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バルト三国ツアースナップ集2 ~杉原千畝を巡る旅~ 三好 彰

前号に引き続き、バルト三国ツアーの記事をご紹介いたします。

●8月14日(日)

〇トラカイ

 首都ビリニュスから西へ約30㎞の場所にあるトラカイは、かつてのリトアニアの首都として栄えた町です(図1)。  その周囲を30以上の湖と森に囲まれた風光明媚な自然公園として、国の保護区に指定されています。  町自体がルコス湖とトトリシュキュウ湖に挟まれ、南北に半島状にのびる地域に建物が建てられています。

(図1)上記地図タリンの光景は表紙をご覧下さい (図1)上記地図タリンの光景は表紙をご覧下さい

〇トラカイ城

白鳥の湖とガチョウ 白鳥の湖とガチョウ

 この町の観光のメインはガリベ湖畔に浮かぶトラカイ城です。トラカイの北にある孤島に建てられたトラカイ城は、14世紀後半にチュートン騎士団(ドイツ)の侵略を防ぐ目的で建てられました。  湖水に映えるトラカイ城はとても美しい姿を見せており、島伝いに橋を渡って城内に入る事が出来ます(図2・3)。

〇カウナス

 トラカイから更に北西へ、深緑の生い茂る森林と刈り取りの済んだ田園地帯を走る高速道路を走り抜けると、リトアニア第二の都市であるカウナスに着きます。  外交官・杉原千畝が赴任したカウナスは14世紀頃に登場した記録のある古い街です。  第一・第二世界大戦中、ビリニュスがポーランドに占領されていた時代の臨時首都として指定された経緯があります。  迷路のような街並みのビリニュスと違い、カウナス市街は長い一本道であるライスヴェス通りを基準として格子状に街区が整備されています。特に市街西の旧市街はゴシック建築が立ち並び、昔と変わらない雰囲気を色濃く残しています。

〇杉原記念館(旧日本領事館・図4)

 かつて、第二次世界大戦中にナチスの迫害から逃れるユダヤ人難民に対して、日本本国の許可を待たずに独断でビザを発行し続けた杉原千畝という外交官がいました。  その当時のリトアニアなどの東欧諸国は、ソ連とドイツという2つの強国の勢力圏にあり、その2国の領土争いに翻弄された時代でもありました。  杉原は、ソ連軍が迫るカウナスの総領事館においてビザの発行を続けました。そして、領事館から退去し、一時避難先である市内のホテルメトロポリス(図6)においても、ビザを求める何百人ものユダヤ人難民にビザを発行し続けました。  その数は約2000人。この時代のビザは1家族に1枚あれば海外への渡航が出来ましたので、およそ6000人におよぶユダヤ人達が難を逃れ、国外脱出をする事が出来ました。  イスラエル関係者の話では、その6000人は今や20万人に増加している、との事でした。当時、領事館の前の通りには、ビザ発行を待つユダヤ人の長い列がどこまでも並んでいたそうです(P.7右下)。  現在、旧日本領事館は杉原記念館として保存され、唯一残った遺品である日本国旗が執務机の壁に飾られていました(私の後ろの壁)。

〇外交官・杉原千畝とは

 杉原は、私たちが2014年に訪れた旧満洲(中国東北部)の都市ハルビンにて、外務省の留学生としてハルビン学院に入学しました。杉原はそこでロシア語を専攻し、その堪能さから同学校の教員として勤めます。  その後、杉原は満洲国外交部に所属し、ソ連の東清鉄道(北満州鉄道)を満洲国へと譲渡するなどの交渉を行いました。しかし、その時の辣腕ぶりがソ連にとって好ましからざる人物(ペルソナ・ノン・グラータ)として認識されてしまい、希望していたソ連への入国を拒否される結果となりました。  ドイツとソ連の緊張がにわかに高まる中、杉原は東欧フィンランドの在ヘルシンキ大使館に赴任します。その2年後の1939年、本レポートで触れたリトアニアの在カウナス日本領事館へと赴任する事になります(ノモンハン事件と同じ年です)。

〇聖ミカエル教会(図5)

 カウナス市街を東西に走るメインストリート、ライスヴェス通り沿いにある聖ミカエル教会は、ローマ・カトリックの教会です。ネオ・ビザンティン建築と呼ばれる19~20世紀初頭に発展した様式で建てられ、円形のアーチやドーム、レンガや石目塗りの漆喰が特徴的です。

〇ホテルメトロポリス(図6)

 市街中心にあるホテルメトロポリスは、杉原が領事館から退避し国外脱出するまえに宿泊したホテルです。数日間だけの滞在でしたが、杉原はこのホテルでもビザに変わる渡航証明書をユダヤ人難民に対して発行し続けました。

〇旧市庁舎(図7)

 市街西側の旧市街にある旧市庁舎は、その白いバロック様式の佇まいから「白鳥」と称えられています。1542年に最初の礎石が置かれ、現在の姿になったのは18世紀半ばの事です。  今は結婚登記所として利用され、多くの新婚夫婦の門出を祝う場所として知られています。

〇カウナス城(図8)

 旧市街の北西の端にあるカウナス城は、13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐ目的で建造されました。  城の南北をネリス川とネムナス川に挟まれ、その川が城の西側で合流してお堀の役目を担っています。このネムナス川は当時の騎士団領とリトアニアとの国境になっていた為、激しい戦闘がいくども起こった激戦地でもあります。  現在は、城壁の四隅にあった塔も1つを残すのみで、城壁もその殆どが失われています。

つづく