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みみ、はな、のどに関する病名、症状などの用語集

【再】白老健診のあゆみ 院長 三好 彰

次号から掲載予定の北海道白老町学校健診レポートに先駆けて、白老健診を実施するまでの経緯についての記事(本誌№235)を再掲載致します。

ご先祖・三好監物と北方警備

三好監物? 三好監物?

私と白老町とのご縁は、遡ること5代前の先祖である三好監物が1856年ロシアの南下に対する北方警備のため、現地へ派遣された事に始まります。当時のロシア帝国は、不凍港の獲得を目指して、アジア・ヨーロッパ各地で南に領地を拡張する南下政策を推進していました。  これを大事と見た幕府は、東北6県の藩に北海道警備を命じたのです。仙台藩は苫小牧などのある太平洋南岸から国後・択捉島を含む北方4島までの長大な範囲を任せられました。その際、警備の拠点となる元陣屋(本陣)を白老に建設したのが、三好監物でした。 他にも、広尾や厚岸、根室などに出張陣屋を設け藩士120名体制で警備に当たっていました。しかしその後、戊辰戦争で旧幕府側についた仙台藩は敗北。白老元陣屋も解体されてしまいました。  このような歴史の流れがあり、白老町と仙台市は歴史姉妹都市の提携を結ぶにいたったのです。

もしかするとピアスは、古代の日本ではむしろ正式なおしゃれとして、当たり前のことだったのかも知れません(図2)。

耳鼻科医の居なかった白老町

私が、白老町で初めて学校健診を行った1988年まで、町には耳鼻科医が居ませんでした。当時は、医師の居ない無医村なんていうのも珍しくなかったんです。学校における耳鼻科健診は学校保険法で定められているのですが、医師が居なければ健診を実施することは出来ません。そんな状況から白老町全ての小・中学校の耳鼻科健診を毎年欠かさずに行うことになり、今年で27回目(現在は29回目)を数えます。  これだけ長年に渡り健診を続けられてきたのは、ひとえに現地の方々の理解と協力なくして実現は出来なかったでしょう。  今後も、ご先祖様が守っていた白老の地で、子供たちの耳・鼻・ノドをバイキンや花粉からしっかりと守っていきたいと思っています。

(図1)げんき一杯の子どもたち (図1)げんき一杯の子どもたち

(図2)カヌーに乗って北方警備中?の院長 (図2)カヌーに乗って北方警備中?の院長