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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(14)

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみ ラジオ3443通信 耳の日(15)目次

160話 難聴児の言語教育と発話法⑦

An.:  三好先生、前回はベートーベンの若い頃の「ハイリゲンシュタットの遺書」のお話から、耳の不自由なことつまり難聴という疾患が、いかにつらいものか教えて頂きました。
 そして他の五感、すなわち視覚・味覚・嗅覚・触覚の病気と較べても、聴覚の障害はことさらに不自由であるとの知識にも触れて頂きました。
 そして「三重苦の偉人」と称された、ヘレン・ケラーの話題へと、お話は進展しています。
Dr.:  江澤さん。ヘレン・ケラーの「三重苦」って、具体的にはどのような苦しみだったんでしょう?
An.:  えーっと、1つには目が不自由な視覚障害がありましたし、2番目には耳の不自由な聴覚障害でしたよね。そして3つ目はたしか・・・・・・。
Dr.:  耳が不自由なまま、適切な教育や訓練を受けることができないと、江澤さん。どうなるんでしょう?
 「マイ・フェア・レディ」って江澤さん。どういう物語でしたっけ?
An.:  ロンドンの下町生まれの主役・イライザが、ヒギンズ教授によってクィーンズ・イングリッシュをしゃべれるようになる、1種のサクセス・ストーリーでした。
Dr.:  もしもヒギンズ教授がイライザに、正式の英語の発音を教えてくれなかったら、イライザは下町言葉から脱出できたでしょうか?
An.:  それは先生、難しかったと思います。
Dr.:  イライザは下町言葉を、だれに習ったんでしたっけ?
An.:  「運が良けりゃ、運が良けりゃ」って歌で有名な、イライザの父親・アルフレッドだと思います。
Dr.:  そうなんです。子どもは、自分の耳に入ってくる言葉の響きを覚えて、成長の過程で自分の言葉を身に付けます。
 ですから、クィーンズ・イングリッシュを聞いて育てばきれいな英語を、下町言葉を聞かされて育てば歪んだ方言を、自分も話すようになるんです。
 私たちの仙台弁も、生れ故郷の空気の雰囲気そのまま、なんですけれども(笑い)。
 ですから江澤さん、もしも耳が不自由なまま、適切な発話訓練を受けることができないと・・・・・・。
An.:  判りました!
 言葉を覚えることができないから、しゃべることができなくなっちゃうんですね。
Dr.:  聾唖(ろうあ)という言葉が、医学でも昔は使用されていたんですけれども。
An.:  耳が聞こえないことに加えて、言葉をしゃべることができないって意味ですね?
Dr.:  でもこの場合、しゃべれないのは耳の不自由なために、言葉が入ってこないから発話ができないので。
An.:  口に病気があるわけじゃない・・・・・・。
Dr.:  ということが一般的に理解されてきて、「唖」の用語は医学的に不正確ではないかと。
 そんな理由から、現在ではこの言葉は使用されなくなりました。
An.:  なるほど「聾唖」は、耳の障害が原因であって、口が原因ではありませんものね。
Dr.:  とはいえ、ヘレン・ケラーの時代には、目が不自由・耳が聞こえない・しゃべることができない。これらはそれぞれに別の障害と考えられていて、ヘレンは「三重苦」とされていたんです。盲聾唖(もう・ろう・あ)と、表現されますけれども。
An.:  そうでした、先生。ヘレンはその「三重苦」を乗り越えて、世界的な福祉活動を展開したんでしたよね!
Dr.: そのヘレン・ケラーがあるとき、こういう問いを受けました。
 「ヘレンさん。あなたのその三重苦の苦しみの中で、もっともつらい障害は何でしょうか」と。
An.:  三好先生、ヘレンは何って答えたんでしょう?
Dr.: 彼女は答えました。
 「3つの障害とも、それぞれに苦しいものではありますが、私にとって1番つらいのは、耳の聞こえないことです。」
 それが彼女の答だったんです、江澤さん。
An.:  私なんかには、目の見えないことも相当に厳しいような気がするんですけれど・・・・・・。ヘレンの場合には、難聴が問題だったんですねェ!
Dr.:  聴覚という感覚の特殊性とでも言うべきなんでしょうね、江澤さん。
 江澤さんはところで、こんな言葉を聞いたことがありますか?
 「はじめにことばありき」
An.:  あります、あります。
 たしか、旧約聖書の中で見たような?
Dr.:  さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。その通りです。
 私たちが、目の前で見ているあらゆる物体あるいは現象は、言葉によって概念となり思考の対象となります。
An.:  ものごとにはすべて、名前が付いているので、そのものごとを考えたり話題にしたりすることができるって意味ですね!?
Dr.:  江澤さんって、天才ですね(笑)!
 で、その聖書のはじめにあった「ことば」は、つまり聴覚によって、人間に理解されるんです。
An.:  今、江澤の目の前にあるペンとかメモ用紙とか、それらには名前があるので、もしも実物がここに存在しなかったとしても、「ペン」や「メモ」の話をすることができる。そういうことですね。
Dr.:  そしてその名前は、聴覚があるから付けられるんですよ。
An.:  たしかに視覚では、まず文字を憶えなければ言葉に、つまりそのものの名前に辿り着きません。
Dr.: ですから、良く考えると聖書はスゴイと思いますし、ヘレンが聴覚を重要視した理由も理解できます。
An.: 先生、そのヘレン・ケラーはグラハム・ベルとどういう関連があったんでしょうか?
Dr.: ヘレンの一生の恩師であったサリバン先生が、ベルの弟子だったんです。お話は次回。
三重苦のヘレンケラー 三重苦のヘレンケラー

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