3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(14)

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(14)目次

159話 難聴児の言語教育と発話法⑥

An.:  三好先生、前回までグラハム・ベル一家の物語から、その発話法についてお話を伺いました。訛りの強い英国各地の発音を、正統的なクィーンズ・イングリッシュに矯正するだけでなく、耳の不自由で発語の不十分な難聴の人々の、発話にも応用できると教えて頂きました。
Dr.:  ストーリーは、その発話矯正法の実際を、ベル一家の友人であったバーナード・ショーが、ミュージカルの原作に書いたという実話、そこからショーの評論の話題へと移り、作曲家のワーグナーにまで至ろうとしていました。
An.: 壮大な展開なんですね(笑)?
Dr.:   でもね、江澤さん、ちょっと待ってくださいね。
 その前に、グラハム・ベルの仕事の中で、難聴者や難聴児の教育に関する重大な役割について、触れておかないといけません。
An.:  そう言えば先生、このお話はもともと「耳の日」についての、雑談から開始されたものでしたよね(笑)。
 それじゃあまず、耳の病気やそれに関する周辺の知識を、聞かせて頂くのも良いかと(笑)。
Dr.: 以前このOAで、耳が不自由つまり難聴ということは、想像以上に不自由な状況だと、ご説明したことがありました。
An.:  先生のおっしゃるのは、たとえば視覚すなわち目の不自由さ、のような他の五感の病気と較べても、難聴は一層つらいという意味なんですね?
Dr.:  耳の不自由さには、いくつか種類がありまして。
 すごく大雑把に分類しても、生れつき聴覚の不自由な先天性難聴者と、最初は聞こえていたのになんらかの病気で、途中から聴覚をなくしてしまう中途難聴者とでは、まるで環境が異なります。
An.:  ちっとも、知りませんでした。
Dr.:  1例として、このOAでも触れたことのある、突発性難聴という病気があります。
An.: 前の日まで耳の調子はなんともなかったのに、ある朝目覚めたら耳がまったく聞こえなくなっていた。そんな病気でしたよね?
Dr.:  この突発性難聴は、片方の耳だけに発生する病気ではありません。
 両方の耳が、突然まったく聞こえなくなってしまうことも、ゼロじゃないんです。
An.: それじゃ、とっても困っちゃう・・・・・・。
Dr.:  突発性難聴だけじゃないんですけど。
 そんな風に、人生の前半分は聴覚に不自由していなかったのに、後半から急激に聴力が落ちてしまうと・・・・・・。
 江澤さん。江澤さんだったら、どうなると思います?
An.: それまで困ることの無かった、人と人とのコミュニケーションがまったくダメになっちゃうわけですから・・・・・・。
 江澤だったら、ひたすら困惑するだけじゃないかと。
Dr.:  現実には、突発性難聴は早期治療である程度、聞こえが改善しますし、補聴器だって役に立ちます。
 とはいえ、前日まで完璧に聞こえていた耳が、ある日急激に聞こえなくなってしまったら、それは精神的にかなりショックです。
An.: それは、判るような気がします。
Dr.:  突発性難聴とは少し異なるんですけど、徐々に聞こえが落ちていって、最終的に完全に難聴になってしまうタイプもあります。
An.:  江澤は、想像できないですね。
Dr.:  ベートーベンがそうだったんですけれど。江澤さんのお知り合いの、あのベートーベンです。
An.:  そうなんです、先生。この0Aの68回目で告白したんですけれども、あの人はこの江澤のために、「エザーワのために」っていうピアノ曲を捧げてくれたんです(笑)。
Dr.:   江澤さん、それって「エリーゼのために」じゃ、ありませんでしたっけ(笑)。
An.:  先生、あれは東北弁でなまってしまって、そう誤解されているんですけど(笑)。
 正確なドイツ語の発音では、江澤に捧げられた名曲なんです。
Dr.:  それはともかく(笑)ベートーベンは、若い頃から耳が遠くなってきていまして。
 ナポレオンに献呈しようとした、交響曲第3番「英雄」を手懸ける直前の1802年には、不自由な耳に対する絶望からか、有名な遺書を書いています。
An.:  どんな困難にも負けないイメージのある、あのベートーベンが、ですか!?
Dr.: 「ハイリゲンシュタットの遺書」と名付けられた、彼の弟と甥にあてられた遺書を書き遺しています。
 そこには、音に密接な関連のある作曲家という天命を生きていながら、音から遠ざかることの嘆きが連ねられているんです。
An.: きっと、ベートーベンは絶望していたんでしょうね!?
Dr.: ベートーベンはこの遺書を、「ではさようなら、私が死んでも私のことを忘れないでおくれ」と結んでいます。
An.: でも、ベートーベンは死ななかった!
Dr.:  むしろベートーベンは、その苦悩を乗り越えて、交響曲第3番「英雄」のような、意志的な壮大な名曲を次々に世に問います。
An.:  さすがベートーベン、と言いたいところですが、そんな強靭なベートーベンでさえも、耳が聞こえないという状況はとても辛かった、ということが想像できます。
Dr.:   このように、人生の半ばで聞こえなくなることを、「失聴」つまり聞こえを失う、と表現します。
 それに対して、生まれたときから耳の不自由な難聴者も当然存在し、それもまた別の困難が伴います。
 「耳の日」のグラハム・ベルは、そんな生まれつきの難聴者・難聴児に対しても、心を尽くします。
 ところで江澤さん。「三重苦の偉人」って、誰のことでしょう?
An.: 先生、それはヘレン・ケラーです。
Dr.: ベルは実はヘレン・ケラーの教育にも、関わってくるんです。お話は続く、です。
江澤An.に捧げられた名曲 江澤An.に捧げられた名曲


#

前の話 次の話