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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

fmいずみ ラジオ3443通信 アレルギー調査10

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみ ラジオ3443通信 アレルギー調査(10)目次

173 白老町のアレルギー調査

An.:  三好先生、前回は日本の後を追うようにして、社会問題化している中国のスギ花粉症についてのお話でした。
 そもそも中国スギを発見し、学名を付けたのが、英国の植物学者兼プラント・ハンターであった、ロバート・フォーチュンという人だったと伺いました。
 ですから、日本スギの学名がクリプトメリア・ジャポニカであるのに対し、中国スギはクリプトメリア・フォルトネイと、フォーチュンの名前入りになっています。
 フォーチュンの名前は、このラジオ3443通信では、当時清の国から持ち出し厳禁だった「茶の木」を、ジェームズ・ボンド並みの活躍で国外に搬出し、インドでも紅茶の栽培が可能となるようにしたことで、とっても有名です。
Dr.:  ロバート・フォーチュンが、茶の木をロンドンへ移送しようとしていたのは、1850年前後ですから、中国スギは実はその時期にはすでに学名が付けられる段階にあった。そんなことが判ります。
An.: でも、日本でスギ花粉症が発見された1963年、スギは日本特有の樹木と錯覚されていて、そのためにスギ花粉症も日本固有の病気と信じられていたんですよね?
 でも現実には、日本におけるスギ花粉症の発見は、中国スギ発見の100年後だったことになりますね(笑)。
Dr.:  日本のスギ花粉症研究者は、当時まだ中国がいわゆる「竹のカーテン」に覆われ、その実態がよく知られていなかったこともあって、極端に情報不足だったんですね。
An.:  先生、竹のカーテンって、何ですか?
Dr.:  当時、世界の政治勢力はアメリカとソ連とに大きく分類されていて、共産圏だったソ連のことは、あまり詳しい情報が伝わって来なかったんです。
 そこで、ソ連の情報管理の厳しさを「鉄のカーテン」と称していたんです。
 その頃の中国もやはり共産圏で、中国の内部のこともあんまり知られていなかったんです。
 ソ連同様、まるでカーテンでカバーされているような、そんな状態だったんですけれども。計画経済が浸透して工業製品の生産で名高かったソ連の、「鉄のカーテン」に対して中国は・・・・・・。
An.:  カーテンまで、竹でできている(笑)ような気がしたんでしょうね!
Dr.:  パンダのエサじゃあるまいし(笑)。
 ともあれ、中国のスギ花粉症の話題を進める前に、日本におけるスギ花粉症の発見についても、ご説明しておきます。
An.: 自分の国のことも知らなくっちゃあ、やっぱり片手落ちですもの、ね(笑)。
Dr.: 日本におけるスギ花粉症の発見は、1963年に栃木県の日光でなされました。
An.: 日光は、スギ林が多く見られますものね。
Dr.:  たまたまその地域の病院に勤務した耳鼻科医が、春先になると「くしゃみ・鼻みず・鼻づまり」のひどくなる21人の患者に気付きました。
An.: それまで、日光でもそういう症状の患者さんは、見られなかったんでしょうか?
Dr.:  それまでにも、同様の症状の患者さんはこの病院を受診していたんですけれども・・・・・・、スギ花粉症とは誰一人、思わなかったらしいんです(笑)。
An.: それはなぜですか?
Dr.:  外国には「枯草熱」と呼ばれる花粉症のあることは、日本でも知られていましたが、日本のそれは、まだ知られていませんでした。
An.: 江澤もその名前。思い出しました。
 確か英国で、サイロに収納されていた牧草を、処理していた農民たちの間に広まった原因不明の、「くしゃみ・鼻みず・鼻づまり」でしたよね(笑)。
Dr.:  さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。ところでその枯草熱の正体は、いったい何だったんでしょうね?
An.: 当時ヨーロッパ全土を征服し、英国を虎視眈眈と狙っていたナポレオン。それに対抗して、大量に建造された英国海軍の軍艦。
Dr.:  その軍艦は鋼鉄製だった?
An.:  船そのものも木造でしたし、軍艦の動力には風力を利用するための巨大なマストが必要でした。
Dr.:  それじゃナポレオンと戦った後の英国には、ほとんど木材が残っていなかった?
An.:  第72回目のこのOAで触れているんですけれど、英国国内には森林は国土全体の9%しか残存しておらず、45%がカモガヤの牧草地になってしまったんです。
Dr.:  世界で初めて出現した枯草熱つまり花粉症は、こうして英国で繁殖したカモガヤが原因だったんですよね、江澤さん。
An.:  江澤は三好先生から教えて頂いたこと、すべて暗記してます(笑)。
Dr.:  こうして産業革命を迎えることになる英国の国土は、「森林の消滅」と表現されるほどの生態学的危機つまりエコロジー上の大問題が起きていたわけです。
An.:  センセ・先生。それはいったい、どんな人類の危機のことなんでしょう?
Dr.:  つまり緑地の面積が、極端に減少してしまった。そういうことです。
An.:  判りました。そこで自然発生的にブームになったのが、いわゆる英国の「ガーデニング」現象だったんですね!
 それで英国は世界中から、英国に根付く様々の有用な植物を、世界の7つの海から収集してくる必要があったんですね!
Dr.:  だからこそその時期、ロバート・フォーチュンなどの有名な「プラント・ハンター」たちが、必要とされたんです。
An.:  もちろん、英国の緑化運動だけじゃなくって、食糧事情の改善にもハンターたちは活躍しました。
Dr.:  茶の木の清からの移植も、フォーチュンの重大な任務だったわけですから、ね。
An.:  こうしてお話を伺ってくると、当初はまるで別々に各方面から無関係に進行していたこのOAが。もしかしたら、全体的になんらかの有機的な繋がりを持つ、生きた物語であるような感じさえ、して来ました。
 深まり行くお話の続きが、楽しみです。
鉄のカーテン VS 竹のカーテン 鉄のカーテン VS 竹のカーテン

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