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陸上自衛隊富士学校 創立60周年記念 創立60周年記念 行事に参加しました

 日本一の高さを誇る霊峰・富士。その東側の麓に陸上自衛隊富士学校(富士駐屯地)はあります。
 2014年7月6日(日)、院長の代理で、還暦を迎えた富士学校の記念式典に参加しました。


富士山を臨む富士学校

 陸上自衛隊の富士学校は、1954年に普通科(歩兵)・特科(砲兵)・特車教導隊(戦車)の3つの教育学校があわさって誕生しました。ここでは、陸上自衛隊の幹部学生に部隊の指揮を執らせる訓練を行ない、指揮官としての教育を受けます(図1)

 いわば、教師のための学校のようなもので、所属する人員は経験豊富な陸上自衛隊員で構成され、その装備も最新の物が配備されています。それらの性能試験や運用研究も行われています。

 また、年に一度、富士演習場で実施される日本最大の火力演習・富士総合火力演習(通称:総火演)は、富士学校の教育支援部隊である富士教導団が担当して実施しています。総火演については、本紙№226もご覧下さい。

(図1) (図1)

 さて、今回は富士学校の創立60周年記念行事ということで、例年よりも2000人多い1万4000人もの参加者が参加しました。お目当ては、記念行事の目玉である観閲式です。

 約2000名の隊員と約200台の車両が観閲行進を行います(タイトルの背景写真)

 始めに、富士教導団音楽隊の演奏に合わせて隊員が所属部隊ごとに整列し、訓辞や祝辞を受けます。この音楽隊は35名の隊員で構成され、地元での行事や演奏会など年間100あまりの演奏活動を行っているそうです。

 号令に合わせて一糸乱れぬ動作をするその姿は、日頃の厳しい訓練が下地になっているのだと感じました。

 1時間に及ぶ訓示・祝辞が終わると(参加者も暑さで少しだれています)、隊員たちが一斉に車両に乗り込み、全車両のエンジンに火が入ります。「ドドドドド」と周囲に響きわたるエンジン音。これだけ多くの軍用車両の鼓動を耳にすると、何ともいえない迫力があります。いよいよ観閲式の始まりです。

 車両は、観客席側から見て左側に軽車両(普通科の高機動車や装甲車)、中央に特科隊の自走砲(戦車よりも大口径の砲を積んだ支援車両)、右側にお楽しみは最後とばかりに特車隊の戦車隊(10式、90式、72式)が並んでいます。

(図2) (図2)

 まず、富士教導団長が座乗する82式指揮通信車が先頭を走ります(図2)。この車両は陸自初の国産装輪装甲車で、ブルドーザーなどの製作で有名なコマツが開発しました。元々、歩兵という職種は読んで字のごとく「歩く兵隊」で、戦場では徒歩で運用されていましたそれが、第一次世界大戦において銃火器の性能が格段に上がり、歩兵のみでは相手の陣地を奪いにくくなりました。


 そこで、厚い装甲とスピードを持つ車両を組み合わせる事によって、より多く、より早く、より安全に移動する事を可能にする自動車化が進められました。これを大々的に運用したのはヒトラー率いるドイツで、電撃戦と呼ばれたそれはドイツの野戦軍指揮官であるハインツ・グデーリアンによって発案されました。空からは絶え間ない航空機の支援。地上では強力な戦車部隊とトラック等で自動車化した歩兵部隊が素早く移動。
 瞬く間にポーランド、フランス、ソビエトといった領土を席巻していきました。

 今では、先進国の軍隊でも同じ方法がとられています。

 観閲行進も半ば、特科隊の99式自走155㎜ 榴弾砲(図3)、アメリカ製の自走203㎜ 榴弾砲(図4)、12 発のロケット弾を発射できるMLRS(マルス)(図5)が観客席の前を堂々と走り去ります。

(図3) (図3)

(図4) (図4)

(図5) (図5)


(図6) (図6)

 そして、一番の目玉であり2009年に正式採用された10(ヒトマル)式戦車(図6)。車体を横滑り(ドリフト)させながら主砲が撃てるという、摩訶不思議な性能を持っています。また、現在の主力戦車であるカクカクした車体が特徴の90(キューマル)式戦車。北海道以外では、富士教導団と他2箇所のみにしか配備されていません。

 目の前を通過するたびに地面がガタガタと揺れ、力強さを間近に感じる事ができました。

 観閲式後は、敵が侵入してきたという想定での演習が行われました。実際の弾を使わない空砲とはいえ、砲撃音の大きさに観客席からはどよめきが上がっていました。

 総火演よりも小規模でしたが、それよりも何倍も近くで観れる分、迫力は物凄いものがありました。

 日々、絶え間ない訓練を行ない国を守っている自衛隊の方々に心からの敬意を表し、このような機会を頂いたことに感謝申し上げます。

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