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fmいずみ ラジオ3443通信 アレルギー調査12

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみ ラジオ3443通信 アレルギー調査(12)目次

175 ホラ吹き男爵の冒険

An.:  三好先生、前回はスギ花粉症だけではなくって、日本人の3大花粉症と称されるカモガヤとブタクサによるアレルギー性鼻炎、つまり花粉症のお話を伺いました。
 そして今でこそ日常的に身の回りにある、これら3大花粉症は実は第二次世界大戦の前には、まったく注目されていなかったと教えて頂きました。
 スギ花粉症については、これまでのOAで登場する経過について、詳しいご説明を頂いていましたが、日本のカモガヤ花粉症の出現する経緯についての話題は、今回が初めてでした。
 先生! カモガヤ花粉症はそもそも、世界で初めて発見された花粉症でしたから、日本での発見が戦後だったという事実は、江澤には意外でした。そんなにも、最近のことだったんですね。
 でも、カモガヤは牧草ですから、牧畜を飼育する習慣のない国では、あまり身近じゃあなかったですもの、ね。
Dr.:  江戸時代の日本では特に、仏教の影響が強かったせいでしょうか、肉食が一般的ではありませんでしたから・・・・・・。
An.: 牧畜の習慣は、当然ありませんでした。
Dr.:  それでも日本は、四方を海に囲まれていますから。
An.:  漁業が盛んで、食事の栄養バランスも、決して悪くなかったんですね?
Dr.:  もっとも肉食をしないとは言いながら、いわゆる「四つ足」の動物、つまり牛や馬などを料理しなかっただけで・・・・・・。
An.:  「四つ足」ではない、例えば鳥類などは、江戸時代にも、良く食べられていましたし。
Dr.:  さすがは江澤さん。例えばどんな料理が有名なんでしょう?
An.: 鴨やツグミなどは、食用のそれとして、とても有名です。
Dr.: 鴨鍋なんて、今でも栄養豊富なごちそうですもの、ねぇ!
An.: 江澤は子どもの頃、「鴨取り権べえさん」っていう、物語を聞いたことがあります。
Dr.:  江澤さん、それは?
An.:冬になって、近くの湖にたくさんの鴨が飛来して、羽を休めているのを見た権べえさんという名前のヒーローが(笑)。
Dr.:  たしかそれらの鴨を一網打尽にしようと、企んで・・・・・・。
An.: 夜の間に、凍り付いた湖の上で眠っているたくさんの鴨の足を、ヒモで結わえ付けるんです(笑)。
Dr.:  それじゃ江澤さん。権べえさんは、それらの鴨を全部生け捕りにしたんですね?
An.: すべての鴨の足に、しっかりと結んだヒモの片一方を握り締めていた権べえさんは、凍った湖に朝の光がさして来ると、びっくり仰天して起き上がります。
Dr.:  江澤さん、いったい何が起こったんでしょうか?
An.: 日の光に目覚めた何百羽という鴨たちが、明るくなった空を目指して一斉にはばたきたったんです。
Dr.:  権べえさんは、鴨たちに結んだヒモの端を、必死になってつかんでいたんですよね?
 権べえさんはそのまま、鴨を何百羽も生け捕りにすることが、できたんでしょうか。
An.:  何百羽という鴨たちが一斉に飛び立つ、その力です。
 ヒモの端をしっかりと握り締めていた権べえさんは、あっという間に鴨たちに引き釣りあげられて、高くたかーくお日さまの輝く空へと、舞い上がりました(笑)。
Dr.:  それは大変!
An.:  権べえさんは幸い、鴨たちの群れがお寺の五重の塔に近付いたのを見逃さず、ヒモを手放しお寺の塔にしがみつきました。
Dr.:  権べえさんは、うまく着地できたんでしょうか(笑)?
An.:  五重の塔のてっぺんの先端に、帯のすみっこが引っ掛かり、権べえさんは無事地球に生還することができたそうです。
 めでたし、めでたし(笑)。
Dr.:  そんな逸話が、庶民の間に語り継がれてきているくらいですから、鳥類は貴重な栄養源として江戸時代にも定着していたことが、判ります。
An.:  そう言えば江澤は、ドイツにも権べえさんと似たようなお話が伝わっているのを、母親の寝物語に聞かされた憶えがあります。
Dr.:  ああ、あの「ミュンヒハウゼン男爵の冒険」、別名を「ほら吹き男爵」の物語ですね! 江澤さんの生まれ育った、山形県の酒田市は当時の日本では、際立った文化都市でしたから・・・・・・。
 江澤さんのお母さんのお話だって、当然レベルが高いわけですよね!
An.:  江澤はその頃、まだ子どもでしたから、意識したことはなかったんですけど。
 私の懐かしい酒田市って、そんな環境だったんですね?
Dr.:  私自身医学部で教えて頂いた、当時の耳鼻咽喉科の助教授が本間先生って、酒田市出身の医学博士でして。
 江澤さん。酒田市で「本間」って名字に、憶えがあるでしょう?
An.:  あっ! そうでした。
 江澤の小さい時分、こんな言葉がありまして・・・・・・。
 「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」(笑)。
Dr.:  酒田市は地理的に、蝦夷地との交易の中心地で、「北前船」と呼ばれる貿易船の拠点の1つでした。
 そのため、この地域では本間一家は隆盛を極めていて、私が耳鼻咽喉科の手ほどきを受けたのは、その一族からだったんです。
An.:  三好先生と私の生れ故郷のいわれを、今初めて理解しました。
 先生には、エフエムでお世話になっているだけじゃなくって、私の生まれる前からの歴史的ご縁(笑)も深かったんですねェ。
Dr.:  1を聞いて10を知る江澤さん。
 お話は、江澤さんのお生れの酒田市の文化的背景と、ホラ吹き男爵の鴨狩りの物語へと、先を急ぎます。
 本日も、ありがとうございました。
江澤An.の冒険 江澤An.の冒険

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