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fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(13)

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(13)目次

158話 難聴児の言語教育と発話法⑤

An.:  三好先生、前回までは、「3月3日の耳の日」の話題から、耳の病気とそれがもたらすコミュニケーション障害、そして3月3日に生まれたアレクサンダー・グラハム・ベルの周辺について、お話を伺ってきました。
 なんと言ってもグラハム・ベルは電話の発明者ですから、遠く離れた人間同士のコミュニケーションの改善に、すごく偉大な発見をしたわけですよね?
Dr.:  そしてグラハム・ベルは、身近に耳の不自由な人が多く存在したところから、難聴に対して補聴器の研究に携わる他、耳が不自由な故に発話が不十分で会話に困っている難聴者についても、独特の発話法で対応する教育にも熱心でした。
An.:   グラハム・ベル自身の母親も、ベル本人の奥さんも耳が不自由でしたもの、ね。
Dr.:  そしてここまでご説明してきましたように、ベル一家の友人だったバーナード・ショーが、ベルの発話教育のエピソードを戯曲にして・・・・・・。
An.:  それがもとで、オードリー・ヘップバーン主演のミュージカル『マイ・フェア・レディ』が、完成した。
Dr.:  ですから、このミュージカルの主役である、下町なまりのひどい英語を話す花売り娘の名前が、イライザ。
An.: グラハム・ベルのお母さんの名前、なんですよね(笑)。
Dr.:  原作を書いたバーナード・ショーは、その当時の英国の社会の雰囲気を、とっても見事にミュージカルに醸し出していて・・・・・・。
An.:  その当時の英国、と言いますと、産業革命前後の貧富の差の激しい、紳士淑女の脇を浮浪児が駆け回っている、という・・・・・・。
Dr.:  ヴィクトリア王朝時代の英国の風景は、今日では私たちはあの『シャーロック・ホームズ』の、数々の映画で観察することができます。
An.:   あの雰囲気なんですね!
 ホームズが鳥打ち帽をかぶり、ワトソン博士がシルク・ハットを身につけ、街頭馬車でスコットランド・ヤードへ向かうとき、道端にはたくさんの浮浪児がいて、道行く人々に小遣い銭をねだる光景ですね。
Dr.:  その時期、ロンドンはたいへんな人口増加のさなかにあって・・・・・・。
 実際、19世紀初頭のロンドンの人口は100万人しかいなかったんですけれども。1820年代には150万人に増加していますし、例のロンドン万国博覧会の開催された1851年には250万人に増えています。そして、1870年代には350万人となっています。
 その人口激増はすべて・・・・・・。
An.:  先生、産業革命のもたらした成果なんですよね!?
Dr.:  さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。
An.:  ロンドンは工業都市となり、中心部には工場地帯ができたため、ロンドンでは住宅環境が急激に悪化し、衛生状態もお粗末なものになった。
Dr.:  その経過は、これまでのラジオ3443通信の『英国紅茶の旅』で、述べて来たとおりです。
An.:  幸い、産業革命の成果のシンボルでもある蒸気機関車により、ロンドン周辺には鉄道網が整備され、ロンドン郊外からも労働者の通勤が可能となったので、町の中心部の混雑と不衛生は解消に向かった。
Dr.:  不潔だったテムズ河からの飲料水採取が中止され、下水道が整備されたことがいっそうの効果につながります。
An.:  ただし、そういった労働状況の長く続いたことから、労働者たちの間に不公平感が高まり、マルクスやエンゲルスの思想が広まる背景になった。
Dr.:  江澤さん、すごいですね!
 私の出番がなくなりそうですよ(笑)。
An.:  けれども、産業革命による経済効果が、最終的には英国社会全体におよび、英国全体の生活はやがてレベル・アップする。
 江澤はこのOAで、そう教えて頂きました(笑)。
Dr.:  江澤さん。産業革命の結果、生産された英国の工業製品は、どこに行ったんでしょう? 生産品ができても、消費してくれる相手が不在では、貿易は成り立ちませんね?
An.:  せ、先生。
 3443通信では、まだそこまで、授業が進んでいません。
Dr.:  江澤さん。ワトソン博士は、軍医としてどこへ派遣されていましたっけ?
An.:  先生、ワトソン博士はインドです。
Dr.:  英国は当時、「英国の領土には日の沈むところがない」と言われるほど、世界中に植民地を保有していたんです。
 1905年の英国の領土の地図が、今でもロンドン市内で手に入ります。
 その地図には、東はニュージーランド・オーストラリアから、香港やインドやアフリカ諸国、そして西はカリブ海などの西インド諸島が、すべて英国領だったと書き込まれています。
An.:   本当に、「大英帝国」だっんですねぇ!
Dr.:  英国は、産業革命で大量生産されるようになった綿製品を、ワトソン博士の活躍したインドに輸出したんです。
An.:   でも先生。インドはむしろ、綿製品の名産地のような気がします。
Dr.:  そのインドに、むりやり英国の綿製品を購入させたことが、大きな歪みとなって歴史に残るんです。
An.:  先生のお話はスケールが大きくって、ときどき整理しないと。江澤の頭に入りません(笑)。
 ところで先生、前回の話題の最後に、バーナード・ショーの書いたワーグナーの評論のお話が、チラリとあったような気分なんですけど?
Dr.:  思い出しました。
 そうなんですよ、江澤さん。
 一時、ドイツの代表的作曲家のように扱われたこともあるワーグナーなんですけど。
 実は、その背景に産業革命前後の時期の社会の不穏な雰囲気が、感じ取れるんです。
 次回は今度こそ、その物語です(笑)。
ヴィクトリア王朝の歪みをときほぐすシャーロック・ホームズとワトソン博士 ヴィクトリア王朝の歪みをときほぐすシャーロック・ホームズとワトソン博士

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