3443通信 オンライン  
みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

fmいずみラジオ3443通信アレルギー調査15

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみラジオ3443通信アレルギー調査(15)目次

178   世界一の映画館と日本一のフランス料理店

An.:  三好先生、前回はあの思い出の酒田市について、江澤の心の奥底に密かにしまいこんでいた、町の片隅のシーンを思い起すような、ステキなお話をありがとうございました。
 江澤が、すっかり忘れさっていたような記憶の隅々から、果ては寝物語に聞かされた母のなつかしい息遣いまで、まるで目の前で再現しているような、そんな錯覚に陥ってしまいました。
 江澤の生まれ育った酒田市って、本当に文化の香高い味わいに満ちた、小粋な小都市だったんですね!
 考えてみると、子どもの頃の江澤にはまだその意味さえ計り難いほどの、大人の雰囲気を漂わせた街だったんですねぇ。
Dr.:  その酒田市の大人の雰囲気、つまり今の江澤さんのような違いの判る人たちの、文化活動について詳しいのが、前回ご説明したこの本なんです。
 「ミュンヒハウゼン男爵」の本のタイトルみたいにながーい名前の(笑)。
An.:  リスナーの皆さんのためにもう一度、その本のタイトルを読み直します。
 「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜわすれられたのか」ってタイトルで、やっぱり長い。
 先生、ホントにこの本に、江澤の追憶のすべてが記されているんでしょうか?
Dr.:  江澤さんの記憶に美しく輝く、伝説のレストラン〝ル・ポットフー〟なんですけれども、ね。実は私はこの店に行き損ねています。
An.:  ええっ! あんなに美食に詳しい(笑)先生が、ですか? 信じられません(笑)。
Dr.:  江澤さんなら良くご存じかと思いますが、1976年の酒田大火・・・・・・。
An.:  酒田市の市街地がほぼ消失した、あの火事ですね?
Dr.:  〝ル・ポットフー〟は不幸にも、その大火で、永遠に失われてしまったんです・・・・・・。 私が酒田市に寄る機会のあったのが、その後の1979年でしたので・・・・・・。
An.:  先生、ホントにタッチの差で・・・・・・。それは惜しいことをしましたね(Sigh!)。
Dr.:  江澤さんなら良くご承知でしょうけれど、〝ル・ポットフー〟の支配人は元は〝世界一の映画館〟とうたわれた、やはり酒田市の〝グリーン・ハウス〟という有名な洋画専門館の支配人だったんです。
An.:  その〝グリーン・ハウス〟、名前だけは江澤も耳にしたことがあります。でも先生、それがこの本のタイトルにある〝世界一の映画館〟だったんですね!
 地獄耳の江澤も、そこまでは知りませんでした。
Dr.:  当時、映画評論家として、またグルメ・エッセイの執筆者としてとても有名だった荻昌弘さんとか、あの淀川長治さんとかが、〝グリーン・ハウス〟を絶賛していまして。
An.:  えっ、そんな有名人たちが(笑)!
Dr.:  当時の「週間朝日」に、つまり1963年10月4日発行のそれですが。なんと、こんな記事を掲載しているんです。
 タイトルが「港町の〝世界一デラックス〟映画館」。
An.:  江澤の当時過ごした酒田市に、〝世界一デラックス映画館〟なんですね!
Dr.:  江澤さんは、そんな文化的な街で青春のひとときを過ごしていたんです(笑)。
 で、その記事の中身なんですけどね、こうつづくんです。
 「〝あれは、おそらく世界一の映画館ですよ〟映画評論家の淀川長治氏が、断固として言明した。たいがいの国の映画館を見たが、あんな映画館はなかった、と保障するのである。このことばを聞いていちばんびっくりするのは、その映画館の所在地の人たちだろう」・・・・・・。
An.:  ええ、ええ、その通り。現にこの江澤が、三好先生のお話を伺って、いちばんびっくりしていますもの。
Dr.:  江澤さん。グリーン・ハウスでは、良い映画を最適のタイミングで上映するだけじゃあなくって、ですね。
 なんと、一種の芸術劇場みたいな文化活動にも、熱心に取り組んだんです。
An.:  江澤は、そんな話題にはすごく興味があります。
 先生、例えばどんな企画が実現していたんでしょうか?
Dr.:  「グリーン・リサイタル」と名付けられた一連の文化活動では、あの巖本真理さんのヴァイオリン独奏会が催されたり……。
An.:  弦楽四重奏で有名な、巖本真理さんですよね。
Dr.:  それどころか、のちにソニーの社長を勤めた大賀典雄さんが、酒田市のこのリサイタルで、シューベルトの「冬の旅」全曲を、お得意のバリトンで歌い通しているんです。
An.:  ええっ! 大賀典雄さんって、あのカラヤンの大親友でしたよね。
 大賀さんのソニーからは、世紀の大歌手で有名なハンス・ホッターの「冬の旅」全曲が、1969年の録音で世に問われています!
Dr.:  実はそのコンサートの実演を聴きに、私は東京まで行っているんです。ですから、私のもっとも尊敬する大歌手のCDを発売してくれた大賀典雄さんのことも、私的にはやはりエライ人だったと・・・・・・。
An.:  三好先生が評価しているような芸術家たちが、グリーン・ハウスでは常連だった。
 酒田市って、それほどの文化的な街だったんだってことが、ようやく今江澤にも飲み込めました。
Dr.:  世界一のグリーン・ハウスの支配人が、やがてル・ポットフーを手懸けるようになり、そうして酒田市に日本一のフランス料理店が、完成するんですよ!
An.:  ステキッ!! 
Dr.:  ところが人生というものは、皮肉そのものにできています。
 世界一のグリーン・ハウスと、日本一のル・ポットフーのおかげで、すばらしい文化都市となった酒田市は、その酒田大火で町並みのほとんどを失います。しかも・・・・・・。
An.:  しかも何でしょう先生。胸騒ぎが・・・・・・。
Dr.:  酒田大火の火元は、グリーン・ハウスだった!! この事件のときからです。酒田市には江澤さんが風とともに去らねばならないような変化が、生じた(笑)?
 お話は続く、です。
グリーンハウスの前で「冬の旅」を歌うハンス・ホッター グリーンハウスの前で「冬の旅」を歌うハンス・ホッター

#

前の話 次の話