr.: 具体的には? 江澤さん。
An.: 日本では会話本体が先ず、提供されます。そして言葉の最後に、「イエス」「ノー」がやってきます。
Dr.: と、言いますと?
An.: 江澤が先生に、「良いお天気ですね」と振ったら先生は、「そうですね」とか「そうでしょうか?」って、ご返事になります。
Dr.: 江澤さんは、「晴れ女」ですからねぇ(笑)。「ノー」の返事は、まぁあり得ない。
An.: (笑)そしてその場合、「イエス」「ノー」に相当する語尾は、「サシスセソ」つまり子音で発音されることになります。
Dr.: さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。そうです、そうです(笑)。
 そして前回のお話では、お年寄りは子音が得意なんでしたっけ。それとも不得意?
An.: 三好先生、お年寄りの耳は子音すなわち「サシスセソ」は、すごく苦手と教えて頂きました。
Dr.: すると、どういうことが起こるでしょう?
An.: 先生、ここがとっても大切なお話なんですけれど……。
Dr.: 話をしていて、肯定しているのか、否定しているのか。
 話の最後の、「そうした」のか「そうしなかった」のか。そこは一番重要ですよね!
 会話の意味が逆転しますから。
An.: それじゃお年寄りは、会話していて話の8割方聞こえていても、最後に話全体がイエスかノーかが理解できなくなっちゃう。
Dr.: お年寄りの聞こえの悪化は、英語とは異なる日本語会話の構成とも関連しているんだ、ということなんですね!
 さすがは江澤さんです。
 ハイ、座布団1枚(笑)。
An.: うれしいっ!
Dr.: それから、こんなこともあります。
 江澤さんが子どもの頃、お隣の家のおばあちゃんに声を懸けるとき、小さなかわいい声で「おばあちゃん」と呼び掛けても聞こえません。それなら、と大きな声で「おばあちゃん! 」と呼ぶと、おばあちゃんはこう応えます。「なんだよ、うるさいね」と(笑)。
「おばあちゃん!」 「おばあちゃん!」
An.: 先生。そうでした、そうでした。そういうことって、たしかにありました(笑)。
 江澤もそのとき、おっかしいなぁとは思ってたんですけど。
Dr.: 実はこれ、内耳の神経が年齢的な理由でダメージを受けているときの特徴なんです。
An.: ヘェーッ!
Dr.: 補充現象と名付けられていますが、小さな音はまるで聞こえないくせに、大きな音はいきなり喧しく聞こえる、そんなことが実際に起こるんです。
An.: ウソみたい!
Dr.: ですから、おばあちゃんたちに声を懸けるときには決して大きな声を出さず、耳もとではっきり発音してやった方が、良く会話を理解してもらえます。
 「うるさいね」などと、言われずに済むんです(笑)。
An.: お隣りのおばあちゃんに話し掛けるときにも、大きな声が却って聞こえづらい、そういうことが起きているってことですね?
Dr.: ですから耳の不自由な人には、必ずしも大きな声がすべてではない。その現実を、江澤さんの幼時体験(笑)からも、思い起こして頂ければと考えます。
An.: 江澤自身、まさに身近な実体験として、ピンと来ますから、ね(笑)。
Dr.: さてそれでは、こうした耳の不自由な皆さんのお相手をするときに、私たちがどんなことに気を付けたら良いのか。
An.: 先生、次回はそのお話をぜひ聞かせてくださいな。絶対ですよ!
 江澤も常識として、身に付けておきたいと思います(笑)。

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